【小説】それゆけ!山川製作所 (#21 バジルソース②)
先日俺はひょんなことから驚くべき気付きを得た。
『ハーブ』は非常にスマート係数が高いということだ。
そんなハーブといえばお茶や料理に使用されるもの。
瓶タイプの海外ビールを片手にキッチンに立ち、自家製ハーブを使用したおしゃれ料理をのんびりと作る。
こんな休日の過ごし方こそスマートの極みと言えるだろう。
やはり失った自信は、スマートでしか取り戻せないのだ。
ハーブを育てることで、不足しているスマートを注入せねばならない。
こうして俺はハーブの中でも、バジルを自宅で育てることに決めたのだ。
しかも一年中収穫ができるよう、家のベランダに簡易的な温室を作って育てるという徹底ぶり。
「すごーい!須藤先輩、バジル育てているんですね!」
そして、極めて自然にその情報を社内に流し始めている。
「意外と成長が早くて収穫に忙しいんだよ。でも、自家製バジルから作ったジェノベーゼパスタは絶品だったね」
先日、一度だけ作ったジェノベーゼパスタ情報を広めることも忘れない。
俺が数あるハーブの中からバジルを選んだ最大の理由は。このジェノベーゼパスタを作ることができるからなのだ。
俺の中でスマートな料理は何かと問われれば、パスタは割と上位に挙げられる。
そして、そんなパスタの中でハーブをふんだんに使っている料理といえばジェノベーゼパスタ。
つまりバジルはハーブの中でも非常にスマートクッキングと相性が良かったのだ。
しかも、バジルソースやジェノベーゼパスタの作り方はネットで調べればたくさん出てくるので、料理自体もそれほど難しいものではない。
もちろん、完成したジェノベーゼパスタをフライパンを傾けて菜箸で皿に入れ込むような真似はしない。
なんか先っちょがギザギザしたパスタ用のトングみたいなやつでつかみ上げ、よくわからないが最後にくるりと回しながら皿に盛りつけている。
ん~、スマート。
しかし、一見すべてが順調に思えたこのバジル生活も、実際に育ててみると案外苦労する部分もあった。
まず、バジルをバジルソースにする以外に活用方法が思いつかなかったのだ。
そしてそのバジルソースを作るのにも、意外と時間がかかるのである。
バジルソースを作るには、まず収穫したバジルの葉部分のみを摘み分ける必要がある。
そして、にんにくや松の実、粉チーズにオリーブオイルを混ぜてミキサーにかけてることで完成する。
工程こそ簡単なのだが、特に葉を摘み分ける段階がそれなりに時間がかかってしまうのだ。
次に、このバジルであるが、結構成長速度が速い。
今回は初めてのハーブ栽培ということで気合を入れて、結構な数を簡易温室で育てているというのもあるが、あいつら次から次へと葉を広げるもんだから、週1くらいでバジルソース作りを行わなければならないのだ。
枯らすのはもったいないし、何より、男がハーブを枯らすなど俺の中ではNOTスマートに分類される。
とはいえ、ソース作り自体に追われてしまうのも同じくNOTスマートと感じるし、その辺は程々に調整していければと考えてはいるが……。
まぁ色々と苦労はあれど、今のバジル生活には満足している。
心なしか、スマーティングチルドレンの声も聞こえ始めたような気もしている。
とにかくこのまま、バジル王に俺はなる!
なんてな。
〜1ヶ月後〜
俺の名前は須藤健一。
バジルを育て始めそれなりに経つが、飽き性の俺としては珍しく、今なおバジルソース作りは継続している。
やはり、そこにスマートが関係してくると俺は頑張れるらしい。
それにしてもバジルソース作りはいいものだ。
特に、出来上がったときの達成感がたまらない。
これも、日々頑張って成長してくれているあいつらのおかげなんだろうな。
「あ、須藤先輩!お久しぶりです〜。……え!?」
「おお。浜川さんおつかれ」
解説者としてエンジンストップ大会に参加していた浜川さん。
あれ以来、彼女とは顔を合わせれば言葉を交わす程度の間柄となっていた。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「ん?何がだい?」
なぜか彼女は驚いた様子で俺を見ている。
「いや、なんだか顔色が悪いし……。ん?指先が緑になってません?」
「ああこれか。昨日ちょうど自家製のバジルソースを作っていたんだ。最近、洗ってもだんだん落ちなくなってきていてね。いやいや、お恥ずかしい」
なるほど。
確かにいきなり指先が緑色になっている人を見れば、そりゃ驚きもするわけだ。
「そ、そうなんですね……。とりあえずお元気ならよかったです。あ、そういえば今週末会社のみんなでバーベキューするんですけど、須藤先輩もいかがですか?」
……週末か。
是非参加したいが、次のバジルも育っているし、ソースも作らないといけないしな。あいつらの葉を枯らすわけにはいかないし……。
「ごめん、野暮用があってね。また是非誘ってよ」
〜3ヶ月後〜
「ねぇ、最近の須藤さんちょっとおかしくない?」
「そうね……。1人でブツブツ言ってるし、手が緑だし。それにこの匂い……バジル?」
俺の名前はバジル健一。
気のせいか、最近ヒソヒソと噂バジルされることが多いような気がする。
みんなどうしたのだろう。
俺の自家製バジルソースを味わいたいのだろうか?
ちょうど昨日はフランシスとマイケルから取れた子どもたちでソースを作ったばかりなのだ。
遠慮せず言ってくれればいいのに。
最近はあいつらが可愛くて仕方がない。
少し前には新たな仲間も向かいれて、今では3日に1回はバジルソースを作ることができている。
ただ、そのせいで俺は毎週に1回ソース作りのための有給を取らなければならなくなった。
まぁ、週に1日の有給など、あいつらが頑張って実らせた子どもたちを枯らしてしまうよりは全然マシだからいいんだけどな。
さて、次は3日後の日曜日が採取日となる。
今から楽しみで仕方がないなぁ。
〜半年後〜
「あれ?須藤は今日も休みか?……あいつ、今週は1度も会社出てこなかったじゃないか?」
俺はバジル。
最近みんなの調子がすごくいい。
フランシスとマイケルの子どもたちは明日には収穫だな。
ジェーンは明後日、ジョージとリサが明々後日で、その次の日はスージーとミカエル。
そうすると……。
ああ、その次はまたフランシスとマイケルか。
その次がジェーンで続いてジョージとリサ、その次の日が……。
バジルを育て始めて約半年後、俺は自宅で倒れた。