フィギュアスケートとバレエ【ネイサン・チェン選手の魅力解剖】②
①の記事では、
ネイサンとの出逢い、
そして観ている側の印象を最も左右すると言っても過言ではない
「アラインメント(身体と顔の向き)」について抽出した内容を記してみました。
この「アラインメント」が不十分で身体がペタッとして見えると、ポーズの1つひとつに立体感が生まれません。
何となく素人っぽい、子どもっぽい印象になってしまいます。
両肩の位置、骨盤の位置、頭の向きが全てポジションに当てはまることで、ネイサンのもつ「流れるよう」で「こなれ感」があり、私たちが観ていて「気持ちのいい美しさ」が生まれているんですよね。
本稿では、前回書き切れなかった
「アームス(腕の動き)」について詳しく見ていきたいと思います。
これは、「アラインメント」と絶対的な相互関係にあり、切っても切れない重要なポイントです。
突然ですが、皆さんはネイサンの演技を一時停止したことはありますか?
おそらく、多くのレコーダーでは10秒戻しなど、短時間ジャンプ系の巻き戻しボタンを押すと一時停止のようにちょっと画面がフリーズしますよね。笑
私はこのシーズン、海賊SPや韃靼人FSを何度も何度も擦り切れるほどに繰り返し観ているうちに気がつきました。
「あれ....?全瞬間うつくしいな?」と。
ここまでくると盲信的に聞こえますが、
決して私がネイサンを盲信しているから美しく見えるわけではありません。
(勿論、盲信もしています笑)
きちんと理由があるのです。
この現象(と言ってもいいでしょう)が起こる理由は、ざっくり大雑把にであれば3つに分けることが出来ます。
「アラインメント」がはなまるレベル
この点についての詳細は①の記事をご参照ください。圧倒的「手先」「腕」そして「背中」の使い方
所謂「アームス」を指します。
ポーズ・ポジションは、アームスがないと完成しません。今回はこの部分について抽出していきます。股関節からの「ターンアウト」
前回もちょこっと登場しました。脚を股関節から開いて使う、バレエの基本の動きです。(ガニ股とは全く異なるので要注意!)
こちらは次回記事に詳細を記したいと思います。
ネイサンの動きは、ポーズからポーズへの移行がとても自然で、無理やり感が全くありません。
それは、前回の記事でご紹介した「アラインメント」を利用した身体をしぼって魅せるポーズの連続であるにも関わらず、
「通るべき道筋を通って、ポーズ/ポジション間を移動しているから」
なのです。
詳しく見ていきましょう。
バレエには、足のポジション、腕のポジション共に1〜5番まで形が決まっています。
今回は腕のポジションをご紹介します。
以下の画像では、足元は全て1番はポジションです。
(画像、後の動画共に英国ロイヤルオペラハウスの公式YouTubeチャンネルより)
1番は、大きめのボールを抱えるようにします。この時、両手がみぞおちの正面あたりにくるのが好ましい形です。
2番は、1番で作った輪っかから両腕を広げるような形です。しかし、この時に肘が自分の肩より後ろに行ってはいけません。
広げるような、と記載しましたが
実は、バレエでは基本的に、腕が完全に伸び切ることはありません。また、ゆるやかなカーブを描いたラインから肘が落ちてしまうのも良くありません。
ここです。このポイントが、ネイサンの魅力につながるキーのひとつと言えるでしょう。
詳しい説明は後にして、ひと通りポジションをさらってしまいましょう。
3番は、片腕で輪っかを半分戻してくるような形です。
どのポジションであっても、腕を動かす時は常に水中で動かすようなイメージです。
4番は、先程の前に戻した手を上にあげます。
この時に限らないことですが、バレエでは首を長く長く使わなければなりません。
肩を上げて腕を動かしてはいけないのです。
4.5番とでもいいましょうか、こちらは4番の仲間です。バリエーションなどの踊りで登場するポーズに沢山使われます。
5番は、両腕を上にあげます。この時も肘・手首を共に柔らかく使い、少し長めの輪っかを作るようイメージします。
さて、1〜5番をご紹介しましたが、
全てのポジション、また移行中においても重要なのは
・肘を伸ばし切らない
・脇の下の空間をつぶさない
(フィギュアでは選曲により例外が多い点です)
・肩を上げない
・首を長く使う
(ヒップホップ/コンテ系は勿論例外な動きアリ)
・背中の筋肉で動かし、保つこと です。
これは素人の憶測ですが、小さい頃から大きなリンクでたった1人滑ることが当たり前なフィギュアでは、少しでも身体を大きく見せようとついつい腕を突っ張ることや、肩まで上げて首を短く使ってしまうことが習慣化してしまうケースが見受けられるのではないでしょうか。
先ほど私が重要事項に挙げた内容はどれも、
身体の周りにある空気を潰さないことで共通していると言えます。
突っ張ってしまった腕や窮屈な首元よりも、
身体の周りの空間も利用して自分のものとして魅せるということが重要になってきます。
私が思うに、ネイサンはこの事をごく当たり前に、自然に行うことが出来ているのです。
氷上でスピードを出し続けることは体幹にも負荷がかかりますし、つい腕や肩に力が入ってしまうということもあるとは思うのです....
だからこそ、陸上でのバレエレッスンでこのアームスづくりが当たり前に出来る様になっておくと、氷上での上体づくりが圧倒的に楽になるように思うのです。
実際にバレエを教える時でも、小さなお子さんのレッスンや、バレエを始めたばかりの方は基本的にアームスのポジションを確認してからレッスンに入るようにしています。
それほどに、踊りにおいてアームスはその人の踊りの持つ雰囲気やオーラ、あるいは曲に合わせたニュアンスを決定づける大切なパーツです。
さて、いよいよ先述した
「通るべき道筋を通って、ポーズ/ポジション間を移動している」という点についてです。
先ほどの画像の元となる動画をご覧ください。
(たった42秒なので是非....‼︎)
先述の、「水中を動かすように」という点もお分かりいただけましたか?
ポジション間の移動も、通り道が目に見えるようです。
ネイサンはこれらの、
「身体の周りに空間を常時作りながら、
あるべき道筋を通ってポジションに到達する」
ということを、当たり前に行うことが出来ています。
(勿論スポーツ的な要素の強いジャンプ前の導入時など、例外は大いにありますよ!)
実はこの、身体の周りの空間を自分のものにするということが、その人を実際以上に大きく見せるんですよね。
更にネイサンがすごいのは、
例えば韃靼人FSのような少し特殊なニュアンスを含む振付や、ヒップホップ、コンテンポラリー要素の強い振り付けにおいても、きちんと応用が効いているということです。
曲調に合わせて腕を無造作っぽく強めにグンッと動かしたりもしますよね。大切なのは、その使い分けが出来ているという点でしょう。
最も端的に言ってしまえば、ネイサンには「意味わからんくらい踊りのセンスがある」のです。笑
(極論だけどほんとなんだもん...)
海賊SPと比較するとかなりバレエ的なポジションは少ない韃靼人FSですが、あえてここでご紹介したい.....!
何故ならこのプロ、おそらく他の人が演技したら、ただ腕をぶんぶん振り回す人が誕生してしまうからです。笑
では、全米の顎が外れたであろう2017US figureでのFSを振り返ってみましょう。
カナエワさん....う....腕が....大忙しじゃありませんか?!(好き)(大好き)
つ、ついでに骨盤の向きを180度ギュリっと向きを変えまくる身体しぼり魅せ祭り.....!(好き)(大好き)
ここでは下半身のことはさておいて、笑
ひとまずこちらアームスムーブてんこ盛りプログラムなのですが、何故クネクネして見えないのか...
それは、両肩のラインをほぼ崩すことなく腕を動かしているから です。
これは、肩からではなく背中から腕を使っている何よりの証拠だと言えるでしょう。
比較的華奢な体格のネイサンですが、背中からきちんと腕を使っているため、踊っているときに肩幅が華奢だなんて思ってことありませんよね。
そしてこれだけ動かしているのに、何故腕の振りがうるさく見えないのか。
私がわざわざ言わずとも皆さんお分かりなのではないでしょうか...
音にバッチリはまっているからです。
ここにも実はアームスが関係しています。
バレエでもよくバリエーション(演目の中の1つの踊り)の指導の際に
「音とアームスの完成を合わせなさい」
ということをしばしば口にします。
勿論、全てがビタッとはまることが理想ですが、何よりの優先事項がアームスなのです。
(わざと余韻をもたせることが効果的な場合もあります)
ネイサンも、スピンからの移行でやむなく身体や足元が若干音より遅れそうになるときもあります。
そんな時にネイサンが(おそらく)自然と行なっている決断は、私が見る限りでは
・アームスだけ先に作りきって間に合わせる
もしくは
・1つカウントをズラして、完全に次のカウントで合わせる
2パターンかと思います。
ネイサン、音にだらだらと遅れて動くということを絶対にしませんよね。
このアームスの動きがたっぷり詰まったプログラムでも、ネイサン扮するイーゴリ公をモンゴル高原を吹き抜ける風が撫でていくのが見えるもの...
かなり長くなってしまいました。
腕の動きについては果てしなく思うことがあるので、おそらくまた改めて記事を出すことになるかと思います!
とても嬉しいことに、沢山の方にお読みいただいております。
いま一度ここで確認させていただきたいのは、
本シリーズ記事ではネイサンにフォーカスして魅力をお伝えしていますが、決して他の表現方法が悪いと申し上げているわけではありません。表現とは個性があって然るべきですから。
ただ、私がどうしてネイサンが好きで仕方ないのか、
それを一個人の目、しかも他所の畑で得た知識と経験から文字に起こしている と思っていただけますと幸いです。
私も今ではすっかりスケーター箱推し、アイスショーに行こうものならスタオベスクワット状態なのです。笑
※記事トップ画像は、Nathan Chenツイッターオフィシャルアカウントのヘッダーより
( https://twitter.com/nathanwchen?s=21&t=u_dG27me7DMxgNtmpfZjYA )