【小説】それゆけ!山川製作所 (#13 椿木 哲人&立川 ユキ③)
立川ユキ。
俺の幼馴染にして会社の同僚でもある。
共に過ごした時間は長く、ユキの家族を除けば、その成長を最も間近で見てきたのは多分俺だ。
だから、一般人に比べてこいつの感性がズレているのは百も承知している。
今まで、散々振り回されてきたからな。
学生時代に借りを作ってからは、ユキは俺に対してさらに遠慮がなくなったように思う。
しかし、さすがにこれはどうなんだ?
本編前に流れる広告のパロディを撮りたがる奴なんて普通いるだろうか?
本当にこいつの頭の中はどうなっているのか。
20年以上一緒にいるのに俺には未だにわからん……。
「あとエピローグだけだったのに!文句は撮影後に聞くって言ったじゃん!!」
またしても撮影を止めてしまった俺に、ユキがプリプリッと怒る。
いや、「じゃん!」じゃねぇよ。結構俺は耐えた方だと思うんだが……。
「y○u tu○eが好きで、動画を撮影したいっていう気持ちはわかった。というか、割り切って理解した。でも星の数ほどある動画の中で、なんで広告をチョイスしてんだよ」
「なんでって……。最高に面白いからに決まってるでしょ?」
……面白いか?
首を傾げる俺など一切気にかけることなく、ユキはまたしても早口でまくしたてる。
「あれほど簡潔にまとめられた成功譚、私は見たことがないわ。しかも、その中に商品の紹介まで挟み込む技術。あっぱれという他ないわね。すべての動画において展開されるパターンはほぼ同じなんだけど、そのブレのなさに、もはや神聖さすら感じてしまっているのよ私は。飽きるどころか『待ってました!』と考えてしまっている自分がいる。結局いつも最後まで見てしまうのよね。それに、『スキップしたら二度とこの広告は表示されません!』とか言いながら、実際には何度も流してくることに対して全く悪びれない。その清々しさもとてもGood!」
……何か言ってんな。
最後らへん、ちょっとディスってないか?
「そんな作品をてっちゃんは途中で止めちゃってるってわけ。これってとんでもないことよ?全国の漫画系広告ファンが黙っちゃいないわ。そんな過ちを犯してしまったてっちゃんが今できることは、『エピローグ』まで撮影しきることだけよ。いい?わかった?」
「お、おう……」
8割くらい何言っているかわからなかったが、ユキの圧に押されて頷いてしまう。
そんな俺の態度を見て、「まったく……」とユキは小声で呟くと、三度カメラを回し始めた。
〜 シーン5:エピローグ 〜
『マルチネスアッパー』のおかげで僕は自分に自信が持てるようになった。
あれ以降、クラスの連中が僕に何かを無理強いすることはない。むしろ、友好的に接してくれる人の方が多くなったように思う。
初めて体育館裏で立川さんと会ったとき、彼女はすぐに僕の自信の無さを指摘していた。あの時は、突然何を言っているのかと思っていたけど、今ならわかる。
自信を持つって、想像以上に大事なことだ。
おそらく、立川さんはそのことを理解していたんだろう。
もしかしたら、立川さんのお兄様が僕と同じように変化していく過程を間近で見ていたからかもしれないな。
「あ!立川さん!」
下校途中で1人歩く立川さんを見つけ、僕は声をかける。
この行動だって、以前の僕では考えられないことなんだ。
「あら、椿木君じゃない」
あの日と同じように、振り向いた立川さんには何の気負いもない。
よくよく考えてみれば僕の見た目が変わる前と後で、接し方に変化がないのは彼女だけかもしれないな。
「今回は本当にありがとうございました。立川さんがいなかったら、僕はずっと卑屈なまま学生生活を送っていたと思います」
「……ふふ」
「え?どうしたんですか?」
駆け寄った僕を見て、立川さんは小さく笑う。
「ああ、ごめんごめん。なんだか、生き生きとしている椿木君を見て嬉しくなったのよ。君はそうしている方が断念良いわ」
僕の目をまっすぐ見て、そんなことを言ってくれる立川さん。
でも、それもこれもすべては……
「……立川さんのおかげですよ」
言うまでもない。
僕を変えてくれた『マルチネスアッパー』だって、立川さんがいなかったらきっと出会ってなかったんだ。
感謝してもしきれないくらい。
「……もう私がついてなくても大丈夫そうね」
「え?」
ふと、しんみりとした表情で立川さんは呟く。
「君、今学校中で噂されてるよ?すごいかっこいい人がいるって。私となんか一緒にいたら、君の邪魔になっちゃう。気になる人くらいいたんでしょ?今の君なら大丈夫なんじゃないかな?」
「……立川さん」
そんな悲しいことは言わないでほしい。
何度も言うように立川さんには感謝している。そして、一緒にいて立川さんを知っていく内に、もう感謝ってだけじゃ収まらない感情を抱いているんだ。
……他の誰でもない立川さんが『大丈夫』って言ってくれてるんだ。
僕は覚悟を決めた。
(……おい。これ本当に言わなきゃいけないのか?)
俺は、台本に書かれた台詞を見て躊躇してしまった。
この物語もまもなく終わりを迎える。
だからこそ、ここが一番の山場であり、この物語を幸せに締めくくる為、台本に書かれている台詞が必要不可欠なんだってこともわかる。
しかし台本に記されていたのは、いくら物語の中とはいえ、面と向かってユキに伝えるのはどうにも躊躇われる台詞。
ちらりと目線をユキに向けてみると、その力強い目からは「早く言いなさい」という圧が伝わってきた。
これは飽くまで撮影の中でのことだ。
現実の俺がユキに対して抱いている想いってわけじゃない。
だというのに、俺はなかなかその台詞を口にすることができない。
……いや、白状しよう。
これは現実の俺が、ずっと伝えられなかった台詞だ。
今のこの関係性が壊れるのが怖くて、ずっと胸の奥にしまってきた言葉。
だからこそ、俺はこんなにも躊躇しているんだ。
物語の中の台詞に過ぎないのに……。
いつまでも固まったまま動かない俺を見て業を煮やしたのか、ユキはパシパシと台本を指で叩き始めた。
こりゃここで終わりになんてできそうもないな。
……仕方がない。
目を閉じ、深呼吸をする。
体温が上がっていくのがわかる。
おそらく、今の俺は少しばかり赤面してしまっているだろう。
それでも、この撮影を終わらせる為、ついにはその台詞を口にしたのだった。
「ユキ、お前が好きだ」
「……ピコッ」
静かになった会議室で、携帯の機械音が鳴る。
(おい、何してんだお前?)
正面に、自身の携帯を構えたユキが立っていた。
笑いを堪えているのか、顔がピクピクと震えている。
聞こえてきた機械音は、どうやら録画していた動画を止めた音のようだった。
「……はい!てっちゃんの愛の告白いただきましたー!!」
は??
『ユキ、お前が好きだ』
ユキは手元で動画を再生しながらニヤニヤと覗き込んでいる。
おい、お前……。まさか……。
「ふふふ、今日の目的はてっちゃんの赤面シーンを動画に収めることだったってわけ!いやぁ~、いい表情しているよ。すごい演技力!」
……冗談だろ?
いや、冷静に考えてみれば今まで『立川さん』ってなっていた部分が、最後の台詞だけ『ユキ』に変わっている……。
「いやぁ~、いくら私でも漫画系広告を撮りたいなんて思うわけないじゃん。最後シーンさえ動画に収めれれば満足なのよね」
一方的に言うと、ユキはいそいそと片づけを始める。というか、よく見れば設置されたカメラはもとより電源が入ってないようだった。
……こいつまじか。
こいつには今までさんざん振り回されてきた。
恩もあるし、正直それはそれで良いとも思ってきた。
でも。
超えてはいけない一線がある。
親しき中にも礼儀ありだ。
こればかりは、俺に対してやってはいけないことだった。
……何かが吹っ切れた。
「おい」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
いつもは全く動じないユキも、ビクンと肩を上げる。
「て、てっちゃん?」
さすがのユキも何かを感じ取ったのだろう。珍しく、その声に焦りが伺える。
俺は気にせず、ズンズンとユキに近づいていく。
「あは、ははは。ちょっとどうしたの?や、やだなぁ!いつもの冗談じゃない!」
そんなことを言うユキだが、俺の圧に負けてか、じりじりと後退していく。
「俺はずっと隣でお前を見てきた。物心ついたころからずっとだ」
「ちょ、ちょっと。何の話?」
天真爛漫を絵に描いたような幼馴染。
いくら理解しようとも、理解しきれない。その心に手が届きそうで届かない、いつまでも俺を振り回し続ける幼馴染。
「て、てっちゃん?」
こいつはいつだって俺を混乱させる。
こいつの言動に俺は今まで幾度となく一喜一憂させられてきた。
「ね、ねぇ!何か言ってよ!」
いつの間にか、俺に追い詰められたユキの背中は会議室の壁についていた。
俺は無表情で、不安な表情を浮かべたユキを見下ろす。
「ずっと隣にいた俺が、どんな想いでお前を見てきたのか。感の良いお前ならわかるはずだ」
「お、想いって……。てっちゃんもしかして……」
ドンッ!!
鈍い音が響く。
俺が左手を伸ばし、勢いよく壁へとつけたのだ。
二人の距離が近くなる。
明確にユキの吐息を感じる。
「限界だ」
「もう俺は自分を偽ることができない」
「この関係が崩れてしまうかもしれないが、もう無理なんだ」
「好きだ。ユキ」
「て、てっちゃん……」
突然の告白に驚いたユキは、弱々しくこちらを見上げた。
まさか本当に告白されるなんて思いもよらなかっただろうな。
今のユキは目に涙を浮かべ、顔は真っ赤。
距離が近いせいか、その吐息の乱れも手に取るようにわかる。
そこには、間違いなく今まで見たことのないユキがいた。
そんなユキを見て、俺は思わず呼吸を忘れる。
静まり返った会議室。
向き合う2人の間に流れる空気。
次に何をすべきか。
不思議と、今の俺にはわかっていた。
ユキは身を任せるように、静かに目を閉じる。
そして。
「カシャ」
「……はい?」
ユキから間の抜けた声が上がった。
まぁ、しょうがない。
だって目の前で見下ろしていた俺が、いつの間にか携帯を構え、シャッターを切っていたのだから。
「……はい。ユキの赤面シーンいただきました」
「は?……はぁぁぁああっっ!?」
ふふふ。
目には目を。歯には歯をだ。
ユキはしばらく驚いたまま固まっていたが、ハッと我に返るとこちらを睨んでくる。
「もう!!信じらんない!!」
ユキはいまだに涙を浮かべたまま、先ほどより赤くなった顔を片手で隠し、もう一方の手で俺の腕を払いのけた。
なんだかこの光景はすごく新鮮だ。
「て、てっちゃんのくせに!!いつも私が仕掛ける側なのにぃ!!」
俺に騙されたのがそんなに悔しかったのか、頭を抱えたまま声を上げる。
ははは。まさか俺に仕掛けられるとは思ってもいなかっただろう。
これに懲りて、今後はもう少しお手柔らかにしていただきたいもんだ。
しばらくして俺の前に居づらくなったのか、ユキはスッと立ち上がると、そのままこちらに目を向けることなく、出口に向かって速足で歩いて行ってしまった。
背中から色んな感情が伺える。
いやぁ。本当に悔しかったんだな。いやマジで。
そのまま出て行ってしまうかと思ったが、ユキは会議室の扉を開く直前でこちらに振り返った。
「とにかく!今後はこんなドッキリはやめて!……次は脱毛製品の漫画系広告を撮るからそれまで反省してなさい!あと、カメラ片づけといて!!」
それだけ言うと、今度こそ勢いよく出て行ってしまった。
(漫画系広告に次があるのか……?)
会議室に1人取り残された俺は、そんなことを考えていた。
(フフ……)
そして俺は1人、先ほど撮ったユキの写真を見て思わず笑みをこぼしてしまう。
今までずっと振り回されてきた。
その時が来るまで、この関係はいつまで経っても変わらないんだろうな。
そして『その時』ってのは、もう少し先になるだろう。
俺は、今の立ち位置を結構気に入ってるんだ。
だからいいよな。
「たまには俺が振り回す側になっても」
<END>
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