見出し画像

慰霊堂に行って生かされてきた話 〜忘れないために〜

こんにちは
こんばんわ
ともひろです。

唐突ですが
これ何だと思います?

ひしゃげた何か?
泥の塊?

タイトルにあるように
先日、偶然ですが慰霊堂に行ってきました。

そしてこの写真はその時に撮ったもの。
シンキングタイムを含めて
答え合わせはあとにするとして

今回はそのとき感じたお話。
生かされた
いや、生かされてしまった話


窓の外から

偶然と書いたように
本来はいく予定はなかった。

たまたま近くの施設に用があり
その窓から見えた霊園が異様に見えた。

だから気になって足を運んだ次第です。

都会のど真ん中に霊園があるんですもの。
何も知らなかった私からは異様に見えた。

そしてその場所は

東京都慰霊堂
横綱町公園の中にある施設です。

関東大震災東京空襲
主にこの2つの死者を弔う場所だ。

場所は大体JRの両国駅から歩いて10分くらい。
両国国技館の近くある、静かな場所です。

公園の案内板

知ること

さてここで冒頭の写真の答え合わせをしよう

正解は

公園の案内板にあった
震災記念屋外展示場にある
展示品の一部だ。

これを見たとき私の脳にある
常識が理解を拒んだ。

私の知っている鉄柱は
とても硬くて高くて滅多に歪まない。

震災のあとの写真で見る鉄柱も
せいぜい2、3箇所曲がってる程度。

なのに目の前にあるのは
自分の足よりも低く
硬さなんて感じさせない。
まるで飴細工のように
何箇所もねじり曲がった鉄柱だった。

釘の方を見て
鉄があんな形に固まる。
大きさじゃない。
表面だ。

私の知っている金属は
滑らかに研磨されたような
表面がツルツルのものだ。

目の前にあるのはそれを感じない。

ドロドロに溶けたんだろう。

もとの形を止めずに
付近の同じものと交わって1つになった。

その塊が歪な塊で冷やされて
今、目の前のこれがある。

これだけでその震災の激しさが伝わってきた。

鉄を溶かす業火

それに人が巻き込まれたら?

それを考えずにはいられなかった。
それと同時に考えたくはなかった。

そんな酷く凄惨なことを。

触れたその鉄たちは
とても冷たいながらも灼熱の記憶が伝わって
私の心を焼いた。

感じること

展示品たちをあとにして

慰霊堂の前に来た。

正面写真

大きい
とにかく大きかった。

私は慰霊碑ならいくつか見たことはあったが
慰霊堂に入るのは今回が初めてだ。

その大きさから悲劇の大きさを
推し測るに余りあるものだと
正面に立っただけで感じた。

中に入ると上にも横にも広さがある。
荘厳な場所だ。
神聖さとかは感じない。
ただただそこに鎮座するものの重さが
こちらにも伝わってくるような。

そんな敬意を抱いだ。

写真は撮ってよいか分からなかったのでない。

一部ではあるが公式サイトに写真があるので
確認をしてほしい。

そしての奥に見えないが
納骨堂があると思われる。

この慰霊堂は後に三重塔が
くっついてるような形をしている。
恐らくはそこに遺骨が納められているのだろう。

さらに外にはその児童を弔う像もある。

ここには関東大震災と東京空襲
死者あわせて約163,000体の御遺骨が安置されている。

16万だ。

何も知らなかった私は
そこまでの人がいるとは思わなかった。

そして数字を聞いたあとだと

この施設はあまりにも小さすぎないか?

そう思わざるをえなかった。

16万人だぞ?
想像できる人数か?

16万人をたったこの施設だけに収めている。

そう思うとこの施設はあまりにも小さい。

それだけの思いがここには詰まっている。

人の命、死後の命
あまりにも小さく
そして重厚なものだ。

伝え継ぐこと

慰霊堂への参拝を終え
一通りこの公園を回った。

あまり時間はなかったが
近くにあった復興記念館にも足を運んだ。
(入場料無料)

展示品などをすべて見て
公園を跡にするときに思ったのは

この記事を書くことだった。

悲惨で残酷
理不尽で無差別

そんなことは当たり前だ。
義務教育で散々やったことだ。

戦争や争いが終わるようにと祈っても
それが叶うことおそらくはない。

震災なんて人間が平和に暮らそうが
地球の気分次第で勝手に起こる。

私が何かできることなんてない。
私1人で出来ることなんて尚更だ。

今更、平和が1番とか戦争がいけないとか
それらを今更言うつもりはない。

しかしだ。

起きた事実は語り継ぐことができる。

その凄惨な記録を
当時の残酷な記憶の残滓は今も残っている。

それらが完全になくなる前に
多くの人に伝えること。

それが私でも出来ることだと思った。

人は歴史から学ばないとは言うが
まずは知らなきゃ話にもならない。

知っていたら避けることができる。
避けられなかったとしても顧みることができる。

それが人間だ。

だから私はその記録と記憶を残したい。

その恐怖の歴史があったことを。

そして歴史とは語り継ぐ人がいてこそなのだ。

歴史はそこにはない過去のもの
忘れられて、その物も無くなれば
完全にに消えてします。

でもたった一人でも覚えていれば
それは歴史として残り続ける。

その語り継ぐ営みこそ歴史だ。

私もあなたも歴史の1つ

歴史となるために私は語り継ぐ
そして残したい。

それがこの記事の存在意義だ。

生きること

さて皆さんがこの歴史を知ってその証人となった。

そして私たちは過去に生かされているのだ。

語り継ぐ歴史があったのは
過去があったからこそだ。

その過去が語ることで歴史となり
それが今のあなたを作る。

過去という歴史が
今を生きる私たちを支えている。

だから歴史は大切で学ぶ意義がある。

今のあなたのルーツを知ることになるから。

そして今日あなたはこの記事を通して

痛ましい死者たちの歴史を知った。

それはすでに死んでいても
紛れもなくそこで生き
日々を営んでいた人そのものに違いない。

その人々の歴史をあなたはどうしますか?


私たちは過去に生かされているのならば

歴史を次に語り継ぐのが生きること
なのではないか

それは過去の歴史じゃなくてもいい。

あなたが作る明日の歴史。

だから人は生きて未来がある。


この記事があなたの歴史と
あなたが生きる助けになりますように。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
スキやコメントお待ちしてます。


いいなと思ったら応援しよう!