[小説]痛くも痒くも甘くもない/#3
水曜日 二番手男子
チャイムと共に教室を飛び出す男子生徒たち。その後ろについていくように、私たちも教室を出た。
今日の購買はメロンパンが売り切れていたので、仕方なく焼きそばパンを買ったけど、メロンパンを食べるつもりでいたせいでうまく喉を通らなかった。お茶で一生懸命流し込んでいると、るなが漫画から顔を覗かせた。
「焼きそばパン嫌いなの?」
「いや、もう完全にメロンパンの口になってたから」
今日は少女漫画好きのるなが大量におすすめの漫画を持ってきたので昼休みに読もうと約束していた。るなは漫画を読むために早弁してきたらしい。
るなはふわふわした見た目でかわいいキャラなのに、よく食べる。そのせいか人よりふっくらした体系は、るなの落ち着いた声に合っていた。
「で、昼休みは四十分しかないのに、なんでこんなに持ってきちゃったの」
机の上に、るなのお気に入りの漫画が十冊ほど並んでいる。しかも一つのシリーズが全巻あるんじゃなくて、どれも違うものだった。
「だって、いちかがどれ好きかわかんないじゃん?読んで気に入ったやつがあったら続刊持ってこようと思って」
「重かったでしょう」
「うん、今日教科書持ってきてない」
予鈴が鳴るまで漫画を読み続けていると、やっぱり自分もこんな学園生活を過ごしたかったなと思う。私は去年まで付き合っていた先輩がいたけど、受験をきっかけに振られてしまったし、るなの片思いだった男子は、るなと連絡を取っていた同時期に親しくしていたもう一人の女子に告白されて付き合った。
結局はすべてタイミングなんだと思う。私ももしかしたら、先輩の受験がなければ別れていなかったかもしれないし、るなもライバルより先に告白していれば付き合っていたかもしれない。
そんなこんなで私たちは恋愛に縁がない。私はというと、もっぱら恋愛のことなんて考えずに生活するようになってしまった。片思いのドキドキも、誰かから連絡が来ることもない。
「少女漫画のさ、ヒロインが好きな男子じゃなくてヒロインを好きになる男子ってめちゃくちゃ切ないと思わない?」
話しかけると、るなは漫画から目を離さずに答えた。
「あー、二番手男子だね」
「二番手男子?」
ようやく顔をあげたかと思うと、どうやら一冊読み終えたらしい。私はまだ三分の二あたりだというのに。
「そう。ヒロインが自分の好きな人のことで悩んでる時とか、その人に辛いことを言われた時に親身になってくれるんだよね。でも私、いろんな漫画読んできたけど、絶対二番手男子は出てくるし、その二番手男子と結ばれる話は読んだことないなぁ」
大体の二番手男子は、主人公に好きな人がいることを知っている。それでも想い続けるって、ものすごいメンタルを持っていると思うし、自分だったらそんなに想い続けてくれる人だったら好きになってしまいそうだ。
「負けヒロインってのもいるよ」
「あーもう…」
キャパオーバーだ。私はそもそも名前を覚えるのが得意じゃない。二番手男子も負けヒロインも新出単語だけど、その二つを覚えるのにも時間がかかる。
「まあ大体二番手男子と負けヒロインが結ばれて終わるのが王道だけどね」
「なんか少女漫画って終わり方全部似てるよね」
「構成もね。ほとんど似てるよ」
「それじゃあなんでわざわざいろんな漫画を集めて読んでるわけ?」
もうすぐチャイムが鳴って、昼休みが終わる。るなが漫画を積み上げだしたので、私も読んでいたものをそのタワーに乗せた。
「だってみんな違うヒロインなんだもん」
るなは目をキラキラ光らせながら語る。何かに夢中になってる人って、こうやって心を込めて話すときに目つきが変わるから私は好きだ。
「同じ状況でも人によって考え方が違うでしょ?だから似たような状況になっても全然違う話になるの。それが面白いの」
ちょうどチャイムが鳴ったので、私たちは走って教室に向かった。
「ねえその漫画、教室入ったとき先生に見つかったらどうするの?」
走っているせいで、半分呼吸をしながら前を行くるなに叫んだ。
「これが私の教科書です!って言う」
そのとき振り返りながら言ったるなの笑顔はきっと、私の何もない高校生活のハイライトに入るだろうと、私も笑い返した。