見出し画像

フィギュア4回転時代の先に開かれたもの〜2023年世界選手権を終えて〜

暗いコロナ禍を経てようやく叶った、声出しOKのフル観客でのフィギュア世界選手権。

演技を終えた選手の皆さまから口々に観客への感動が聞かれるほど、暖かなムードの会場でしたよね。選手たちが喜んでくれることに心の底から幸せを感じる毎日でした。

3年もの間、大幅な人数制限や声出しの禁止、そもそも無観客で行われた試合も多く、私たちスケオタはテレビの前で必死に応援するしかありませんでした。
どんなに応援していても、やはり氷上の選手たちに伝えるのは限界があった...
だからこそ今回、色んな国の国旗を担ぎ、惜しみない拍手を選手みんなに、本当に「みんな」に届けたいという会場満場一致の想いが詰まった最高のさいたまスーパーアリーナだったと思います。

そんな素晴らしい宝物のような時間に立ち会うことが出来て、思ったこと書き残したいことが本当に沢山あるのですが、
中でも数々の選手が自己ベストスコアを連発した「男子シングルFS」を観戦して思ったことを振り返りたいと思います。

本題を綴っていく前に、これは一個人の感想であり、ある意味希望的観測を含めたものであることをここに示しておきたいと思います。
何かを決めつけるものでも、誰かを批判するためのものでもありません。
ということを念頭にお読みいただけますと幸いです。

精度の高い、作品としてのプログラムの数々

最終グループ手前、世界選手権の度に日本の枠取りに多大なる貢献をしてくれている友野一希選手の「こうもり」。
昨年夏のアイスショーからこのプログラムを観てきましたが、やはり彼は観客の声援にどんどん乗っていく強さがあり、ジャンプでのミスを一切感じさせない素晴らしいプログラムを見せてくれました。

そこから続いたジェイソン・ブラウン選手、ケヴィン・エイモズ選手のノーミスでの高いクオリティのプログラム。彼らは以前からジャンプ以上にスケーティングの素晴らしさや、プログラムの独創性そしてその完成度でファンを魅了してきましたよね。
怪我による不調や、コロナ感染後の影響を乗り越え、ここまでの素晴らしいプログラムを世界選手権という大舞台でみせてくれたこと、会場にいた私たちにとっても宝物のようなひとときをプレゼントしてくれました。

何より、引退を発表しているキーガン・メッシング選手は、フィギュアの楽しさを全身で伝えるような幸せ全開のスケーティングを見せてくれ、私のように涙で前が見えなくなってしまった方も多かったのではないでしょうか。
ジャンプやスピンにミスがあったとしても、あの想いの詰まったスケーティングは、キーガンたった1人に出来る最高の表現だったと思います。

ここまではもはやベテランの滑り。
というより、元から「個性」が光っていた選手だったかと思います。
雑な言い方をしてしまえば、ジャンプにばかり重きを置きすぎることなく、スケーティングやスピン、そして優れた身体能力や美的感覚で自分の個性を活かしたプログラムを作ってきた人たち。もはや完成されていると言っても過言ではない素晴らしい個性。

今までのシーズンでは、スケート界では重宝される特異な存在ともされていたかと思います。「芸術」カテゴリではなく、「スポーツ」であるからこそ、両立していかねばならないジャンプ技術による得点の獲得。
それが当たり前だからこそ、「4回転時代」など、あるいっときの世代をジャンプの回転数に着目してテレビ局がネーミングするなど、ジャンプの回転数で勝負をかけていかねばならない時代が長く続いたように思います。

試合を終えたあとにトップ3が口にしたこと

しかしその「4回転時代」の渦中、しかもその渦の中心部にいたはずの選手たちが、この世界選手権を終えた後に述べたのは「ジャンプ以外の要素」についてでした。

今回のトップ3、イリヤ・マリニン、チャ・ジュンファン、宇野昌磨という選手たち。
彼らが手を伸ばしている先にいるのは、今シーズン試合の氷上には無かった彼の姿ではないかと、私は思うのです。

優れたジャンプ技術の安定感と人を魅了する芸術性を見事に両立させ続けたネイサン・チェンというその人。

あっという間にトップに輝き、あっという間に去っていってしまった彼が残したもの。
それは私たちスケートファンに与えた感動だけではなく、現役選手たちの目標とする未来の自分たちの姿にも大きく影響を与える何かがあったように思います。

前シーズンまでは、どんな振り付けにも少し照れが見え隠れしていたジュンファン選手。
彼のFSは映画007シリーズの最新、そしてダニエル・グレイグ版ボンドの最終作「No time to die」。
グレイグボンドはそれ以前の007とは少しテイストが異なり、愛に生きるからこそ少しの弱さを常に抱えているような特徴がありましたが、その作品の世界観がカチリとはまった美しいジュンファン・ボンドだったように思います。
堂々と涼しげで美しく、パワーアップしたスピードのあるスケーティング。
背の高さ手の長さがありながらクセのない上半身の動き(背が高いと姿勢の悪さが目立ったり腕が長いとぶん回しがちになったりするのですがそれが無い)。
彼もまた可愛らしい若者から、良さをグングン伸ばして自己の個性を確立させつつあるのだと感じました。

そして、今回最終グループメンバーの中でもひと際若かったイリヤ・マリニン選手。
彼は4回転アクセルの成功で注目され、試合でも果敢に4Aにチャレンジし続けてきました。
しかし会見で彼が言うには、もう今後はジャンプにそこまでの重きを置かないと思う(意訳)と。
確かに、試合を見ていると彼までの選手たちの流れには成熟したスケーティングや演技構成の素晴らしいクオリティがあり、本人が言うような若く、青々とした成長過程での滑りだったかのように思います。
しかし、彼が変わりたいと願うその姿が見え隠れした力強いステップなど、彼に秘められている大きな伸び代を確実に感じさせるものでした。ネイサンのコーチであったラファエル・アルトゥニアンコーチのサポートも受け、また新たな姿になっていくだろう未来に、彼自身も明るい変化を感じているからこその発言だったのではないでしょうか。

そして今回見事に連覇を成し遂げた宇野選手。
宇野昌磨選手は北京オリンピック後、取材で何度も口にしていました。
「僕はネイサン選手のようになりたい」と。

いつも聡明で少し控えめなところのある宇野選手が、迷いなくはっきりとそう答える姿というのは非常に印象的でした。
素直に、自分が優れていると思っている人から学びたいと思うその姿勢。

どんな風に、彼がその言葉に向かっていくのだろうかと楽しみだった今季。
その締めくくりとなる世界選手権での演技は、怪我との闘いが厳しかったことが想像されますが
確実に、彼にしかできない表現、音どりの方法、決して大きいとは言えない身体であの大きなリンクを猛スピードでカバーしていくオーラが輝いていたと思います。ステファンコーチと共に自分の個性と向き合い、良さと個性を最高に引き出してきていますよね。
以前よりも演技中の視野も広がり、一層大きな動きで王者の貫禄が確実なものとなった宇野選手。
その彼が率先して、まだまだ滑りや表現に目を向けていきたいと言うのです。
ジュンファンやイリヤもそれに続いてショウマの向上し続ける姿が素晴らしく、そのようになりたいと。みんなが彼を見習うべきだと、確かに、しかし和やかな笑顔で語っていたことがこれ以上なく嬉しかった...

「フィギュアはジャンプだけじゃない。
でもジャンプを飛ばないと勝てない。」
そんな時代だったのが、纏う雰囲気を少し変えていくのではないかと思わせてくれました。
(勿論、ジャンプが嫌いなわけではありませんよ)

新たな時代がまた到来しようとしている足音が聞こえた試合であり、会見だったと思います。

そして、ネイサンを今回の素晴らしい環境で、かつての4回転時代を必死にやり抜いてきた仲間たちと共に滑らせてあげたかったと思う私は、

その最初の足音を鳴らした1人がネイサンではなかったかと、
ネイサンのいない世界選手権に、ネイサンの姿を見るような想いであの会場に居たのでした。

4回転時代の先に開かれたもの、
それは数々の「個性派」と呼ばれた才能ある選手たちが残してきた軌跡を、素直で向上心溢れるスケーターたちがメインロードへと押し広げてくれた、よりクオリティの高い特別なスポーツへの道だったのではないかと、今回の男子FSの皆さんの素晴らしい演技の数々を目にして感じました。

上位選手のみならず、本当にすべての選手の素晴らしい演技とこれまでの努力と心意気に、心からの賛辞と感謝を。

宝物のような経験をさせていただきました。
フィギュアスケートを大好きでよかった。
これからも大好きでいられますように。




いいなと思ったら応援しよう!