見出し画像

一穂ミチ「つないで」発売記念試し読みたっぷり公開! 劇場アニメ化の大人気シリーズ「イエスかノーか半分か」番外篇の第4作!

テレビ局を舞台にした大人気BL小説シリーズ『イエスかノーか半分か』。
その番外篇第4作『つないで』発売を記念して、収録の中篇『ひらいて』より、2つの場面をピックアップ!
協調性ゼロなワンマンながら番組づくりの天才・相馬栄(そうま・さかえ)と、常に笑顔で人望もあついが、どこか油断ならない設楽宗介(したら・そうすけ)。タイプが異なる敏腕プロデューサーどうしの大人の恋を、どうぞお楽しみください!

***

『ひらいて』

「この容疑者の名前、普通の「高」とハシゴ高が混在してるぞ、どっちだ? この意識調査は年と年度間違ってないか?」
 自分の足下がすこしずつ傾斜していく気がする。ゆっくりと傾き、それにつれて足取りは忙しなく、小走りから全力疾走に変わる。時間を追い、時間に追われる。鼓動が高鳴るのは恐怖じゃない。たった一時間足らずの生放送に凝縮され、研ぎ澄まされていく感覚。集中する。没入する。真剣、違う、これより面白い遊びを知らないだけだ。演者が続々とスタジオに集まり、スポーツ担当の皆川竜起は「きょう相馬さんがフロア? まじでー?」とでかい声で騒いでいた。
「圧がすげー! 噛んだら殺されそー」
「そんな法律がありゃいいけどな」
「こわ!」
 気前のいい笑顔の目は笑っていない。きっとこいつも「想定外」にわくわくするたちだから、見てろよ、と思っているのだろう。何かと気に食わないガキだが、その向こうっ気だけは買ってやる。
 小道具や大掛かりなCGを使ったスタジオ展開の動きをリハーサルで最終確認し、いよいよ午後十時を迎える。
 ――こんばんは、「ザ・ニュース」今夜もおつき合いください。さて最初の話題は……。
MCの麻生が切り出し、サブキャスターの国江田がVTRへつなぐリードを読み上げる。
 ――国土交通省の幹部が、部下にパワハラ行為を繰り返していたことが明らかになりました。旭テレビの取材に対し、この幹部は「パワハラの認識はなかった」と話しています。
 VTRが流れ、スタジオが映らなくなるとわずかに安堵する。とはいえ、何らかのトラブルで急にVが途切れ、スタジオの画に降りてしまう可能性もあるので、気を抜いていられないのだが、またパワハラかよ、と栄は頭の片隅で思った。またって何だ、ああ朝の、あれは結局現実だったっけ? もちろん片隅の思考であって、大半は放送にそそがれている。インカムで副調整室のようすを聞きつつVの残り尺をプロンプで出してスタジオを見渡し、この後の進行を全員が把握しているか、表情で察する。始まったばかりのこの空気を、一時間の間にどう温め、練り上げていくか。
 フロアは演者を乗せるのが仕事、たとえ副調整室が戦場の様相を呈していようとどっしり構えていなければならない、いちばんに演者に頼られ、任される存在でなければならない――そんなのは、この一日では無理な話。そもそも愛想で他人を気持ちよくさせるスキルは生まれついてゼロ、だからきょうは、とことんやりたいようにやってみようと決めていた。
『一分押しです』
 きょうのゲストコメンテーターは元官僚で、省庁は違えどパワハラ問題にいろいろ思うところあるのか熱く語り出し、早くも予定尺をオーバーする。栄は、動かずに黙って聞いていた。「まとめてください」のプロンプを出そうとするADを手で制し、気を散らさないよう続けさせる。霞ヶ関の生々しい内情が興味深いのと、「怒り」という力のある、いいコメントだと思ったからだ。まじめに働いている人間が、どうしてこんなことで苦しめられねばならないのか――根底にある憤りはシンプルかつ真っ当だった。表情も声もいい。もっと吐き出させろ。
 一分半押し、一分四十五押し、二分押し……一時間、CM尺を除けば五十分弱の番組でまだ冒頭とはいえ二分押すのは結構な事態だ、それはもちろん分かっている。
『そろそろまとめさせてください』
 とうとう痺れを切らしたか、オンエアDから指示が出る。
『AD、巻き出せ』
「出さなくていい」
 栄はなおも制した。
「まだ、ノってしゃべってるだろ」
『いやでも、二分押しだし話長いっすよ』
「全然聞ける、MCも切り上げようとせずに絶妙な相づち挟んでるだろ」
 押している、と思えばどうしても焦るから、話の内容がストレートに入ってこなくなる。でも視聴者はそういう時間感覚で見ない。
『どうすんすか』
「おいおい考える」
 スタジオにいる裏方は全員この押し押しの状況を分かっているのでそわそわし始めていたが、栄は平然と答えた。
『そんな悠長な……』
「大丈夫、この感じならあと三十秒以内には終わる」
 それで二分四十五押し、とインカム越しに嘆息が聞こえてくる。スタジオの柱はフロアD、副調整室の柱はオンエアD、生放送にはこの両者のせめぎ合いがつきものだった。おそらく深ならこんな強引なやり方はしない、でも栄はせっかく火がついたこの空気に水を差したくなかった。それでいて、自分がオンエアDに回った時は「言うこと聞けや」と押さえつけたくなるのだから勝手なものだ。
 ほら、面白い。演者とスタジオと副調整室と、三方向の我がぶつかり合い、番組にうねりが生じる。押し勝ったり競り負けたり散った火花で火傷をしたり。わくわくする。

『ひらいて』(ディアプラス文庫「つないで」P.11より)

*** 

「……ずるいな、栄は」
 ごく軽い笑いは、いくぶんかの諦めを含んで見えた。お前には分からないだろうね、と。一方的に線を引かれ、隔てられた気がした。これまで栄から遠ざかっていったたくさんの人間と同じに。一瞬、猛烈な怒りに襲われ手を振り払う。
 ずるいのはあんただろ。いざとなったら一切口出しさせず好き勝手するくせにそうやって図々しく被害者ぶりやがって。悔しさぐらい俺だって知ってる。長年の独りよがりがたたって、内側からすこしずつ軋んでもろくなっていた番組が終わった時、設楽だったらこんなふうに瓦解させなかっただろうと思った。どうしたらいいのかと自問するたび浮かぶのは設楽の軽々とした笑顔だった。栄には絶対できないやり方でしたたかに人をまとめて折れない。嫉妬、とは違う。でも悔しくて恥ずかしかった。醜態を晒すのは設楽の嫉妬を裏切ることだったから。
 矛盾してる。自分なんか何でもないと思っているくせに、設楽にそう見切られるのは我慢ならない、なんて。
 束の間の腹立ちはすぐにそんな自身へのおかしさと呆れに取って代わられ、栄は片手で目元を覆って声なく笑った。
「栄?」
「何でもねえよ。おかしなやつと一緒にいると、こっちの精神まで不安定になる」
「お前が安定してる時なんてある?」
「何だと?」
「まあいい年して、気分次第で当たり散らかしたり口もきかないのなんてしょっちゅうだろ。かと思えば今みたいに妙なツボで笑ってるし」
「だからそれでひくーく安定してんだよ」
「してないしてない」
 設楽は顔を寄せてこめかみにくちづけると「本当にぐらついて落っこちる前に自己申告してくれ」とささやいた。どんな顔をしていたのか見えなかった。できない、と早めに白旗あげたらまた異動させてやるってことか? 栄にはそれが訊けない。
 訊けないまま首に腕を回し、食らいつくようなキスをした。さっきよりずっと激しく口腔を貪ると体の中で落ち着きかけていた火が風に煽られるように大きく揺らめくのを感じる。
「……ほら、不安定」
「ごちゃごちゃうるせえな」
 設楽といるとあれこれ考えずにはいられない自分に向けた言葉だった。設楽は「はいはい」と受け流し、首すじに舌を這わせる。春の真夜中は、寝具もない場所で肌を晒してただ転がっているには寒い。だから目の前の手っ取り早い温もりを求める。指から舌から、欲望という燃料を足されるのを望む。
「あ……」

『ひらいて』(ディアプラス文庫「つないで」P.45より)

***

この続きをぜひお楽しみください!

『つないで イエスかノーか半分か番外篇4』をご購入いただくと、書き下ろしSSペーパーや、A6クリアファイルなどの特典が付く店舗もあります。 限定特典情報はこちら!

祝☆2020年12月劇場アニメ公開決定!
シリーズ本篇第1作『イエスかノーか半分か』はこちら!

王子と称される完ぺきな外面と、「愚民め」が(心の)口癖の強烈すぎる裏の顔を持つ若手アナウンサーの国江田計(くにえだ・けい)と、計を懐深く受け入れるアニメーション作家の都築潮(つづき・うしお)。二重人格男子のもどかしい恋も合わせてお読みください!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?