(友だちの操縦で)メルボルンの空を飛んだ話
ワーホリ中にバイトしていた日本食材の輸入・卸売の会社では、いろんなバックグラウンドのスタッフが働いてたんだけど、中でも特に異色だったのが、
航空機のパイロットになるために学校に通ってる
っていうタカさんでした。
タカさんは小型軽飛行機…(日本で「ウォークマン」的に「セスナ」と呼ばれるタイプの飛行機ですね)の操縦免許は既に取得してて(…だったと思う)、遊覧飛行などのパイロットとして就業するために飛行時間や新たな資格が必要とか(…だったと思う)で、週に何回か自動車学校のようにパイロット学校に通って飛行機を操縦しつつ、生活費を稼ぐためにワゴンも運転して食材の配達をしてました。
タカさんとは休日に同じ草野球チームで野球をしたり、仕事以外でもそこそこ交流があったのですが、ある日、
「シンちゃん、今度飛行機乗せたろうか?」
と、多分これからの人生でもかけられることのない誘いを「ドライブ行く?」くらいのノリでブッ込んできました。
…皆さん、どうですか?
あなたの職場の同僚から突然
「オレの操縦するセスナに乗らない?」
って誘われたら…
ふたつ返事で「オォッ、乗せて乗せて!」って…なります?
日本人で、セスナを操縦する知り合いがいる人って相当少ないだろうし、
「飛行機に乗る」
って言ったら、大きな航空会社の、大きなジェットエンジンとピッコピコのコンピュータで制御された、「ボーイングなんちゃら」みたいな大きな旅客機しかイメージないよ!って人がほとんどだと思います。
職場の、それもバイト仲間に、文字どおり100%自分の命を預けるって、なかなかの肝っ玉だと思いませんか?(タカさんマジゴメン‼︎)
それから…重ねて失礼ついでにぶっちゃけはっちゃけ言っちゃいますが…タカさんって一緒に仕事してても、結構おっちょこちょいっていうか…、結構うっかりさんで、道間違えちゃったり、勘違いしちゃってたりがチョイチョイあったりなんかして…。
配達だったら アァッ、もう仕方ないなぁタカさーん って苦笑いで済む程度なんだけど、上空1000mとかでの "おっとウッカリ" って、果たして苦笑いで済むのでしょうか…‼︎
…と、いま振り返ると様々な思いの渦まくお誘いでしたが、当時22〜23歳だったわたしは、それこそふたつ返事で
「オォッ、乗せて乗せて!」
と乗っかったのでした。だって貴重な体験だし、飛行機好きだし。
ってワケで飛行当日、同乗する同僚のキヨさんと、シェアメイトのイズミちゃんと一緒に、タカさんの待つ飛行場に向かい、タカさんと合流しました。
タカさんは仕事の時のTシャツ・ジーンズではなく、パイロットっぽいワイシャツにスラックスで「やぁ、よく来たね」みたいな、ホーム感を出してます。
で、さっそく案内されてセスナ機に乗り込むんですが、実際に初めて近くで見て気付く、
機体の自動車っぽさ
に一抹の不安を覚えます。
だってね、最新のはどうか知りませんが、そのとき乗った機体には、車のノブのようなものがついたドアが左右2枚ずつ付いてて、前にふたり後ろにふたり座れるベンチシート、ドアを閉めた時のバンッて音の安ッすい感じ…
もうほぼおばあちゃんの古い軽自動車なんですよ。
空港の搭乗口から航空機に乗り込む感覚とは全く違う、ジェットコースターに乗る時の気持ちで機内に乗り込み、腰に回して金属バックルをカチャッとはめるタイプのシートベルトを締め、ヘッドセットをつけます。
なんでも飛行中はエンジン音などで機内がやかましいため、搭乗者同士でも会話はヘッドセット越しにするようになっているそうです。
操縦席には もちろんタカさん、隣の副操縦席には キヨさんが座りました。そして後ろの席にわたしとイズミちゃんが座ります。
操縦席と副操縦席には操縦かん、車でいうところのハンドルがついていて、これは操縦席と副操縦席で動きが連動しています。操縦席で操縦かんを左に回すと、副操縦席の操縦かんも左に回り、副操縦席で操縦かんを引っ張ると、操縦席の操縦かんも手前に伸びてくるといった感じです。
また操縦席と副操縦席には機体の頭を左右に振るペダルが付いています。これも動きが連動しているようです。
タカさんが計器などのチェックを済ませると、エンジンを始動させ、機体のプロペラが回転し始めました。確かにすごい騒音で、ヘッドセットなしでは会話ができそうにありません。
タカさんが管制塔との通信を始めました。なるほど個人で飛ばすセスナ機であっても、管制塔とのやりとりは必要なんですね。
「アルファー」「ブラボー」みたいなフォネティックコードを使ってやりとりしているタカさんの姿に、やはりさすがパイロット、日頃ちょっとくらいおっちょこちょいでも、さすがに空を飛ぶ時はしっかりやってくれるよねと少し安心しました。
機体を滑走路に移動させ、管制塔から離陸の許可が下りるといよいよ離陸です。
もう後には戻れない。
やっぱりジェットコースターに乗るのと近い気持ちで、加速していくセスナ機の後部座席でわたしは、ズボンの膝の辺りを握って無事を祈りました。
機体が十分に加速したところで、タカさんが操縦かんを引くと、セスナの機体は フワッ と浮かび上がりました。大きな旅客機と違って、本当に軽くぴょんとジャンプするように跳ね上がった感じでした。
一瞬で離陸した…と思った次の瞬間! 地表付近は風の影響を受けやすいのか、機体がいきなり左右にフワッフワッと振られました。ドリフトのような、ジェットコースターの細かい上下方向の揺さぶりのような…。とにかく私たちはパニック寸前です。
ただ、それでもタカさんは至って冷静で、何事もなかったかのように操縦を続けていたので、おそらくこれは毎度起こることだったのでしょう。
離陸の軽さ、風の影響の受けやすさ…。
セスナって おばあちゃんの軽自動車 みたいだというわたしの例えは意外と的を射ていたのかもしれません。
とにかく一瞬で「落ちたら死ぬという高さまでやってきてしまった」ということを悟りました。それもちょっと風が強く吹いたり、ちょっと鳥がぶつかったり、窓がバーン!と開いてしまったり、みたいな些細なことでもこの小さな飛行機はバランスを崩し墜落する可能性がある。
人はいつも想像では自分に都合の良いことばかり思い浮かべて期待してしまうけれども、いざ現実に直面したときにはじめて、甘かったってわかることがあるんだなぁ…と痛感しました。
自分の命を完全に人に預けるという究極のレジャーになってしまいましたが、それでも一度、冷静に心を落ち着けてみると、ポート・フィリップ湾の海岸線をはっきり確認することができ、毎週木曜日にだけ配達に行く郊外のまち、フランクストンが確認できました。いつもなら車で40〜50分かけてようやく辿り着くエリアに、一瞬モヤモヤ考えてる間にもう到達しています。
それに、改めて景色をよく見てみれば、いい天気で空も真っ青、空を映した海も真っ青です。反対側に目をやると、地平線まで続くオーストラリアの大地。
すごいな、なんという雄大な景色。これは決して地上から見ることができないオーストラリアの風景です。
あぁ、タカさんはこの風景をわたしたちに見せたかったんだ。自分が操縦するセスナにわたしたちを乗せて、自分がいつも独り占めしている風景をシェアしてくれようとしていたんだ…。
それをなんだ!私はタカさんのことを全く信頼せずに、ビビって、怖がって…。なんて情けない!タカさんゴメン、しっかり楽しませてもらうからね‼️
ふとタカさんが何かに気づき、そっちの方向を指差して
「しんちゃん、左見て、左」
とヘッドセット越しに呼びかけました。たぶん、右手にメルボルンのシティが見えてるのを教えてくれたんだと思います。
…タカさん、「左見て」って言いながら右を指すのヤメテ。マジでまたソッコー不安になるから。
フランクストンを過ぎて ポート・フィリップ湾 の端の方までくると、両側から岬が突き出して、3kmぐらいしかない湾の入り口をかたち作っていました。
そこでタカさんが、副操縦席のキヨさんに「操縦してみる?」と持ちかけます。
ママママママジか!
操縦するといっても、キヨさんが操縦かんを操作したり、ペダルを踏んだりして、機体を右に向けたり左に向けたりしただけだったんですが、それでも後ろから見てるだけのこっちはドッキドキです。
だってちょっと操作を誤ってグルーン!とか操縦かんを回しちゃったら機体がひっくり返っちゃうわけでしょ?
それはわたしが乗ってないときにやってくれ!
まぁ、でも当然キヨさんもそんな無茶な操縦をするわけなく、小さいとはいえ飛行機を操縦するという貴重な体験ができてご満悦のご様子。
続いてキヨさんは操縦を体験している間に撮れなかった風景の写真を撮ろうとしたのか、窓の近くでゴソゴソしていると…
バンッ!!!!
なんの音でしょう
それは、セスナの窓が開いた音です。
キヨさんのヒジが、セスナの窓を留めてる金具に当たって、窓が開いてしまった音です。
同時に ゴオオオオオオオオオオオッッッッッッ って音が上がって、機内は嵐のようになりました。
正直なところ、この時のわたしは数秒間の記憶が曖昧です。
「飛行機の窓が上空で開いたら、気圧差で外に放り出される」
ってよく聞くので、外に向かって空気が流れ出ようとしていたような気もするし、普通に風が外から吹き込んできて嵐みたいになったような気もするし…
タカさんが「キヨちゃん早く!早く窓閉めて‼️」って叫んで、キヨさんが自力で窓を閉めてたくらいだから、上部に蝶番のついてた窓は内側に跳ね上がってたと考えるのが自然なような気がする。そうだとしたら風が吹き込んできたってことか…
上空っていっても数百メートルくらいだからそんな気圧差があるわけでもなく、普通に高速で走ってるクルマの窓開けた時の数倍の強さの風が吹き込んだってことでしょうか。
オーストラリア滞在中にたくさんトラブルはあったし、ヘタしたら死んでた、って体験もいくつかあったけど、「死んだ」ってリアルに感じたのはこの瞬間だけだったかもしれません。
窓を閉めたら何事もなかったかのようにまた穏やかなフライトに戻ったからよかったけど…
そもそも飛行機の窓があんな昔の体育館の窓留めてるみたいな、カマみたいな金具を輪っかに通しただけみたいな仕組みで留めてあっていいのかよ…!
今振り返ってもゾクッとするような体験でしたが、多分当時は「死んだ」って思ったことも引っくるめて、貴重な体験をした、と興奮していたような気がします。
ヤバいことはヤバいし、怖いモンは怖いけど、
ウワァォゥ!危ッぶねェ〜ッッッ‼️
って叫んだあとで、顔を見合わせてゲラゲラ笑うのは何よりも楽しかったし、10代から20代前半の、なんなら日本で1回仕事で凹んで、
チキショォデェ〜イ‼️
って飛び出してきた若者の間だけ味わうことのできる感覚だったのかもしれません。
今はハッキリ思い出すこともできないや。
ワーホリを終えて日本に帰国してから数年経って、タカさんは遊覧飛行を行うパイロットになったと風のウワサで聞きました。
もう方向を間違えてないといいけど…。