見出し画像

#有り得ん #住宅ローン定年後に遠のく完済への道 定年退職後も住宅ローンを返済し続ける高齢者が増えそうだ。日本経済新聞が住宅金融支援機構のデータを調べたところ、2020年度の利用者が完済を計画する年齢は平均73歳と、この20年で5歳上がった。借入時の年齢や金額が上昇しているためだ。70歳まで雇用が継続されても年金生活は不安定になりかねない。貸し手も借り手も老後リスクを吟味する必要がある。

2020年度の利用者、 完済時の平均年齢73歳 「返済計画に無理があった」 神奈川県相模原市に住む岡田望さん(仮名、68)は悔やむ。高齢で持ち家がないのは不安との思いで、1993年に3000万円を借りて住宅を買った。ところが、定年時にあてにしていた退職金が出ず、見通しが狂う。年金だけでは返済資金と生活費をまかなえないのでアルバイトを始めた。それでも収入は現役時代の半分以下のため、生活は日々苦しくなる。「もう限界だ」と、今は持ち家の売り先を探す日々が続く。 老年期に返済リスクを先送り いまは低金利とはいえ、住宅価格の上昇に伴い借入金額も膨らみがちだ。多くの人が長生きすることを前提に返済計画を立てているのではないか――。 年齢でみる住宅ローン残高の推移 借入残高(万円) 2000〜2020年度、各年度の利用者の平均 調査概要 日経新聞は代表的な住宅ローン「フラット35」を提供する住宅金融支援機構の投資家向け資料から、利用者の年齢や融資額・期間などのデータを抽出。2000年度から20年度(4~7月)の利用者(対象約122万人)を分析すると、老後に返済リスクを先送りする実態が見えてきた。 データから浮かび上がるのは、借入年齢の上昇、借入額の増加、融資期間の長期化の3つの要素が重なり、ローンを完済できる年齢が大きく上昇している点だ。 年齢別の住宅ローンの残高の推移を示す曲線は、この20年間、傾向的に左下から右上へとシフトしてきた。借入時の年齢が上昇するとともに借入額も増加し、老年期に返済リスクを先送りしていると言える。 借入時の年齢、37歳→40歳に上昇 住宅ローン利用者の借入時の平均年齢は2000年代前半の時点では37〜38歳だった。その後、結婚年齢の上昇などで住宅を一次取得する時期が次第に遅くなり、13年度以降は40歳台で推移する。20年度は7月時点で平均40.4歳。借入時の平均年齢はこの20年間で3歳以上上がったことになる。 借入時の年齢 2003年度 37歳 2020年度 40歳 借入額、1900万円→3100万円に増加 総融資額を融資件数で割った平均融資額はこの20年間で1900万円から3100万円に大幅に増加した。超低金利政策を背景に、住宅価格が上昇を続けていることが大きく影響している。金利負担が軽いため、頭金を減らして手元資金を温存し、多額のローンを借りる傾向がある。 借入額 2003年度 1900万円 2020年度 3100万円 融資期間、30年→33年近くに長期化 融資時点の平均返済期間も延びている。返済期間は不動産市況が良好だった世界金融危機前に一時32年を超えた以外は30〜31年で推移してきた。この数年は再び長期化が顕著となり、20年度は平均32.7年と過去最長となっている。月収に占める毎月の返済額の比率は22%程度で近年大きな変化はなく、借入額が増えたことが返済期間の長期化を招いている。 繰り上げ返済を考慮しなければ完済時には73.1歳になる。2000年度の完済年齢は68.3歳だったのでこの20年間で5歳上昇することになる。 完済時年齢 2000年度 68歳 2020年度 73歳 60歳時点の残高、700万円→1300万円 完済年齢が上昇する弊害は、収入の減る老後の返済負担が重くのしかかることだ。60歳時点のローン残高は、この20年で700万円前後から1300万円を超す水準まで増加した。計画的に繰り上げ返済を進めないと、老後にリスクを先送りすることになる。 60歳時点の残高 2003年度 700万円 2020年度 1300万円 85歳未満まで借りられるローン登場 住宅ローンの融資期間は一般的には35年が最長で、近年は利用者のほとんどが35年を選ぶ傾向が強まっている。利用者は最長の年限でローンを組むことが多く、全体の2割弱を占める45〜49歳では約9割が30年以上のローンを選択している。このため多くが80歳近くまで返済が続く。機構は完済時の年齢を原則80歳未満としており、高齢になればなるほど利用可能なローンの期間は短くなる。 利用者の9割が80歳近くまでの返済を計画 民間金融機関も完済時年齢の引き上げに動き始めた。ソニー銀行は完済時の年齢を85歳未満に引き上げた。全国住宅産業協会は「フラット35」の完済時年齢を85歳未満に引き上げるように国土交通省に要望している。利用者にとっては住宅購入の選択肢が増える一方、老後の返済リスクも高まる。 超低金利で利払い負担が小さく、繰り上げ返済を前提に長期のローンを組む利用者がいるため、実際には計画よりも早く完済するケースもある。当てにしていた退職金を得られなければ、返済のために老後生活の計画変更を余儀なくされる。 当てにならない退職金、 老後にアルバイトも 雇用延長で老後も一定の収入を得られる機会は増えているが、給与水準が大きく下がるなかで返済を続けるのは生活を圧迫する。役職定年で給与は半減することもあり、退職金も減少傾向にある。厚生労働省の調査では、大学・大学院卒で勤続20年以上の場合、18年の退職給付額が平均1788万円と、13年と比べて150万円以上減った。定年が延びても、それ以降にローンが残る場合は年金だけでは不足しがちで、パートやアルバイトを始めてやりくりする高齢者は増えている。住宅金融支援機構の内部資料によると、2018年度にフラット35を利用した65~69歳の年齢層のうち15%はパート・アルバイトをしている。 年金だけでやりくりする人は減っている 65〜69歳のローン利用者の職業 自営業・農林漁業主 会社員・派遣職員など パート・アルバイト 年金受給者 フラット35が登場したのが2000年代前半。当時の平均借入年齢は40歳未満で、今後数年で多くの利用者が退職年齢を迎える。 三菱総合研究所の推計では、60歳時点で住宅ローン債務が1000万円を超す世帯は、それ以下の世帯に比べて債務返済が困難になる可能性が高い「老後破産予備軍」になる。主に1990年代に借りた人の1割がこれに該当し、20年後は2割以上になるという。 NPO法人、住宅ローン問題支援ネットの事務所には返済に行き詰まった高齢者が多く訪ねてくる(東京都中央区) NPO法人、住宅ローン問題支援ネットの事務所には返済に行き詰まった高齢者が多く訪ねてくる(東京都港区) 返済に行き詰まった利用者の相談に乗るNPO法人の住宅ローン問題支援ネット(東京・港)の高橋愛子代表理事によると、最近は夫婦それぞれで住宅ローンを組む「ペアローン」が目立つという。「低金利をチャンスととらえ、頭金なしで背伸びをしたローンを組む人が増えている」という。そのうえで「『人生100年時代』と言われるが、現状、70歳以降も仕事を続けている人は少ない。遅くても70歳までにはローンを返済する計画にしてほしい」と助言する。 返済中も住み替え可能に、 きめ細い審査必要 高齢世帯のどの程度が老後も住宅ローンを抱えているかを見るのに、厚生労働省の「中高年者縦断調査」が参考になる。現在63〜72歳の世帯のうち、住宅ローンを抱える世帯は1割強を占める。これまでの融資期間の長期化を受けて、今後は高齢世帯で住宅ローンを抱える割合は上昇する可能性が高い。 65歳以上でも1割強の世帯は住宅ローンが残る 2005年時点の50〜59歳が対象 海外の住宅ローンと比較すると、35年が一般的な日本の融資期間は長い。米国では住宅金融大手フレディ・マックの調べでは、30年の固定ローンが約9割を占める。欧州でも融資期間は25〜30年が一般的で、老後も返済を続けるケースは少ない。海外では住宅の流動性も高く、住み替えも比較的容易だ。 一方、日本では物件が古くなれば資産価値が激しく下落し、売却してもローン残高を下回るケースが多い。老後は民間の賃貸住居の入居先を見つけるのが難しく、ローンの返済が苦しくなった場合に選択肢が限られる。 青山学院大学の大垣尚司教授は「年齢ごとに住宅ニーズは変化する。老後に持ち家を貸し出してローンを返済しながら、別の安い賃貸物件に住み替えられる仕組みづくりが必要だ」と話す。いまは居住目的でしか住宅ローンを利用できず、老後に広い家屋が要らなくなっても返済中は人に貸し出せない。これを可能にすれば、負担は和らぐ。 大垣教授は「借り手の責任だけに委ねるべきではない」と貸し手のきめ細かい審査も求める。特にフラット35ではローン債権を機構が買い取るため、これを仲介する金融機関の窓口では老後の返済を見据えたきめ細かな審査が行き届きにくい。退職時のローン残高の見込みと持ち家の将来価値を吟味したうえで、「バランスが取れる範囲で融資する必要がある」と訴える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?