子どもが親を超える瞬間を見たくなった
今日は、乃木坂46の37thシングル「歩道橋」の期間限定の初披露動画をみた雑感想でも書こうかなと思います。あっ、リンクの初披露動画は、11月26日(火)の21時までです。ここ大事。
率直な感想は、良い曲だなと思いました。ただ、神曲かと聞かれるとまだ時期早々な判断な気もするんですよね。
たった1回のフル披露(ハーフも入れるとしたら、歌番組含めて現時点で2回)でそこまで曲を持ちあげるのができない自分がいますwここからメンバーたちが曲を育てていくと思うと、その過程を楽しみながら神曲と言いたくなる域に達するか見ものだなぁと思ってます。(個人的に杉山さんの作品で神曲が別にあるのでそれを越してくれないと神曲とは言いたくない←)
と期待したくなるのは、本シングルのセンターの遠藤さくらちゃんにどうしても賭けたくなる気持ちが強くなる初披露映像だなぁと思ったからで。
SNSで感想を見てると、多くに「ここにはないもの」を連想する声があり、やはり”飛鳥の子”と言われるだけあるなと思いながら、そういう声”も”あって良いよねと思います。
”も”って書いてますが、はい、私はそういう目線では見てないんですよね。そもそも、”飛鳥の子”という二つ名をいただいているものの、さくちゃんはさくちゃんですし、飛鳥ちゃんは飛鳥ちゃんなのです。2人は全く別者ですし、さくちゃんが飛鳥ちゃんになることは絶対に無理だと思ってます。
今年の5月のミセスさんとの対バンで披露したさくちゃんCのSing Out!。個人的にいつか見てみたいものだったので、さくちゃんが0番に立ちつつ、イントロが流れてきた時の感動は今も覚えてます。そして、ソロダンス。尊敬の意が感じられるそのパフォーマンスに更に感動したのも覚えてます。一方で羨望のような感情も感じました。憧れの存在の人の曲を継いで歌う事の喜びとかプレッシャーとかを背負いつつも、どこか負けてしまっている自分に負い目を感じている、そんな感情をです。
とまぁ、個人的にこう捉えてきた人間が歩道橋を見るとですね、まずド頭のさくちゃんの表情から、くるものがあるんです。私の好きな漫画のセリフを借りるなら
憧れの相手との対戦中に言い放った言葉、そこから黄瀬君の覚醒、、、と漫画の話は置いておいて、さくちゃんが子から卒業する時が来たなぁと思ったんです。
つまるところ、飛鳥ちゃんを越す覚悟で来たなと思ったんですよ。やー、ようやく待ってたものが観れると感じて嬉しくなっちゃいますね。越したくても越せれる存在ではないと、どこかで感じていた子が、それじゃダメだと、越してかないと次に行けないと、腹括ってくれたのなら、もうね、恩送りを余生にしてる身からしたら、生暖かく見守ってあげたくなっちゃうんですよ。
毎回勝負のシングルとか言われて、毎回言ってたら勝負の意味ないやんと思ってましたけど、ようやく個人的に一番勝ちに拘ったシングル期間として選抜メンはこれから橋を渡って欲しいですね。
と、雑感でした、それでは。
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