気功法
8歳の時 ある事で4か月近く入院を余儀なくされた。これはその時の話。
彼との出会いは、私が一般病棟に移った時だった。二人部屋で隣には小柄な初老の男性がいた。その人は私の事をじっと見つめ、子声で何かつぶやいた。頭をひどく打ったため、一時的な難聴になっていたので聞き取ることは出来なかった。
私のベットは点滴がたくさんぶら下がった、シャンデリア状態。身動き一つとれない。骨折 数ヶ所 内臓破裂で開腹手術ではこの状況は当たり前。
病室に移って次の日、その男性が話しかけてきた。
「坊や、昨日の夜うなされていたが、悪い夢でも見たか。」
「あっ、ごめんなさい。うるさかったですよね。」
「それは全然かまわんが、よければ色々聞いていいかい。」
彼は私に何か違和感を感じたらしく、色々聞いてきた。なので細大漏らさず全てあったことを話した。暫く黙って何か考えていた。
数日して 点滴の数が減ってきたのを見て、彼が話しかけてきた。
「強くなりたいか。」
「いえ、強くならなくていいです。自分の身さえ守れれば。」
「よし分かった。では私がそのすべを教えてやる。」
彼は中国人で私と同じ孤児だったそうだ。一人で生きぬくため「借力」と言う拳法を習得したそうだ。それを私に教えてくれるそうだ。
あまり動けないので最初は3種類の呼吸法を教えてくれた。治癒の呼吸法・戦闘時の呼吸法・防衛の呼吸法の三種を。
一度見ただけでほぼマスターした。私は異常に物覚えがよかった。これは「外傷性サバン症候群」によるものだと思う。
完全にそれを習得すると、次に「気」の使い方を教えてくれた。イメージの仕方・貯め方・廻らせ方・発し方など。
これを全て習得するには、私でも時間がかかった。
気のコントロールを習得するのに約2か月が過ぎた頃、彼に病状の変化が起きた。黙っていたが彼は全身癌に蝕まれていたらしい。
集中治療室に運ばれることになった彼は、サイドテーブルから小さなノートを渡し一言。
「精進しなさい。」
「はい、精進し覚ます。だから帰ってきてください。」
彼は微笑み私の頭を撫でた。それが彼との最後の会話。
古びたそのノートはまだ私の手元にある。人から始めてもらった、大切なプレゼント。でもその中に書かれているのは、書きなぐりの中国語 未だに内容がわからない。
でも教わったことは今に生きている。