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ざっきちょう「Vtuberらしさとぼく」

Vtuberってなんだろうとか、ありかたとか、沢山流れてくることがある。
ぼくは難しいこと、全然わからないけど、はじめてVtuberをみたときすごくどきどきしたのを覚えている。いままで色んな理由で表舞台にいなかったけど、色んな才覚を持っていたひとたちが表舞台に立つための素晴らしい文化だと思った。なりたい姿で、生い立ちで、人生を謳歌できるのだと。その気持ちは少しも変わっていない。

表舞台と言うのはニコニコ動画も各種プラットホームもそうなんだけど、~tuberを名乗るからにはYouTubeで考えてた。つまりぼくが考えるVtuberはずっとずっとバーチャルの身体を持ったYouTuberだ。Vtuberがビッグバンで出来た元素みたいに増える前から沢山バーチャルの身体を持ったYouTuberもいたわけで、そこからもぼくの定義はとてもふわふわしているのがお分かりいただけるだろうか。

バーチャルらしく。
Vtuberらしく。
ふわふわしている定義のもと日々楽しく活動しているぼくにとって、なんでそんなことで悩むんだろうと思う。バーチャルの身体を持っていてもVtuberでないものもいるのだから、自分は自分じゃいけないのかなって。自由のために手にいれた身体に縛られるようならばそれはつらいことなんだ。

人間の姿になったら何をしたい?
Vtuberとして生まれる前ぼくは「ホラーを沢山やりたい」って答えたんだ。ホラーが大好きだ。恐怖と言う感情に理由をつける行為が好きだ。理由がわかればもっと怖いものに近づけるから。精度を高めた純然たる恐怖の対象に会いたい。そんな感じで一年目はホラーに生きた。DbDばっかりやっているように見えて、週1ゲーム配信にしてはやったよなぁって感じ。

二年目になって、ゲーム配信を控えた。コメント読めないタイミングがあるのが悔しかったからと言うのが一番大きい。誰かが何か言ってるのに、ぼくはそれにすぐ気付けない、返せないのがストレスだった。読もうとするとついゲームが下手になる。あとは週1を惰性に続けると流行りゲームに対するフットワークが鈍る、ゲームが偏ると言うのもあった。結局好きな時間に好きなゲームを好きなだけやる今のスタイルがちょうどいいなと思う。だというのに流行りのゲームはたまにしかやっていないところがふわふわなのだ。ゲームから怪談などに「ホラー」の活動がシフトして言ったのもこのへんだ。単純にイキノイイ怪談が入ったから、怖い映像を作りたかったからというのもある。常にやりたいことに勢いで走りがち。

勢いで生きすぎるぼくはバーチャルと多分はちゃめちゃに相性の悪いであろう美容を始めてみた。ベタであるぼくが人間の姿になったら美容を好きになっちゃうのは自然なことだし、人間の姿でももっともっと綺麗になりたい。褐色好きを自称するぼくだけど、自分は白くありたいのだ。他人の褐色は蜜の味、よき甘露、ありがとう。紫外線の話をして、どんどん美容沼にはまって試験を受けることにした。そうしたらリスナーがとても応援してくれて、とってもとっても嬉しかった。ぼくたちはバーチャルの身体を持つゆえに、人間のひとたちがするみたいに化粧する姿やテクニックを魅せることが難しい。だから知識で皆の役に立とうと思ったんだ。幸い、飼い主が医療従事者でメディカルハーブ、お薬や女性の健康については無知ではなかったから0から学ぶよりは近道だった。資格があれば、そこから「変わった奴がいるな」って思われるかもしれないし。

結果出来たのはホラー耐性がおかしい美容系Vtuberだ。
怪談などに誘われると「普段は割りと美容系してますけど」と言い、美容が評価されると「普段は割りとホラー系してますけど」と言うのだけど、両方どころか限界オタクだから仕方ない、推しのホラー配信は美容に良い。雑記帳と言うタイトルに甘えてさんざん脱線したけれど、ぼくはふわふわとネットの海を泳いでいるVtuberと言う存在だし、他人の定義には揺らがない自分の定義を持って活動していますと言うお話しでした!
べき論は最もなことを宣うのだけど、その理論から外れて苦しんでいるひとたちが少しでも気楽に生きられますように


多分ぼくのこの定義と考え方は一般的ではないと思う。
収益化と言う一定の水準まで最短で伸びるためならべき論にならって伸びればよいのだ。そもそもぼくと生き方が違うのだからここまで読ませておいてなんだけど、そういうひとはちゃんとYouTubeとか流行りとかの勉強した方がいい、ぼくを見習うべきではないし、言い訳に使わないように。おわりー!

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楽魚シンシャイ
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