見出し画像

羅愼伝~序章【4】

城門の前で阿修羅王を迎え撃つべく配置された衛兵は、近付く気配に身体を震わせながら槍を構えていた。それで対等の戦いができるとは思えない。それでも、迎撃しないわけにはいかない。
6神の衛兵は、互いに顔を見合わせながら、近付く鬼気にゴクリと唾を飲み込んだ。
多聞天からは「時間しか稼げない」と言われていたが、その時間さえ稼ぐことができなかったことは明白だ。その相手に対して、一介の衛兵が足止めをすることは叶わないだろう。
できる事ならば、城門の内側に隠れていたい。誰もがそう思っていた。対峙したところで瞬殺されるだろう。でもすでに城門は固く閉ざされている。逃げ隠れるところすらない。
「お、おい」
城門に背を預けていた兵士がすぐ前の兵士に声を掛けた。
「えっ?」
「な、だ」
衛兵たちは、不意に騒がしくなった城の方へと視線を向けた。
何が起きたのかは判らない。ただ、阿修羅王がすでに城内に進入を果たしていると推察できる音が、混乱を感じさせる声が漏れ聞こえていた。閉ざされた門の向こう側から。

阿修羅は、蛇行する舗装路を無視して、最短ルートを斜めにまっすぐ駆け上がった。駆けるというよりも、柵を足場に跳ねるようにして飛び越え、城へと侵入した。
何人の侵入をも許さない四天王の力を過信している結果なのか、城内には衛兵はいない。ただ文官が、突如として現れた阿修羅王に驚き騒ぎ、。パニックの連鎖が引き起こされていた。
―おいおい、仮にも…
阿修羅は、溜息をひとつ零しながら周囲の様子を確認するように視線を流した。侵入者を除去する役目の者はいないようだ。勝手に騒いで、ぶつかり、転げる文官は多いようだが…武器を手に阿修羅の前に立とうとする輩はいない。
―それはそれで…助かる、か
阿修羅は、謁見の前へと向かって走り出した。
謁見の間の奥に継承の間が存在している。天帝が代替わりするときに使う特別な間だ。須弥山の頂に位置する天帝城。その最上部に位置し、宇宙と繋がる特別な場所で、夜明けに合わせて継承の儀は行われる。
この継承の義は、天帝の意思によって行われる。とされているが、実質は次代にその資格が無ければ継承の義は発動しない。どれほど、天帝が継承を行いたいと願ったところで…
不定期だからこそ、その警護は固められている。情報も漏れないように注意が払われるのは、資格さえあれば、誰でも天帝にとって代わることができる不安定さがあるからだった。
とはいえ、それは理屈上。
実質、資格があるものは限られている。同じ時期に資格を持ったものが、ここに居合わせる可能性など皆無に近い。
ただ今回に限っては、そうとも言い切れない事情があった。
天帝ライアスが継承を急いだことにある。次代となるレイアも父であるライアスの事情を汲み取り、それを受け入れた。それぞれの思惑が渦巻き、それぞれの答えがひとつの形へとなる。それだけの事だった。

いいなと思ったら応援しよう!