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作曲家メモ①ピアソラ

アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla, 1921-1992)

アストル・ピアソラは、アルゼンチン出身の作曲家・バンドネオン奏者で、「ヌエボ・タンゴ(Nuevo Tango)」の創始者として知られています。彼は、伝統的なタンゴにジャズやクラシックの要素を融合させ、まったく新しいスタイルを生み出しました。その革新性ゆえに当初は批判されることもありましたが、最終的には世界的な評価を得ることになりました。

1. 幼少期と音楽との出会い

・アメリカで育ったタンゴ少年
ピアソラは1921年、アルゼンチンのマル・デル・プラタで生まれましたが、家族とともにニューヨークで育ちました(1924-1937年)。幼少期はスペイン語よりも英語を話していたそうです。

彼の父親は、息子にアルゼンチンの音楽文化を身につけてほしいと願い、8歳の誕生日にバンドネオンをプレゼントします。当時のピアソラはバンドネオンに興味がなかったものの、やがてこの楽器が彼の運命を大きく変えることになります。

10代の頃には、ニューヨークで活動していた有名なタンゴ歌手カルロス・ガルデル(Carlos Gardel)と出会い、映画『El día que me quieras(1935年)』に子役として出演しました。ガルデルはピアソラの才能を見抜き、彼をツアーに誘いましたが、当時まだ少年だったため、両親に反対され断念。その後、ガルデルは飛行機事故で亡くなり、ピアソラは「もしツアーに参加していたら自分も死んでいたかもしれない」と後に振り返っています。

2. クラシック音楽との出会いと「裏切り者」扱い

・ナディア・ブーランジェとの出会い
1940年代にアルゼンチンへ戻り、タンゴ・オルケスタ(楽団)で活躍しますが、ピアソラは次第にクラシック音楽に強い興味を持つようになります。そして1954年、フランスに渡り、伝説的な作曲家・指導者であるナディア・ブーランジェ(Nadia Boulanger)に師事します。

ピアソラは当初、バンドネオン奏者であることを隠し、クラシックの作曲家として認められようとしました。しかし、ブーランジェに「あなたの音楽には個性がない。あなたの魂はどこ?」と指摘されます。そして彼がバンドネオンを弾き、タンゴを作曲していることを打ち明けたところ、彼女は「それこそがあなたの本当の音楽よ!」と励ましました。

この言葉がピアソラに大きな影響を与え、彼はクラシックの技法を取り入れつつ、タンゴの革新に乗り出します。

・「タンゴの破壊者」と批判される
帰国後、ピアソラは伝統的なタンゴとは異なる「ヌエボ・タンゴ」を推し進めました。しかし、これは当時のアルゼンチンのタンゴ愛好家には受け入れられず、「タンゴの裏切り者」「破壊者」と激しく批判されました。

特に彼の楽団がヴァイオリンやピアノ、エレキギターを加えた前衛的な編成だったことも、伝統派の怒りを買いました。ピアソラ自身も「あるコンサートの後、怒った観客に楽器ケースで殴られた」と語っています。

しかし、彼は批判を恐れず、「自分がやっているのは死んだタンゴの蘇生だ」と信じて活動を続けました。

3. 世界的な評価と晩年

・ヨーヨー・マやジャズミュージシャンとの共演
1960年代以降、ピアソラはヨーロッパやアメリカでの評価を高め、クラシックやジャズの世界とも交流を深めました。チェリストのヨーヨー・マ、ヴァイオリニストのギドン・クレーメル、ジャズサックス奏者のジェリー・マリガンなど、多くの一流ミュージシャンと共演し、世界中にヌエボ・タンゴを広めました。

・「リベルタンゴ」の誕生
1974年、彼は「自由なタンゴ」という意味の『リベルタンゴ(Libertango)』を作曲します。これは彼が伝統的なタンゴから完全に脱却し、新たな音楽へと進んだ象徴的な作品となりました。この曲は、のちにジャズやクラシック界でも取り上げられ、世界的な名曲となります。

・晩年と遺した言葉
晩年のピアソラは、「ヌエボ・タンゴ」が世界的に認められたことで、アルゼンチン国内でも名誉を回復しました。しかし、彼自身は「私はクラシックでもジャズでもタンゴでもない。ピアソラという音楽を作っただけだ」と語り、独自のスタイルを貫きました。

1992年、脳卒中により71歳で亡くなりましたが、彼の音楽は現在も世界中で演奏され続けています。

4. ピアソラの名言
• 「僕の音楽はエリートのためではない。ただし、すべての人に向けたものだ」
• 「タンゴは自由でなければならない」
• 「最も偉大な作曲家はバッハとストラヴィンスキー、そしてガルデルだ」
• 「自分の音楽が死ぬのは100年後だ。それまでは生き続けるだろう」

ピアソラは、批判をものともせず自らの道を切り拓いた情熱的な音楽家でした。彼の作品は、タンゴを超えてクラシックやジャズの世界でも愛され続けています。

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