見出し画像

羅愼伝~序章【2】

「どうする?」
天王は、龍王軍が集結終えそうなのを確認してから阿修羅に声を掛けた。
相も変わらずに涼しい顔をしている。男と解かっていてもドキリとさせられるほど所作に色気がある。細身にして愁いをの秘めた瞳。白い肌にいたっては戦いにも、武術にも無縁さを感じさせる。
そもそも、この戦状態にあって平服ともいえる薄手の白い布製の衣装に身を包んでいること自体、戦う気構えすら感じられない。
「もうすぐ布陣が終わるのだろう。小競り合いだけで頼む。できれば、でいいのだが」
阿修羅は、天王の方を見ることもなく答えた。その視線は、天帝軍が護りし城門に向けられていた。
城壁前に展開されて良く軍勢。大きく分けるのなら3つに塊が存在している。その軍勢を指揮するのは、東西南北の門の守護者たる四天王。
城門の正面に陣をひくのは多聞天、向かって右手東側に陣をひくのは持国天。左手西側に陣をひくのは広目天だろう。城壁の中で万が一に備えるのが増長天というところだろう、と阿修羅は考えていた。
多聞天が守護する北方の城門に向かわない限り、多聞天は前衛中央に陣をひく。それは軍略家としての自信の表れ。それでなくても、支店覆う最強との誉れ高き軍神であることには違いない。
「待つのか? 死者を出さないように小競り合いを求めるのに?」
天王は、呆れ顔に苦笑をもらした。最強の軍勢として噂される天武八部衆の軍とはいえ、被害を相手を含めて出さないというのは、骨の折れることだ。
「できれば…あそこにいる敵は少ない方が良い」
阿修羅はクイッと顎で城壁のさらに上方、天帝の居城の方を示した。
宇宙の管理者が住まう城。そこに阿修羅は用があった。
その目的を果たさせるために、盟友たる天武八部衆は、軍を率いて集結を急いでいた。無計画に。
そもそも天武八部衆率いる軍勢は、一騎当千と揶揄される猛者の集まり、軍略など有ってない如く動き回る。此処がそれぞれの判断にて、結果的に周囲に迷惑を掛けない終わりを迎える行動をとる。ついでになるが、天武八部衆の誰もが指揮をするタイプではない。一族、集落の長としての役割を果たす程度に、統率と指示を取る程度に過ぎない。
「多聞にも都合があるだろう。須弥山の守護をする四天王のリーダーとしては」
「そういうところに気を使うなら、軍勢を率いるのは、ちょっと」と夜叉王が肩で息をしながら話に加わった。
「来たのは、お前らであって、『来るな』と釘を刺したぞ」
阿修羅は、ため息交じりに答えると、集結を終えようとする天武八部衆の軍勢の壮観さに苦笑を添えた。
阿修羅王を筆頭とする天武八部衆は、阿修羅を除き一族や集落の長を務めている。その所為もあって、長が立てば、追従するカリスマ性を備えている。特に参戦しなくても何も言われないのだが…
「俺も一応、村には言ってきたぞ」と乾闥婆王は笑いながら言葉を区切り、「『来るな!』っと」と阿修羅王の言い方を真似るように言った。
その仕草に笑いが起きた。
「それにしても、死者を出さずに、か」
天王は、呆れ顔で呟いた。
「無茶を言うよな」と竜王、夜叉王が苦笑交じりに言う。
「お前こそ、死ぬなよ」
迦楼羅王が阿修羅の肩に肘を掛けながら言う。
「努力するさ」
阿修羅は、ストレッチを始めながら、城壁の前に布陣される天帝軍の様子を眺めていた。
その艶やかさに他の天武八部衆は見惚れていた。天使国色。その言葉が似合う。天武八部衆が一堂に会すると阿修羅王の華奢な体躯は一層際立つだけではなく、野獣の中に美女が紛れ込んでいるかのように見える。
純白の薄手の布を羽織るように身に纏っているだけの軽装。参道険しい須弥山を駆け上がるような装束でもなければ、戦装束とも言い難い平服。ギリシアの女神たちが身に纏う服装は知り合った頃から変わっていない。
阿修羅は、一か所に定住をしていない。何かを探すように転々と世界を巡っている。その所為もあってか、阿修羅一族最後の者と噂されている。その真意を知る者は、天王だけだが、その事を天王が語ることはなかった。
阿修羅王は、天武八部衆の王でありながら、自身の軍勢を持たない。ただ常に誰かが追従するために単騎駆けをして切り込むように思われているに過ぎない。その美しさはダンスを踊っているようにも見える。
間もなく天帝軍の布陣は終わるだろう。
それが、今回の戦の開始に繋がる、と天武八部衆は考えていた。だから、自分たちの軍勢に対して指示を出せる準備を始める。と、いっても、軍勢の中央で、阿修羅王の後ろで高々と手を上げ、振り下ろすだけだ。それだけで軍は、勝手に動き出す。細やかな指示は必要ないのではなく、無意味、それほど器用な者はいない、とどの王も自負していた。
ほどなく、天武八部衆の7軍は城壁に対峙するよう横一線に布陣を終えた。

いいなと思ったら応援しよう!