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暴食学的散髪論

煙草を1本吸うことにしている。
火をつけて、吸い、吐き出す。
揺蕩う煙は、空に溶けていく。
数分間の自問自答。
歴史には残らない時間を紡ぎ、生きていく。
私だけの世界。

扉を開けて店に入る。
「あぁ、いらっしゃい。」と目で言われるのを確認し私は待合室のソファに腰掛ける。

小気味良い音楽が流れている。
耳を傾けながら目を閉じて待つ。

店内には19世紀のアメリカを思わせるような絵や写真、小物が所狭しと飾られている。
意図した雑然さなのだろう。落ち着きを覚える。
非日常の世界観。しかしどこか懐かしい。

やがて案内をされ、椅子に座る。
そして、

「今日は、どうしますか?」

「できるだけクラシカルに。」




私は月に3回髪を切る。
暴食するために髪を切る。
それが暴食家としての私の流儀。

側頭部と後頭部、生え際から指4本程度の高さで0ミリに刈り上げる。
毛先を整える程度に切り、場合によっては少し梳く。
頭頂部は1:9〜2:8のイメージで分けられており
分け目にはもちろんラインが入っている。
ポマードで固める。
一糸も乱さない。

ハードボイルドにクラシカルだ。

短髪の男性が月に1.5万〜2万円ほど髪を切る。
馬鹿にならない出費。

センターパートだマッシュだなんだと流行風の同僚や友人たちとは明らかに装いが違う。

誰からも、散髪頻度の高さを不思議がられる。

金をかけ、時間をかけて、浮き、不審がられる。
それでもこだわる。
絶対に譲らないこだわり。
理解されようなどと思ってはいない。
私はプロだ。
全ては暴食のため。


暴食をしていると、体型が著しく変化することがある。
その行程は「過食」
その姿は「肥満」
と揶揄をされることも多い。

しかし、暴食家と過食家は全く違うのだ。

過食家は、怠惰だ。
欲望が満ちるまで、己をコントロールできずに大飯を食らう。
或いは満ちて尚止めどなく食らう。止める術を知らない。
どんどんと肥えていく。
不要な贅肉に身を包まれ、意味もなく肥大化していく。
恐ろしい。時に気づいてすらいない。

鬱憤を飯にぶつけて過食する。
時間があるからと過食する。
退屈だからと過食する。
ふとして過食する。
ただ食らい、寝て、また食らう。

自制心がまるでない。
話にならない愚鈍。
ただ存在だけをしている。
意志なき民。
それが過食家だ。


暴食家はそんな意志なき民とは一線を画した存在だ。
一緒にされては困る。

複雑多様化した現代において
確定していることは、「死」のみと言えるだろう。
なす術なく、大いなる流れの中でその生涯を終えていく人が多い。
そんな中、暴食家は、究極の充実を追い求め、野望の全てを実現せんとしている。(この辺りは追々解説しようと思う。)
言わば暴食家とは平凡退屈な日常を破壊する革命家だ。

意志なき民と同じにされては困るのだ。

しかし、前述したが、暴食は時に
体型の急激な変貌。
という副作用を引き起こす。

これは、意志なき民の姿と残念ながら似ている。
時に人から、革命家は意志なき民と同一視され、
侮蔑嘲笑の対象となってしまう。
これはなんとしても避けなければならない。

私の著書を読み、暴食を志す人も多いと思う。
しかし、意志なき民扱いされてしまうことを恐れ、能動的に取り組めない人がいては、これは人類にとって破壊的な打撃だ。

だから私は記すことにしたのだ。
革命家が、意志なき民と思われずにすみ、
その崇高さを保ち続ける方法を。


全ての鍵は、「清潔感」だ。


前置きが長くなってしまったが、
これが、私が、常人のスパンを遥かに超えて髪を切る理由だ。

月に3回髪を切り、ビシッと決める。
一糸と乱さずに整える。
決め続け、整え続ける。

するとどうだろう
知人は私に言った。
「たしかに太ってますけど、めちゃくちゃ清潔感ありますよね。」

これが答えだ。



町に出て意志なき民を見てみてほしい。
ボサボサに髪が伸びている。
切られていたとしても、狙いがわからない髪型をしている。
一体なんと言ってオーダーしたのだろうか。
だらしがないにも程がある。

ただ町をうろつき、ただ飯を食う。
彼らは意味もなく太っている。
もはや生理的な嫌悪感すら覚える。

一方、革命家は大義の元にご飯を食べる。
確かに体型に歪みが来て、緩んでいるかもしれない。
しかし、エネルギーは全身に漲り、情熱迸っている。
目には炎が宿り未来を見つめている。
当然、革命家は、一分の隙も無く整っている。

何故か。

月に3回髪を切るからだ。



私は太っているのではない。
革命を起こさんとしているのだ。
だから私は月に3回髪を切る。



皆さんも、早速明日髪を切ってみてはいかがだろうか。



私は昨日髪を切った。
少し髪型を変えようと思った。
オーダーを変更した。
「爽やかさ、大事にしていこうと思ってます。」

1時間後、
私は、
いつもと全く同じ髪型で
店の前で煙草を吸っていた。

吐き出した煙は、空に溶けていった。


生きる。難しい。

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