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魔王を倒した勇者が魔王になるまでの物語

 ↓この記事の最後に書いてあったおとぎ話をこちらに記載しました。
 きっとどこかで聞いたことがあるはず……。


 むかしむかし、あるところに一人の勇者がいました。名前をカーンと言いました。カーンは民衆でしたが、支配者である魔王ハロルドの暴虐ぶりに我慢できず、勇気を出して魔王ハロルドに戦いを挑みました。そして、魔王ハロルドを倒したのです。魔王ハロルドが支配者の座を受け渡す時に勇者カーンは問いかけました。

「魔王ハロルドよ、なぜお前はあれほど民衆のことを考えない政治をして、苦しめ、私腹を肥やしていたのだ」

 魔王ハロルドは答えました。

「それはお前がここに座ってみればいずれわかることよ」

 勇者カーンはそんなことはない、と思い世界を支配する立場につきました。 カーンは最初、色々と民衆のために尽くしました。衣食住がしっかり担保されるように、少しでも多くの人が幸せになれるように、毎日死ぬ気で頑張りました。

 これで世の中はすごく良くなっただろう、一度街を見てみようと思い、カーンは民衆に変装し、街に赴きました。

 しかし、街はあまり変わっていませんでした。確かに環境はよくなっていたのですが、満足度は魔王ハロルドが支配していた時とあまり変わっていなかったのです。

 カーンはそこにいた民衆に聞きました。

「この家、立派になったな。食事も安心して毎日いいものが食べられるようになったよな」

 民衆は答えました。

「ああ、確かにそうだな。まあでも慣れたし、食事は毎日食べられるのがあたりまえだろ。家は壊れないのが当たり前だし。それより、休まず働かなければならないのがだるいな」
「働けば、働いたほど豊かになるんだ。いいじゃないか。それにほら、本当なら台風が来て壊れるはずだった家も壊れずに済んでいるんだろ?」
「台風? そんなのが来る予定だったんだ。知らんかった。はあ、前はこんなに働かなくてもよかったんだけどな」

 その後カーンはだんだん必死に政治をしなくなりました。やればやるほど、自分が思っていたほど民衆の満足度が上がっていないことを知ってしまったからです。

 それどころか、民衆から不満が出てきました。

「働かせすぎだ! もっと休ませろ」
「宮殿にかけるお金の一部を民衆に与えろ!」

 以前魔王ハロルドが支配していた時より税金は安いし、宮殿の費用も抑えているのに、このような反発が生まれてきたのです。

 カーンはだんだん腹が立ってきました。民衆のために骨を削るのがバカらしくなってきました。

 やがて時は流れ、カーンは魔王と呼ばれるようになりました。 

 とある日、カーンが地下室へ降りると、一枚の壁画が見つかりました。そこには凛々しく立ち、明るい未来を夢見て、誠実な表情を浮かべた人が立っていました。

 誰だろう、と思いその名をみてカーンは驚きました。そこにはハロルドと書かれていたのです。何を隠そう、自分が倒した魔王だったのです。その瞳はあの頃の自分と同じ、明るい未来を夢見て、希望にあふれていたのです。

 カーンはハロルドの言葉を思い出しました。

「それはお前がここに座ってみればいずれわかることよ」

 自分は結局魔王ハロルドが言っていた通りになってしまっていたのです。

 カーンは部下に命じました。

「この男、ハロルドを探し出せ」

 部下が世界中を探し、ハロルドの居場所を突き止めました。勇者はそこに行きました。

 ハロルドは人里離れた山奥で畑を耕していました。ハロルドはカーンを見ると、

「なんだ、バカにしにきたのか。帰れ」

 と突き放しましたが、カーンは食らいつきました。

「頼む、教えてくれ。私はどうしたらいい? 私は魔王になりたくない」

 ハロルドは答えました。

「私はここにきてわかったことがある。大事なのは誰かのためなどという幻想を捨てることだ。
 今お前はお前を支える全ての人の名前をあげることができるか? 宮殿を作った人物、食事を作った人物、税金を納めた人物、その他衣服を整えた人物。お前は多数の人の思いで今この一瞬を生きながらえている。我々は名前も知らない人のおかげで生きている。その名前もしらない人は名前も知らない人のことを考え、必死に誠実に尽くしている。
 世の中のほとんどが誰がしてくれたかもわからない善意でなりたっている。世の中を良くしたければ、誰かのためなんていう幻想を捨てろ。全てお前の自己満足だ。お前がしたいからするだけだ。相手は感謝もしないし、いい環境にいることに気づいてもいない。それでもやれると思ったことだけをしろ」

 カーンはうつむいたまま、その言葉を噛み締めた。そして一つうなずくと、顔を上げた。

「わかった、やってみるよ。ありがとう」

 そうとだけ言って、再び宮殿に戻ったのでした。
 宮殿に向かうカーンの瞳は希望に溢れていましたが、あの頃見せていた曇りのない澄んだものとは少し違っていたように見えました。

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