「働き手不足1100万人」の衝撃
近年、日本社会は多くの課題に直面していますが、その中でも特に深刻な問題の一つが「少子高齢化に起因する労働供給制約」と感じました。
書籍「働き手不足1100万人の衝撃」は、このテーマを中心に、未来の日本が直面する労働力の減少について詳しく掘り下げています。
本書は、著者が精緻なデータと実際の事例をもとに、労働市場の現状とその未来を警告する内容となっている一方で、労働制約社会がもたらす新たな可能性にも触れている希望の書の内容にもなっています。
ぜひ皆さまにもご一読をお勧めしたいと思い、今回取り上げさせていただきました。
”労働供給制約”とは
”社会を維持するために必要な働き手の数を供給出来なくなる、構造的な人手不足”
単なる人手不足論ではなく、「生活を維持するために必要な労働力を日本社会は供給出来なくなる」ということ。
日本はこれまでも度々人手不足の問題に悩まされてきたが、これまでの人手不足とは大いに状況が異なる。
1990年代以前の人手不足論には好業績、好景気がペアになっており、企業業績がいいから仕事が増え、企業の人手が足りなくなるという構図であった。
一方で、これから起ころうとしているのは、景況感や企業業績に関係なく、労働供給量がボトルネックになって発生する人手不足なのです。
この点が理解できなければ、近視眼的な議論しかできなくなってしまうし、打ち手も即物的で的外れなものになってしまうのです。
近畿地方の働き手が丸ごと消滅?
では、どれだけの人手不足がシミュレーションされているのだろうか。
2040年までの労働需給シミュレーション全体の動きとしては、労働需要はほぼ横ばいや微増の状況に対して、労働供給が大きく減少。
結果として、労働供給の不足としては2030年に341万人余、2040年に1100万人余となっていく。
341万人は現在の中国地方の就業者数の規模に近く、1100万人はおよそ現在の近畿地方全域の就業者数が丸ごと消滅する規模に匹敵する。
しかし、なぜ全体の人口が減っていき経済成長が見込みづらい中で労働需要は減らないのか。
それは、人手を要するサービスへの依存度が高い高齢者人口の割合が高まることにより、労働需要は減少局面に入らないからである。
高齢者がとくに医療、介護をはじめ物流、小売に対して強い労働需要を持つことを背景に、加えて、そうした業種が労働集約型であるために、こうした業種・職種に従事する労働力の消費量が中心となって、労働需要全体が今後も高止まりする可能性が想定される。
これとは対照的に労働供給は2027年頃から急激に減少する局面に入ることが想定されている。
結果的に、運搬職や建設職、介護、医療などの生活維持に関わるサービスにおいて、サービスの質を維持することが難しいレベルでの労働供給制約が生じるのである。
具体的にどんな問題が生じるのか
では、労働供給制約により、私たちの生活にどんな変化が起こるのか。
3つのシミュレーションを取り上げることで、その実像について理解を深めていただきたい。
●ドライバー不足により、荷物が届けられない地域が発生する(2040年のドライバー職の不足率予測は24.1%)
→日本の4分の1の地域は事実上、荷物の発送も受け取りもできず、居住が難しくなる。
●介護現場で介護スタッフが不足が深刻化(2040年の介護サービス職の不足率予測は25.2%)
→週5日訪問介護を受けていた人が、毎週のように週1~2日は急に介護スタッフが来られなくなるように。高齢者自身や家族で対応せざるをえず、家族の生活を圧迫したり、働くことが難しくなる。
●建設作業に従事する施工管理者・オペレーターが慢性的に不足(2040年の建設職種の不足率予測22.0%)
→メンテナンスが必要な道路のうち78%しか修繕することができず、地方部の生活道路は穴だらけの事態に。橋梁の崩落などの事故も相次ぐようになる。結果、渋滞が増え、移動にかかる時間が増え、何をするにでも時間がかかるようになってしまう。
2040年の日本に起ころうとしている生活維持サービスの労働供給制約は、以上のような社会の出現を予測している。それにより、私たちの生活は破綻するとともに、さらに次のような状況にも陥ることが想定される。
・ホワイトカラーで普通に働こうとしても十分なサービスを受けられず、十分な時間を仕事に費やすことができなくなる。結果、生活が破綻し、仕事どころではなくなる
・後継者不在で廃業に追い込まれる中小の優良企業や、若手不在でベテラン・シニアが大量の残業をして仕事をこなす大企業
以上のように、労働供給制約は都市部のホワイトカラーを含めたすべての人の生活に影響する問題である。
働き不足を解消する4つの打ち手
日本の人手不足対策を語る際に必ず出てくる3つの解決策がある。それは、「シニア」「女性」「外国人」である。
これら3つは重要なキーワードではあるものの、これら3つのキーワードを軸にした打ち手は難易度が高い。
例えば、女性の就業率は国際的水準に迫っており、日本の生産年齢人口(15~64歳)における女性の就業率は70.6%と、OECD加盟諸国38カ国の中でも13番目の高さである。
ただ、これは単なる「量」の話であり、女性の非正規労働者比率は男性に比べても圧倒的に高い(2021年:男性21.8%/女性53.6%)
つまり、待遇や労働環境の改善、もしくは量的にガラスの天井を打ち破り、世界最高水準をさらに超えるような施策が必要になってくる。
そして、シニアについても、65歳以上の就業率では25.1%であり、主要国中で断トツに高い。
(アメリカ18.0%/カナダ12.9%/イギリス10.3%・・・)
こういった状況の中で日本が労働供給制約に対応するためには、この水準をさらに超えて、そして最も増加する85歳以上の人がどう働くのかという途方もない問題に正面から向き合っていかなければならない。
ではどうすれば良いのか?
本書では、4つの打ち手を提示している。
①機械化・自動化
昨今、AIやロボットによって仕事が代替されることに関して、雇用が奪われるというネガティブなイメージを抱く方も少なくないのでないだろうか。
しかし、労働供給制約社会の時代においては、むしろ自動化を徹底してAIやロボットに人間の仕事をむしろ奪ってもらわないと、日本は生活維持サービスが保てなくなってしまう。
つまり、”人間が働く場にAIやロボットを導入する”のではなく、”AIやロボットが働きやすい仕組みをつくる”、そのうえで人間が人間にしかできない仕事をするという発想が重要となる。
自動化が進むことで省人化が期待されるようになるが、省人化は賃金にも影響を与える。
これまで10人で行っていた仕事が8人でできるようになれば2人分の賃金が必要なくなるので、その分従業員に支払う賃金を従来の1.25倍に増やすことが理論的に可能となる。
また、機械化・自動化による効果は省人化にとどまらず、労働参加者の拡大も期待できることとなる。
例えば、重い荷物の積み下ろし作業から解放されることによる身体的負荷の軽減や、業務時間内にこなさなければならない業務の縮減による精神的ストレスの軽減などが期待されることで、これまで働けなかった人の労働参加が拡大していくことになる。
②ワーキッシュアクト
労働供給制約社会を迎え、あらゆる職種・地域で担い手が足りなくなるので、解決策となる打ち手には発想の転換が必要になる。
その発想の転換の一つの例になるのが、”ワーキッシュアクト”である。
ワーキッシュアクトとは、コミュニティ活動や趣味、娯楽といった本業の仕事以外の活動のうち、「誰かの何かを助けているかもしれない活動」を指す。
例えば、アプリで楽しみながら地域のインフラ保全に取り組みについて。
日本では、マンホールが全国に1,500万基ある中で300万基余が耐用年数を超えているが、マンパワーの関係上、年間10万基しか交換できていない。
メンテナンスにあたっては、事前に現場を巡回しての確認作業が必要となり、本来労力を割くべき修繕・交換業務に中々集中が出来ない状態となっている。
そこで、NPO 法人Whole Earth Foundationが社会貢献型ゲームの「鉄とコンクリートの守り人」やその進化版アプリ「TEKKON」を開発。
アプリを通じて市民がマンホールや電柱の写真を撮影し、投稿・レビューすることで、サービスリリース1年間で91万基のデータ収集に貢献。
この他にも、市民がランニングをしながら地域を見守る防犯パトロールの活動である「パトラン」を通じて、地域の治安維持や住民サービスの低下を防止する取り組みなども広がっている。
以上のようなワーキッシュアクトという人間の活動が労働供給制約の一つの解決策になりうるものになるが、この行為はその人の能力やスキルが高いとか低いとは無関係である。
しかし、いくらでも代わりがきくというものではない。
これまでの社会であれば矛盾していた2つの性質が、矛盾なく両立する社会が今、到来しようとしている。
③シニアの小さな活動
労働制約社会においては、高齢であったとしてもすべての人が、自身のできる範囲で社会の役に立つということを念頭におく必要があるが、そうはいっても現役時代と同じように働くのは、多くの人にとって現実的でない。
では、「高齢になっても幸せな生活と両立できるような活動」はどのようなものなのか。
例えば、農業。
農業というと大規模なものを思い描く人も多く、ハードルが高いと感じる人もいると思うが、そういったものではない。
パートの仕事をしながら小さな農園を運営し、そこで収穫した作物は自家消費に加えて近隣の人たちへ譲ったり買ってもらったりする。
そうすることで、社会とつながり、誰かの役に立つ有力な手段になっている。
その他にも、職業訓練でパソコンソフトの使い方を学んだことがきっかけで、パソコン教室での指導の仕事をしながら、社会福祉協議会における高齢者の見守り活動に参加する事例なども。
以上のような事例を一部として、各地域においてシニアでも取り組むことができる仕事や活動の幅が広がっているが、しっかりと社会に活かしていくという観点からは、何よりその仕事や活動自体が自身の利益になることが大切であり、以下の3つの要素が重要なポイントとなる。
・健康的な生活リズムに接する(起床や就寝時間が安定して生活リズムが整うこと)
・無理がない(過度なストレスがない)
・利害関係のない人たちとゆるやかにつながる(人間関係で大きなストレスにならないようにすること)
これからの社会においては、シニアの活用は重要なテーマであるものの、個々人の体力や気力などとも相談しながら、無理のない範囲でできる仕事や活動をはじめ、続ける人が増えていくことが重要になっていく。
④仕事におけるムダ改革
労働供給制約に対する打ち手は大きく2種類であり、”需要を減らすこと”と”供給を増やすこと”である。
それに対して、これまで主に”供給を増やすこと”にフォーカスした具体的な打ち手を提示してきたが、会社にはこの両方に対して強力な打ち手がある。
それが「ムダ改革」による労働需要圧縮と、「職場でのソーシャル・サポート」による人々の様々な活動の支援である。
例えば、「ムダ改革」による労働需要圧縮について。
これまで、需要に対する打ち手として、機械化・自動化やワーキッシュアクトなどを取り上げてきたが、そもそも今のすべての労働需要が本当に必要な仕事なのだろうか。
なくすべき業務がある、という視点で会社内の業務を見直す必要があるのではないだろうか。
実際アンケートを実施したところ、会社の業務については社長から従業員までを平均すると、おおよそ15〜16%前後の業務がムダと感じている、との結果であった。
具体的にどんなことが無駄に感じているのか、経営者・組織長・就業者で比較的に共通していることとしては、「(システムがないことで)紙でやらざるを得ない業務」「わざわざ面倒であったり時間がかかる方法でやっている業務」などである。
おおよそ15〜16%前後の業務がムダと感じているとなると、1週間に40時間働く人であれば、毎週6〜7時間くらいは意味のない無駄な時間を過ごしていることとなる。
こうしたムダをなくしたうえで機械化・自動化などを進めることで、個人の働き方の自由度も高めることになることが想定。
ムダの抽出と削減に手を尽くすことが、労働供給制約下で生き残る人材力の高い企業の要件となる。
一方で、「職場でのソーシャル・サポート」について。
実は職場での支援が、社外での個人の多様な活動を促進することに繋がっているという側面がある。
実際、「会社が職場において積極的に支援していることと、就業者が本業以外での活動に参加していること」、その関係性を確認した調査結果では本業以外の活動の多さは、職場での支援の多さと相関しているという結果となっている。
では、どんな会社としての支援が、本業以外の活動を促すことに繋がっているのか。
上位3つとしては、「1)上司との定期的な面談」「2)集合研修・ワークショップ」「3)社員同士での飲食の金銭的補助」となっている。
まとめると、上下関係から社内の横の関係づくりまで、職場での支援が、じつは職場の外にも波及し、人々の本業以外の活動をサポートしているのである。
最後に
「働き手不足1100万人の衝撃」は、日本が直面する労働市場の課題を深く掘り下げ、将来への警鐘を鳴らした重要な書籍です。
一方で、冒頭でも触れたように、労働供給制約をきっかけとして新たな可能性をも感じさせてくれるものにもなっています。
本書にも記載されていますが、仮に4つの解決策を実施したとしても、この問題は解決するものではなく、”10年の猶予”が生まれるに過ぎません。
ただ、何も解決策を講じなければ、本当に労働供給制約社会が到来し、これまで通りのサービスを受けることができない危機的な状況が訪れてしまいます。
一人ひとりの行動次第で、10年の猶予を作ることができ、その猶予期間があればまた違う打ち手を検討する時間が出来ますので、
そのためにまずは本書をより多くの方に読んでいただきたいと思い、ご紹介させていただきました。
ぜひ一緒に明るい未来を作っていきましょう!!
参考文献:「働き手不足1100万人」の衝撃
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