ぼくは性病かもしれない。
ぼくは性病かもしれない。
これは、過去にぼくに起こった話。
【1】
「…わたし、クラミジアだった」
彼女から連絡が入ったのは、
残業で疲れ果ていた夜のこと。
ぼくは新しい相手と関係を持つと、
必ず毎月検査を受けている。
相手へのマナーだと思っているから。
でも、この時は仕事が忙しくて、
前回の検査から1ヶ月が経とうとしていた。
彼女と関係を持ったのは1ヶ月ほど前。
初めての接触だった。
もちろんコンドームもした。
直前の検査も、その前の検査も陰性だった。
もしかして自分にもうつってる?
いや、それどころか自分が、彼女に性病をうつしてしまったかもしれない。
そして、過去に関係を持った人にうつしているかもしれない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
仕事終わり、すぐに性病検査ができるクリニックに駆け込んだ。
人一倍感染しないように気をつけていた。
自分には無縁の世界だと思っていた。
それなのに。
【2】
「関係を持った相手が、クラミジアだったんです」
男性の、やや強面のドクターに事実を話していく。
自覚症状は何もない。
陰部のかゆみも、痛みも、異臭もない。
喉も痛くない。
俺は大丈夫。大丈夫ですよね?
…そうやって思いながら。
「クラミジアはねー、まったく症状でない人が多いんですよ。多分うつってると思うので、検査とお薬出しますね」
え?
無症状なのに病気?
多分うつってる?
薬も出される?
嘘だろ?
心臓の鼓動が早くなる。
陰部・咽頭クラミジアと、
陰部・咽頭淋菌の、4項目検査を受けることにした。
採尿と、生理食塩水のうがい液を採取して、検査に出す。
結果は3日日後にでるという。
(即日検査をしてくれるところもあるそうだ。)
「今日は、このお薬を出しますね。一回だけ飲んでください。」
渡されたのは、小瓶に入った粉薬だった。
【3】
「1回だけ飲めばいい…? ずいぶん画期的だなぁ…」
もらった薬は「ジスロマックSR」。
小瓶に入った粉薬で、食間に水とともに摂取する、抗生物質だ。
一回摂取すると、効果が1週間持続するという。
待てよ?
1回飲むだけでそれだけ効くって、
副作用はないの?
ネットで調べて、愕然とした。
「もう2度と飲まない」
「下痢が1週間続いた」
「嘔吐が止まらない」
「発熱が起きた」
「胃が引きちぎれるように痛い」
…恐怖の体験談がザクザクでてきた。
良薬は口に苦し…という言葉があるが、
この薬、副作用がトンデモないらしい。
自分は、風邪の時処方される抗生物質ですら、
お腹を壊す虚弱体質だ。
ああ、飲んだら間違いなく地獄だな。
そう思うと、飲めなかった。
祈るような気持ちで結果が出るのを待った。
「俺性病だったから、検査したほうがいいよ」
どのツラ下げて、関係を持った女性たちに言えばいいだろう。
誰からもらったんだろう。
そして、地獄のような薬の副作用が待ち受けているのか…。
目の前の問題から逃げ出したかった。
ぼくにカミングアウトしてくれた彼女は、勇気があるなって、素直に思った。
【4】
検査結果が出る日になった。
結果は電話で確認できる。
夜、意を決してダイヤルを押す。
女性スタッフが確認事項について聞いてくる。
診察券の番号、名前と生年月日、今回の検査を受けた日付と内容の確認。
早く言ってくれ。
どんどん心臓が高鳴る。
「検査の結果ですが…」
「どの項目も陰性ですね。」
「感染は認められません。ご安心ください。」
よかった。
一気に体の力が抜けた。
彼女に陰性だったことを伝えると、
「よかった。よかったー。」
そう言ってくれた。
それが救いだった。
【5】
今回の検査で、性病について調べた。
改めて、調べた。
自覚症状は出ない。
薬の副作用もある。
将来の不妊の原因にだってなる。
1回の、たった1回の行為で、人生変わっちゃう。
本当に、かかる・かからないの境界線は紙一重だ。
でも、もしかすると一生の後悔になる。
多分悔やんでも悔やみきれない。
確かに保険適用外のものもある。
お金もかかる。
性病検査で…っていうのは恥ずかしいかもしれない。
でも、
自分のため。
何よりも、相手のために。
検査するのが当たり前なんだなって、そう思った。
いや、そうしなきゃいけない。そう感じる。
当たり前のことだけど、
改めて、あなたが検査を受けて、
大切な人と暖かい時間を過ごせますように。
当たり前だけど。
それだけ。