[短編小説] タンポポ殺傷現場
六月になると嫌なのが、五月までピンピン咲いていたタンポポが刈り取られてしまうこと。
綿毛が舞ってそこら中に根付いてしまわないようにしているんだろうけど、どうも帰り道の、花の刈り取られた茎まみれの草むらは趣がない。
わたしはアレルギーでもなんでもないのにくしゃみが止まらなくなって、そのタンポポの墓地を小走りで通り過ぎた。
授業中、タンポポが刈り取られるその現場を見ていたら、先生に怒られた。
「そこの、窓の外見て黄昏てる人」
という言い方をされると、まるでわかしが見当違いにメルヘンな人に思われているみたいで、わたしは先生を睨みつけた。
隣の席の男の子が小説を読んでいる。わたしもその本、読んだことある。同窓会で久しぶりに好きだった男の子に再会する話。わたしはまだ十八だけど、その主人公の気持ちはなんとなくわかる。わたしも初恋を思い出して愛おしくなったことがある。筆者もきっともうどこに行ったかもわからない初恋の男の子のことを思って書いたに違いない。そういう本は他のどんなものよりも呪いがかっていて良い。
放課後、くしゃみが出そうでムズムズする鼻を抑えながら歩いていると、タンポポの死体の転がる草むらにしゃがみ込んでいる子を見つけた。
「なにしてるの?」
思わず話しかけた。淋しそうな背中をしていた。
「タンポポ拾ってる」
「なんのために」
「死んだから、もう」
彼女はまさにわたしと同じ価値観を持っていた。驚いて、わたしは一言も発さずにいた。
「引きました?」
はじめて敬語を使った彼女の、目をはじめて見た。鋭くすべてを嫌う目をしていた。
「殺傷現場」
言うと今度は彼女が喋らなくなった。見ると驚いた顔をしていて、そこでさっきわたしはこんな顔をしていたのだと気付かされた。
「タンポポの死体なんか集めてどうすんのさ」
彼女の握りしめるタンポポの茎から白い液体が流れ出した。触るとベタベタしてイヤな匂いがするあの液体が、まさに血であった。
「お墓でも作って葬る?」
不安気に言った。なにも決めずに集め出したらしい。
わたしもそこらへんに落ちているタンポポを一緒になって集めはじめた。全身綺麗に残っているものもあれば、首だけのものもあった。
彼女の持っていたのと合わせると、一つの花束のようになった。彼女はそれを見て満足そうだったけれど、わたしはそれを取り上げて一つ一つ編み込んだ。
完成した花の冠をあげると、彼女は笑ってみせた。死体をいくつも繋げた鎖を頭につけて嬉しそうだった。
「あんたはなんか哀しそうな顔してる。背中も」
なれ。この冠をつけた瞬間のように、誰かを犠牲にしてでも成功を掴み取るものに。
自分の中で多くの思い出を殺してでも、叶った夢を喜べるものになれ。
わたしは耐えられなくなって、一度くしゃみをした。