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落武者ギタリストが脳出血になりましたが、何か?②ICUにお泊り

病院に到着後、即手術室。
気づくとICU病棟にて点滴四本刺さった状態で、動かないでくださいと。

寝返りは看護師さんにお願いしなくて、管を持っていただき、体をゆっくり動かす。
なんて具合でしたが、自然に寝返りしていまうんですよ。
まあ、怒られる怒られる。
生かしていただいている身なので、
素直に謝る。

そんなこんなで、意識も戻ってきて、おそらく二日半程をICU病棟にてお世話になりまして、その間、飲食一切無し。水は飲ませてもらったかな?そこら辺は覚えておらずですが、
とにかく寝るか、ぼーっと天井を見る。
そんな中、一日過ぎた辺りで気づいた事がありました。

お腹が空いていない。

点滴って凄いな!と、感動すら覚え、こんな医療を与えていただけて本当にありがたいんだなぁ。
なんて思っていた直後、来ました。
尿意。

さてどうするか?
いや、動けない訳ではないのです。体は自ら動かせるので起き上がりトイレに行けるのです。のはず。

もう限界。

看護師さんにトイレに行けますか?と聞くと、食い気味で、無理に決まってます!
と。
動いてはいけない状態で、トイレなんてもってのほか。転んだらどうするんですか?動かせても、今はうまく歩けないですよ?ご自身の状態を見てください。点滴沢山刺さって、自分が重症患者なのを自覚してください!

と、しっかり怒られる。いや、心配していただいている。そう。きっと。

で、どうすればいいかと聞くと、オムツをして用を足してくださいとの事。
嗚呼、やはりその選択しかないのかなぁと、オムツなんて記憶すらないから、ある意味初オムツ。
とかなんとか考えがよぎる中、
なんとかなりませんか?と、食い下がる。

看護師さんからの渋々の第二案が、
オムツを敷いた上での尿瓶(しびん)で用を足す。
監視付き。
いや、ありがたい、ありがとうございます。

別に見られるのなんてのはなんともおもわない。
出来るのにさせてもらえないという葛藤や、看護師さんに申し訳ないという気持ちからのオムツ拒否でした。
が、
いざオムツ敷いて尿瓶で用を足したら、よーく分かりました。
おしっこ上手くできないと。
なんとか済ませられたという感じでした。
渋々の第二案を出していただき、受け入れてくださっただけでもう無茶苦茶優しい対応をしていただけたんだなと。
色々考えつつ、どんどん逆らっていこうと、
とにかく出来る事をやってやる!と、この時、はっきりと決意したのを覚えています。

そんな考えを汲んでくださった、主治医の先生、若い男性看護師さん、今でもはっきり覚えています。感謝しかありませんね。もちろん関わってくださった看護師さんやリハビリの先生の皆様にもご迷惑をおかけしつつも、しっかり頑張っていかなきゃいけないと、今改めて噛み締めております。

そうそう。
このICU生活にて、1日目の夕方かな?
大好きな若い男性看護師さんが、自分は今日はここまでなので、夜勤の看護師さんに引き継ぎますので、また明日よろしくお願いいたします。と、もう何から何まで丁寧に説明や介助してくださる先生が、こそっと僕に、

「その夜勤の看護師さんは、ちょーっと、なんて言うか、口数が多いというか、うーん、もし何かあればまた明日おっしゃってください。」

と、
もう、恐怖でしかない言葉を残して去っていってしまった。
嗚呼、看護師さん。
なんで意味深な、もう、ドッキドキでしかない。
ワナワナしていると、夜勤看護師さん登場。
もう、重鎮。
しっかりテキパキしておられまして、既に他のスタッフさんに、文句、、いや、指導や指示を出しつつ、
自分も介助されながら、何もありませんように。何もありませんように。
と、祈りつつ、眠らなきゃ、早く眠らなきゃ、と思えば思うほど眠れない。
更に尿意。
嗚呼、どうしよう。
言いづらい、でも、漏れる。
お願いする。
忙しい中、すみません。はい。はい。はい。
詳しく書くのはやめておきます。

もう早く朝になれ朝に。男性看護師さんに早く会いたい。
と思う夜を過ごしました。

うん、人はそれぞれやからね、うん。しゃーない。うん。

そこから更にあれこれ、
まだまだ始まったばかりです。
42歳、初めての入院生活。

さて次は何が起こる?

まだまだ続く。

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