【小説】それゆけ!山川製作所 (#20 バジルソース①)

どうも皆様こんにちは。
株式会社山川製作所、代表取締役社長の財前でございます。

『YAMAKAWA DOME』にて開催された社内行事、エンジンストップ大会。

営業部営業一課の田中課長の優勝でめでたく幕を閉じたのですが、例年この大会は終わってもなお、多くの社員に影響を与えるんですねぇ。

参加者たちの頑張りに触発されて仕事に力が入る者もいますし、自分と向き合うということがどういうことなのか、改めて考え直す者もいます。
中には、来年こそは自分があのフィールドにと闘志を燃やす者もいるんですねぇ。

ただやっぱりね。
この大会で最も影響を受ける者が誰かとなると、そこは実際にフィールドで戦っていた参加者たちということになるんですねぇ。

正直、田中課長に関しては性格的に特に変化があるわけではないんです。
ただ、破れた2人には劇的な変化が合ったようですねぇ。

最後まで瞬きをしないという偉業を成し遂げた大星くんは、以前にも増して仕事に精を出すようになったんだとか。
やはり、極限まで自分と戦ったという経験は大きいんでしょうねぇ。
営業成績は約1.5倍になったそうなんです。
もちろん、来年を見据えて日々の脚力強化にも余念がないようです。
いやいや、次回が楽しみでなりませんねぇ。

では一方の須藤君がどうだったのか。


これがですねぇ……。

逆に彼は、あらゆるものごとに対して自信が持てなくなってしまったようなんですねぇ。

今大会で『YAMAKAWA DOMEの魔物』の餌食となってしまった須藤君。
本番で本来の実力を発揮できなかった彼は、そこからどうやらうまく立ち直れていない様子。
いつでも持ち前のスマートさで乗り越えてきた彼にとって、初めての挫折だったのでしょう。

黒川の報告では、彼は一種のイップスにかかってしまっているようでした。
いつもは迷いなくできていた仕事なのに、どこか躊躇してしまっている。
不意に大会での不甲斐なさが蘇ってしまうようなんですねぇ。
本戦に駒を進めただけでも尊敬に値することなんですけどねぇ……。

実はこうやって仕事に対してまで自信を無くしてしまう参加者は、過去いなかったわけではないんです。
ただ、あの須藤君がそうなってしまうとは正直予想できなかったんですねぇ。

大会後、彼はもがいていました。


今回は、そんな彼の努力がとんでもない方向へと行ってしまったお話をお届けできればと考えているんですねぇ。


※最後に、本文章はエンジンストップ大会より約半年後に記しているものであると加筆させていただきますねぇ。





不甲斐なかった。
驚くほどに無様だった。
こんなにも俺は無力なのかと痛感した。

意気揚々と参戦したエンジンストップ大会。
実は結構自信があったんだ。

確かに田中課長と大星君は強敵に違いなかったが、己のスマート道を突き通せば絶対に勝てると思っていた。

……それがどうだ。

結果は惨敗も惨敗。
しかもその記録は1時間半にも届いていない。
こんなにも俺は弱いのかと、人知れず涙を流した。


今でも夢に見るんだ。
ふと左足に意識を向けてしまったその瞬間を。

あの時、全身のスマーティングセルたちは俺に最大級の警鐘を鳴らしていた。
「やめろ!そっちに行くんじゃない!」

もちろん、聞こえていたさ。
長年付き添ってきた仲だ。
彼らの声は手に取るようにわかる。
それでも……。

俺は、己の誘惑に勝てなかったんだ。

ああ……。
俺は俺のスマート道を裏切ってしまった。
大会以来ずっとそんな考えが頭をよぎる。
どうやら、エンジンストップという競技は想像以上に過酷なものだったらしい。
何の覚悟も持たずに出場した俺がすべて悪かったのだろうな。

(今はもうスマーティングチルドレンの声が聞こえない……)



俺はいつも通り企画部のオフィスに潜り込んで、スタンディングデスクに広げたMacと向き合っていた。
いつもであればこのスマーティングエリアの雰囲気を追い風に、バリバリと仕事をこなしているところだ。
しかし、今の俺にはどこか勢いがなかった。
Enterキーを押す音も「タァァァンッッ!!」ではなく、「トヮン……」くらいになってしまっている。

(このままではいけない……!)

わかってはいるんだ。
記録は出なかったが、それを馬鹿にするような社員なんていない。
むしろ、聖戦へと赴いた1人の戦士として認めてくれていることに。

しかし、どうにも俺は自信を無くしてしまっているようだった。

(……初心に戻るか)

こんな時はどうしたらいいのか。
それは、人生の中で培ってきた経験則からすでにわかっていることだ。
そう。俺にはスマートしかないんだ。

失ったスマートは新たなスマートでしか埋められない。
そんなこと、考えるまでもない。

(もっとだ……!もっとスマートパルファムを追求するんだ!)


今のままでは山川製作所の社員として満足のいく仕事はできないだろう。
ここは、一度体にスマートを注入する必要がある。
軽く頭を振った俺は、静かにMacを閉じた。

「とりあえず、ブラックコーヒーで一服するか……」

誰に言うでもなくポツリと呟いた俺は、小銭入れを片手に自販機コーナーへと歩き出す。
やはり、まずはブラックコーヒーと紙煙草から始めるべきだろう。
この山川製作所で俺がスマート道を目指し始めた時、最初に習慣化した行動でもある。
初心に帰るにはもってこいだった。


自販機コーナーに到着する。
そしていつも通り小銭入れから硬貨を取り出す。
もちろん、ギザ十が入っていないことは確認済みだ。

しかしやはり俺は弱っていたのか、取り出した硬貨の1つを落としてしまった。

「NOTスマート……。どうやら今の俺のスマートHPはゼロらしいな」

落ちた硬貨はコロコロと転がっていく。
よほど落ちた角度が良かったのか、自販機コーナーの隅に置かれた屋内緑化のプランターまで転がって行ってしまった。
随分と転がったな……。
ダメな時はとことんダメなようだ。

溜息を吐き、プランターのもとまで歩いていく。
そして、十円玉を拾い上げようと腰を落とした時、俺はあることに気が付いた。

(そういえば今まで気にしていなかったが、結構このフロアは緑に溢れているんだな……)

改めてオフィスを見渡してみる。
すると、この企画部のオフィスはやはりスマートは雰囲気が漂っていた。

点在するスタンディングデスクに、そこでディスカッションを行うポロシャツ姿の社員たち。
各場所に広げられたステッカーだらけのMacと、耳という耳に差し込まれているAirPods。

そのどれもがこのスマート空間を作り出すためには不可欠なものだ。
しかし、俺は植物に着目したことであることに気が付いた。

(こ、この乱立するスマートアイテムたちが、植物たちに囲まれることで綺麗にまとまって見えている……!?)

そう。
一見ただの装飾に見える植物たちが、癖の強いスマートアイテムたちをうまくぼやかしているのだ。
自然と文明の利器が見事に調和している。
これによって尖りすぎない、絶妙にアンニュイなスマート空間を作り出しているのだ。

(まさかこの植物たちこそが、スマート空間創出の最大の立役者だったとは……)

驚くべき気付きを得た俺は改めてプランターから生える植物たちに目を落とした。
そして、またしてもあることに気が付く。

(ざっと見ても花をつけている植物がないんだな……)

そうなのだ。
これだけ植物が植えられていというのに、花をつけているものが1つとしてない。
そのどれもがただ葉を生い茂らせているだけなのだ。
顔を近づけていみると、誰かが書いたものなのか、ご丁寧に植物たちの名前が書かれた小さな札が立っていた。

(ローズマリーにバジル、こちらはローリエにレモングラス。そうか、ハーブが植えられているんだな)


ハーブか。

ハーブ…。

ハーブ……?

……!!!


俺はハッとした。

なぜ今まで気づかなかったんだ。
俺としたことがどうかしていた。


そう、ハーブだ!

スマートな男は、料理のひと手間に自身で育てているハーブをさりげなく加える者のことを言うのだ!

失われたスマートを補うには、これしかない!
ロストスマーティング、ワンダーボタニカルハーヴェストじゃないか!



「スマーティングポジション。スタンバイオーケー……!」



俺のスマートソウルが再び脈を打ち始めた瞬間だった。




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