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羅愼伝~序章【7】対峙2
階段を上がると継承の義で使われる祭壇がある。
そこに現天帝ライアスはいた。自身が預かる大いなる力を天へと返すことで天帝としての役目は終わる。この先は、普通に年を重ねて老いて逝くのだろう。自分に残された時間がどれだけあるのかはわからなくとも…
永遠とされる時間よりも、老いていくだろう時間と引き換えにする価値はある。そう判断し、行動に移したのだろう。
阿修羅は、祭壇に立つライアスをみつめ、傍にいなかったことを少しだけ後悔した。きっと傍にいてもライアスの選は変わらないだろう。その昔、ライアスを置いて旅に出たのは他ならない阿修羅なのだから。
いや、その頃は違う名前だったが…ひとり苦笑を漏らし阿修羅は、継承の間へと足を踏み入れた。
阿修羅王がそこに来たことに誰も気付いていなかった。誰もが現天帝ライアスを見つめている。千数百年天帝としてこの宇宙を統治していた者の背を。
ライアスは、ゆっくりとした動きで祭壇の前部にある階段を登り始めた。天高く伸びていくその階段の先にも小さな祭壇”預権宮”がある。
預権宮は、天帝のみが上がることを許されている。それも生涯に2度だけ。1度は全権を受けるとき。2度目は全権を返すときになる。
現天帝ライアスは、全権を天に返し、後継者たるレイアが預かることになる。その間、少しのタイムラグが発生する。もちろん、それを利用しようにも天帝となる資格を持ち合わせているかどうかが問われるのだが…
そんな憂いを無くすために、継承の義は秘密裏に行われるだけではなく、それなりの武神たちが祭壇に近付けないように配置されていた。
本来は、此処に四天王がいる。ただ誰も四天王が抜かれるとは思っていなかった。万が一があっても、儀の最中に侵入を許すなどありえない、と。
ライアスを見守るレイアは、両手を胸の辺りで組み無事を祈るようにライアスの背を見つめていた。その傍らに阿弥陀如来が立っている。
継承の義は、すでに始まっている。
この時点ではもうどうすることもできなかった。宇宙の全権は次代へと引き継がれる。その事実は確定し、全てが現実となるように動いていく。
本来、天帝の命は宇宙と直結している。天帝が死ねば、宇宙も消滅の時を迎える。それが真実かどうかは、誰も試したことが無いので解からないが、天帝の身が一種の無双不死であることは周知の事実だ。
だから、狙うとすれば、全権移動のタイムラグ。レイアが階段をあがる直前だ。そして、残念ながら、レイアが指名されたときから、計画は動き出していた。初の女性天帝の誕生を快く思わないものはいる。
その理由は、此処千差万別だろう。誰かが正しくて、誰かが間違えている。そういうことではなく、誰もが己の信念に従って、物事の正誤をつける。大衆の意見に惑わされるものもいるが、悪意をもって、行動するものは皆無だと願いたい。それでも悪意でしか存在できない輩はいる。
醜い感情のままに行動し、天の怒りに触れる事すらある。
それでも、天の怒りを天秤にのせてでも、自分の意を押し通そうとする者もいる。その純粋な思いがために…
空は漆黒の闇に染まり、ライアスから天に向かって一陣の光が放たれ、ライアスは滞りなく全権の返納を終えた。全ての光が空に呑まれ、ライアスは階段を降り始めた。
この瞬間から、ライアスは不死ではなくなる。
階段を下りる途中でライアスは足を止めた。阿修羅王の姿を視認したからだった。その表情に何処か安堵が感じられた。
阿修羅は、苦笑で応えた。
ライアスは満足そうに小さく頷くと再び階段を降り始めた。
そのライアスの仕草に、祭壇を警護するように囲んでいた武神たちは阿修羅王の姿に気が付いた。招かざる客、その存在が意味することは…
ただ誰もが困惑していた。その真っ白な服装は汚れも乱れもなかった。ここに来るまでに少なくとも何度かは戦う必要があるはずだった。にも拘らず…考えられることは、武力差による結果。もしくは、誰かが手引きをしたかだった。
レイアが、緊張していた表情をふっと緩めた。久しぶりの再会を楽しむゆとりはいまは無かった、と口元をキュウとしめ、父ライアスの方へと視線を向けた。
レイアは、年の頃二十歳のあたりで止まっていた。それは、次代としての学ぶために必要な心身の成長の中で適していると判断したからだった。
阿修羅の知っているレイアはまだ少女だった。
―大きくなったな
と思い出に浸る場合でもないと阿修羅は周囲の様子に目を向けた。
ライアスが祭壇へと戻り、レイアに一礼すると、レイアはその横を通り過ぎ階段に足を掛けた。ゆっくりとした足取りで階段を上がっていく。
レイアが、階段中腹に差し掛かるころ、動きがあった。
祭壇の警護に当たっていた武神たちが阿修羅王に向かって、剣を抜き、きりかかった。