煙草ぎらい
「お金を何かに使いたい。一体何に使おうか」漠然とこう思ったのは、仕事の成功に起因した。
大手の車輌販売会社に勤務して4年。ずっとBtoB向きの営業としてやってきたが、いわゆるコンペティションにおいて、今週だけで3社の契約を獲得した。だからパーっと騒いできちんと一段落つけようと思ったのだ。迷っている間に日曜日の夜になる。そして、月曜日は有給を申請してある。
さて、しかし何に使うかは困ったところだ。頻繁に飲み屋には行くから何にも変わらないし、風俗など関わりたくもなく、その中央値として上がった選択肢が、「ガールズバー」だった。
会社柄収入も悪くなくエリートコースのBtoB顧客向けの部署だし、見た目も若い為に浮いた話がないわけではなかった。だが、商売をしている女と話すのは、少しだけ普通と訳が違う気がして、一度経験で行ってみようと思ったのだ。
時間も遅いために客引きもなく、入店してみると初顔なので少し驚かれた。私の担当になったのは、すらりとした、見ていられなくもないが整っているわけでもない、少し面白い顔をした女性だった。
システム的には、時間制で金銭が発生し、女性の飲酒は別料金で課金制となる。正直女性と話すのに飲み代以外を払うのは抵抗があるレベルだったが(むしろ自身の若さを思い、そっちが払えよ、と感じていたほどだった)顔を突き合わせて一緒に飲んでみると、制度の趣旨のようなものも理解した。
つまり、女性サイドは仕事なのだ。話を盛り上げ、嫌な話をしない。胸元からのぞかせている黒い下着は若干気に掛かったが、目をやる度に気にしたように弄るので、敢えて長いこと目をつぶって「直せよ」という意思表示もしたが目を開いてもなにも変わらなかった。店側の指示なのだろうか。
しかし、それに起因もして、前も下も長いこと目を向けて居られるものでもないから自然と顔に目がいく。話ははっきり言って面白くもないが、この空っぽのやりとりには人心地着いた気がした。好き・嫌いに起因する異性とのやりとりにある不穏なものを全て排除した、潔癖で性的な要素が省かれたただの会話。
そこで、「煙草吸っていいですか?」と女性(名前が書かれたプレートはあったが明らかに偽名だ)がいうので、スーツに臭いがつくのは嫌だったが、気づくと「いいですよ」と答えていた。ちなみに今年で20歳なので、煙草は合法だという。
煙草の煙の吐き方に目が行った。下顎を突き出し、煙を吐き出す、とても水っ気のない仕草。年齢柄そこも見ていて若さのような気もして面白い。色気など今は要らないのだ。
趣味はと聞くとゲームと漫画という。ゲームや漫画の話やおすすめを「不要な会話だな」と思いながら作業上お互いメモをして、しかしどれだけ話をしていっても、価値観とでもいうか、会話上の選択などに人間的な段階の隔たりを感じる。会話に意味を見出せないだけどころか、不毛さ、錯誤感も生じてくる。相手が悪いわけではないのは明白だ。私が今、成功への道筋しか気にならなくなっているのだ。
また一本吸いながら、普段の仕事と「いつも日曜日だけはいるのでまた来てください」と言う彼女は、下顎を突き出して煙を吐いている。私はそれを見て和みながら、もう来ないだろうなぁ、と考えていた。