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「私を突き動かすもの」(2021年8月26日)

アフガニスタン生まれ、デンマーク育ちの女子サッカー選手、Nadia NadimさんのTED Talkにとても感動したので、少しでも多くの方に届いたらいいなと思い、スピーチ内容を日本語に翻訳しました。

あくまでも個人の翻訳ですので、クオリティについてはご容赦下さい。

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「私を突き動かすもの (Something Pulling Me Forward)」

私の父はアフガニスタンの軍人で、タリバンに殺されました。当時私は10歳で、母親と4人の妹とともに残されました。学校に行くこともできず、働くこともできず、普通の生活が送れない環境でした。夢を持つことが許されない場所でした。

母は賢明な女性でした。この環境から私たちを連れ出してくれました。父が死んで2か月後、私は小さなトラックの荷台に50時間揺られて、デンマークへ逃れてきました。トラックの荷台は暗くて寒く、私はとても怯えていました。そして何より・・・、本当にお腹がすいていました。

私たちはデンマークのオスカーという村で降ろされました。村の警察官が、私たちがとてもお腹を空かせているのを見て、バナナと、ミルクと、トーストをくれました。小さな事かもしれません。ただ、これは、私が誰かにしてもらえたことの中で、最も親切なことでした。あの時のバナナの味は忘れられません。

それから数週間後、私は難民キャンプにいました。キャンプは森と林に囲まれていて、キャンプのすぐ隣に、沢山の美しいピッチとゴールがある、サッカークラブがありました。

学校が終わると、私は毎日、他の子たちがクラブでサッカーをしているのを見ていました。最初はフェンスから離れたところからこっそりと。でも時が経つにつれ、近づいていきました。

この時、私は、女の子がサッカーをしているのを初めて見ました。本当に驚きました。でも、同時にものすごく嬉しかった。サッカーをしている子たちの中に、一人の女の子がいました。彼女はやせていて身体も他の誰よりも小さかったのですが、サッカーが誰よりも上手で、無敵のボールさばきをしていました。そんな彼女を見て、私もサッカーをやりたい!!という気持ちが湧いてきました。この気持ちは、日に日に強くなって、自分でも制御しきれないくらいになりました。

でも、一つ大きな問題がありました。私はボールを持っていませんでした。ボールがないと、サッカーはできません。毎日クラブの練習を見ていて、シュートのドリルをやった後、いくつかのボールが見つからないままになっていることに気付きました。そこで、私は友達に声をかけて、ビニール袋をもって、ボール探しをしました。5-6時間藪の中を探したら、なんと23個のボールが見つかりました。

これは私たちのものじゃないということは分かっていたので、クラブの人に、見つけたボールを届けに行きました。その人は、きれいで新しいボールは回収していきましたが、古い、空気の抜けたボールは、君たちで持っていていいよ、と言ってくれました。もらったボールに空気を入れたときのことは忘れられません。ついに本当のボールを手に入れることができた!!とみんなで大喜びしました。

毎晩眠りにつくとき、サッカー選手になりたいと願いました。ピッチに向かうトンネルをくぐって、素晴らしい芝のフィールドで、沢山ファンが歓声を上げていて、スタジアムの光が私を照らしている。そこで、私はロナウドやベッカムのように自由自在にサッカーをする・・・。それが私の夢になりました。

一日中、サッカーをして、トレーニングをして、練習をしました。何かにとりつかれたように、サッカーに打ち込みました。

これは、私が何かに突き動かされて行動した、初めての経験でした。

もう一つ、私が、何かに突き動かされて行動したことがあります。

当時私は高校生で、貧しいということに、うんざりしていました。というか、貧しさが大嫌いでした。母が3つも仕事を掛け持ちして一日中働いても、十分に食べるものがない、自分が欲しいものを買うこともできない、そんな生活が嫌いでした。・・・とはいっても、そんなに大それたものがほしかったわけではありません。私はただ、お腹いっぱいゴハンを食べたくて、そして、新しい靴が欲しかっただけです。

そのためには、自分で何かしないとだめだ、と思いました。そこで、家に一台だけあった自転車・・・ブレーキもライトもついていなくて、私には小さすぎる、本当にボロボロの自転車です。その自転車に乗って、週に二回、真夜中に起きて、新聞配達を始めました。妹を後ろに載せて、雪の日も、雨の日も、どんなに疲れていても、その仕事を続けました。

やがて、スクーターを買えるようになりました。より沢山の新聞を届けられるようになり、収入も増えました。そして、自分のキオスクショップを買えるようになりました。母も、3つの仕事の掛け持ちをしなくてもよくなり、私と妹は、毎週金曜日にはアイスクリームを食べられるようになりました。

19歳になった私は、大学の教務課の前に立っていました。医学部の最初のセメスターを終えたところでした。私は医師を志していました。ちょうど、デンマークに着いたばかりの私に食べ物をくれた警察官のように、人を助け、その人の人生に良いインパクトをもたらす仕事がしたいと思ったからです。

でも一つ問題がありました。当時私は、デンマークのサッカー代表チームからも初めて招集されていて、代表チームのキャンプの日と、医学部の試験の日が、同じ日だったのです。何とか調整できないかと思い、教務課にいる大学のスタッフに、相談しに行きました。彼女は、私を、馬鹿にしたような目で見て、こう言いました。「それの何が問題なのですか?医師になるか、サッカー選手になるか選べばいいだけでしょう」

この人は一体何を言っているんだろうと思いました。彼女の馬鹿にしたような態度が許せませんでした。私にとって何が可能で何が不可能かを、なぜこの人は決めつけるのか?なぜこの人は私の夢をつぶそうとするのか?と。

私にとって何が可能かは、私が決める。それを見せてやる、と思いました。

あれから10年が経って、今私は皆さんの前に立っています。これまで、女子サッカーのデンマーク代表として、85の国際マッチに出場しました。

そして、医師になるのに、あと1セメスターを残すのみとなりました。昨年は、大学のディーン・オブ・ザ・イヤーに選ばれました。信じられますか?こんな私が、ディーン・オブ・ザ・イヤーに選ばれるなんて!

誤解しないでほしいのですが、拍手をしてほしくて、この話をしたわけではないんです。

こういう話をしたのは、「突き動かすもの」の大切さを皆さんに伝えたかったからです。

心に湧き上がってくる衝動・行動せずにはいられなくなる気持ち。それは、愛や情熱のかたちをとるときもあります。サッカーに対する愛や情熱や、ゲームに対する愛や情熱。それが、私の人生をここまで突き動かしてきました。

また、それは、圧力に対する反発、という形をとるときもあります。誰かがあなたを無理やり押さえ込んで抑圧しようとしたとき、それに対する反発の衝動として。

誰かがあなたを望まない状況に押し込もうとしたときのあの反発の感情です。きっと皆さんも感じたことがあると思います。

「突き動かすもの」は、あなたが誰であれ、そしてあなたにこれまでどんなことがあって、今どこに向かっているにせよ、全員が持っているものだと思います。

それに気付いたら・・・・、ぜひ、それを夢のための原動力に使ってください。

そして・・、夢を見るなら、とことん大きな夢を描きましょう。

私のスピーチを終わります。

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