母と家族の病院生活9日間② 1月9日
1月9日(火)お母さんがくも膜下出血で倒れてからから3日目。
三連休あけの平日がはじまった。
会社への休む連絡もして、電話で母の状況を説明するのも苦しかった。
自分の今年度の評価にかかわる提出物の修正があるからと上司に言われて、
パソコン開けるときにやってと言われた。
まだ上司は私の辛さや精神的な苦しみをわかっていないらしい。
そんな会社のパソコンを見る気もしないし、
評価なんてもうどうだっていい。会社も休職したい。
仕事も放置しているものが沢山あるがそんなんこんな状況でできない。
上司から、何度も電話があり遂に近くにいた兄が電話を貸してと言われて
兄が妹は精神的につらくと事情を上司に説明してくれた。
上司からは、データを拾うことなどは自分がするからと申請ボタたンだけ押してくれたら言いといわれたので、このままもやもやしていても気持ちが晴れなかったので、申請ボタンだけ押すことにした。
たったこれだけの作業だけど、パソコンをログインするだけで大きな
ストレスだった。
昼過ぎに、私は自分の持病の脳神経クリニックに行った。
持病のてんかんが発症しないように眠れていないから薬を処方してもらおうと思ったから。
ただ三連休明けということもあり、待合室は座れないくらい人が溢れていて
急いでいてと、受付の人に相談しても優先してもらえず、待っている間になにかあったらと時間がとても長く感じた。
薬を処方してもらえたが、この薬は本当にもしもの時ようで
自分の中にお守りとして持っておくことにした。結局1度も飲まなくてすんだが、この時は私も焦っていたから持っておくことに意味があった。
夕方には、私の彼氏が病院にきてくれて病室にも一緒に入ってくれた。
夏に初めて彼氏とお母さんと3人でランチをしてから以来だったから
これで2回目の母との対面だった。
起きてくれていたらよかったのにと思うと同時に、また涙が溢れた。
彼氏はそんな私に何も言わず手を添えてくれていて、彼氏も私の
泣き崩れている姿を見て、泣いていた。
「自分よりずっと悲しいのに自分が泣いてごめん」と言っていて彼氏の泣いている姿もはじめてで、泣かしてしまったと思ったが、
最後にお母さんに会ってくれて嬉しかった。ありがとう。
夜は兄と兄の奥さんと3人でご飯を食べに行った。
2人とも私が楽しくなるように話してくれていてその時間は悲しみを少し
忘れさせてくれるくらい楽しかった。
奥さんがとても明るい人で私と兄二人だけだと暗い食事の時間になっていただろうから、奥さんの明るさは私たち兄妹を癒してくれた。
三人で車で移動していると助手席に奥さんが座っていて、
普段なら、お母さんが助手席で私が後ろに座っていたから、兄の隣に座っているのがお母さんのように感じた。