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第16夜 イタリア旅行記③

はじめに

読者のみなさま、
本日もお越し下さいまして
誠にありがとうございます。

前回はイタリア旅行記の第二回で
・街ごと世界遺産のヴェローナ
・美しの都フィレンツェ
・ミラノから気軽に観光 コモ湖
の備忘録を綴りました。

本日は前回に引き続き
イタリア旅行記の第三回です。
・世界遺産 ≪死にゆく街≫
・丘上の街 オルヴィエート
・カトリックの総本山 バチカン&ローマ
の備忘録を綴って参ります。

本日もよろしくお願い申し上げます!


チヴィタ・ディ・バニョレージョ (Civita di Bagnoregio)

2022年8月30日

8月3日に就職活動の選考を受けていた企業から無事に内定を頂き、卒業論文もどきはマイペースに執筆しながらも順調であった。

そこで、
ずっと行きたかった場所への観光を決定。

その場所は≪死にゆく街≫と称される、
≪チヴィタ・ディ・バニョレージョ≫
(Civita di Bagnoregio)

もはやネタバレじゃあないか!!
ここがチヴィタ・ディ・バニョレージョです。

絶壁の上に街が建っている特異な景観を
自分の目で直接見てみたかったのである。

この場所はイタリアはラツィオ州に属しており、ラツィオ州の州都はローマである。
そのため、
・Civita di Bagnoregioで2泊3日。
・2日目に経由地のオルヴィエートを観光。
・3日目にローマへ移動し更に2泊
の4泊5日で旅程を組んだ。


地獄の地方ロケの如き移動

Civita di Bagnoregioであるが、
僻地あるか否かと言われれば、僻地にある。

ミラノからのアクセスはあまり良くない。

ローマのついでに行くのが普通っぽい。
(※私の場合はローマがおまけである)

ミラノ中央駅 (Milano Centrale) ※高速鉄道
➡フィレンツェ (Firenze S.M.N駅) ※各駅停車
➡オルヴィエート (Orvieto) ※バス (Cotral社)
➡BAGNOREGIO

まず、
フィレンツェ行の高速鉄道が遅延した。
59分遅延した。

※高速鉄道(ItaloやFrecciarossa)は遅延した時間に応じて返金が受けられる。59分までの遅延は25%の返金である。しかしながら、私が下車した時には到着予定時刻から59分を過ぎ、1時間経過したことに加え、高速鉄道の後に乗る予定だった各駅停車の電車も逃していたため、鉄道での最終目的地であるオルヴィエート行の各駅停車の乗車料金までも含めて、一時間以上の遅延に対する返金比率である50%を保障するべきであるとカスタマーサービスにメールを送り付けたら、73.4ユーロの50%、36.7ユーロが後日クレジットカードに返金された。

言ってみるものである。
これもまた【なんとかする力】なのか?

余談はさておき、
高速鉄道が1時間遅延したことで、各駅停車の鉄道も予定通りではなくなった。同じ行先の電車は来たものの、待ち時間が増えたので合計で1時間20分程度の遅れになった。

14時30頃にオルヴィエートに到着したが、
オルヴィエートからBAGNOREGIOへ行く
バスは1日数本しかない。

本来乗る予定だった14時頃発のバスはとっくに発車しているので次が来る16時頃まで待機せざるを得ない。1時間30分の待ちが追加されたので合計で約3時間の遅延である。

16時頃発のバスには無事に乗車し、
揺られること約50分でBAGNOREGIOに到着。

COTRAL社のバス。
チケットはOrvieto駅のタバッキで買える。
BAGNOREGGIOまで長閑な田舎道を爆進。

午前9時にミラノ中央駅を出発し、
合計約8時間の移動である。
【地獄の地方ロケの如き移動】
とはそういう意味なのである。


イタリアの夏はとても日が長く、
夜8時くらいまでは普通に明るい。
夕方5時なんて昼間みたいなものである。

街並み。
御夫婦の後ろ姿が良い味を出している。

ブッキングドットコムで予約しておいた
B&Bに荷物を置き、小型バッグに持ち替え、
早速Civita di Bagnoregioを見に行くことに。

案内板に従ってGo!!!

ここで補足だが、Civita di Bagnoregio以外に特筆してみるものがない場所に2泊することにしたのは、朝・昼・夜、全ての顔を見たかったからである。

加えて、
ここを起点にしてオルヴィエートに観光へ行くこと自体は問題なくできるからである。

注意点としては、オルヴィエートからBAGNOREGIOへの終バスが17時台でオルヴィエートでディナーはできないことがる。


これが ≪死にゆく街≫

散々引き伸ばしましたが、
こちらがCivita di Bagnoregioです。

入場料を払い一本道を行く。
後半が結構な高さで少し怖い。

入場料を支払い上ります。
当然中にも入れます。

来た道を振り返るとこんな感じ。
古き良き街並み。俗世とは思えない。

俗世から隔絶されたかのような
また時が止まっているような空間が
眼前に広がっています。

夜まで散歩を楽しみました。
暖色系の仄暗い灯りに包まれた街は気分が良い。

現実感が消失したような体験でした。

出入り口にある土産物屋にネコチヤンが鎮座。

【Acqua di Civita】友人へのお土産に香水とルームフレグランスを購入。

物撮りを忘れていました(泣)

【Osteria al Forno di Agnese】
ディナーはこんなものを喫食しました。

ブルスケッタ
黒トリュフのピチ
 (ピチはトスカーナ地方発祥のパスタ) 
(オルヴィエートは黒トリュフで有名)
パンナコッタのピスタチオソース

では、
世界遺産の表情の移り変わりを御覧あれ!!


オルヴィエート (Orvieto)

8月31日

早起きして朝焼けに包まれた
Civita di Bagnoregioを拝んだ後、
BAGNOREGIOにある宿泊先に荷物は放置し
オルヴィエート行のバスに乗車。

※ここでも注意点が一つあり、
OrvietoからBAGNOREGIOに行くバスの終バスは17時台だが、BAGNOREGIOからOrvietoに行くバスの終バスは12時台である。

もう一度言います。
BAGNOREGIOからOrvietoに行くバスの
終バスは12時台です。


丘の上の街 ≪オルヴィエート≫

Orvieto駅に到着。

Orvieto駅からはケーブルカーで
丘の上に登ります。

高尾山にも似た様なケーブルカーありますよね。

丘の上というより崖の上ですね。

街中はゴミが少なく小奇麗で
裏路地も趣があって散歩には御誂え向き。

これはテンションが上がりますな!!!
ジェラートを欠かさない男。

こちらが
≪オルヴィエート大聖堂≫
(Duomo di Orvieto)


こちらは
≪サン・パトリツィオの井戸≫
(Pozzo di San Patrizio)
二重螺旋階段で有名だそう。

来た道を戻らなければならない絶望感。

気軽な気持ちで下り、最下層に到着して
「あ、これ登って戻らないとアカンやん」
と絶望したことを鮮明に覚えております。
結構な長さなので体力が必要でしたね。


オルヴィエートは
白ワインと黒トリュフでも有名らしく
前日の夜にCivita di Bagnoregioの中で
黒トリュフのパスタは食したので
お土産としてワインを買う事にしました。

エノテカ発見。土産を買おう!
真ん中のがルームフレグランス…

ローマ (Roma)

9月1日

再び早起きして朝焼けに包まれた
Civita di Bagnoregioを拝み、
朝の散歩をして荷物の整理を済ませる。

散歩中に出会ったネコチャンの
サービスショットをどうぞ。
なんとも可愛らしい!!!!!
我が家に来てくれないかしら……

猫は液体。
人に慣れ過ぎている。

あ、でも
「独り身の内に動物を飼ったら終わり」と
下北沢のカフェのマスターが言ってたので
止めておきましょう。

今度は荷物を全て持ち
昨日と同様にバスでOrvieto駅に向かう。

Orvietoを後にしてローマのターミナル駅
ローマ・テルミニ駅に向かいました。


サン・ピエトロ広場

ローマ・テルミニ駅に到着。

ミラノ中央駅も相当大きいけど
ローマ・テルミニ駅もめちゃ大きい。

地下鉄の乗り方はどの地域に行っても
大して変わらない故に、慣れたもので、
地図も見ずに宿泊先の最寄り駅に到着。

荷物をB&Bに置いて身軽になったので
そそくさと外に出ました。

ヴァチカン市国に近い宿だったので
とりあえず行ってみることにしました。

国境らしい国境は無く、
いつの間にかヴァチカン市国の中に
入っていました。

そしてサン・ピエトロ広場に到着。

広過ぎてカメラの画角には収まりません。

流石はカトリックの総本山。
広場のサイズも教会のサイズも圧倒的!
ほぼ全方向から聖人達の像に囲まれます。

大量の人が列を成しているので
教会とヴァチカン博物館には
後日の朝一で行くことにしました。


サン・ピエトロ広場を徘徊していると
日本人女性と思しき人を見かけたので
話しかけてみました。
(※当時は御時世もあって日本から外国に来る人は体感として珍しかった故に気になったのである)

日本の国立大学の大学院でワイン関連の研究をされている学生様でした。

まさかのほぼ同期。

夏休みを使って独りでフランス・イタリア・スペインのワイン農家を巡ってお手伝いをしにきている中で、その日は偶然ローマに観光に来ていたらしい。

なんと活動的なお方であろうか。
私も見習わなければならない。

流れでジェラートを一緒に食べに行き、
サンタンジェロ城(Castel Sant'Angelo)に
行くらしく、便乗して私も行くことにした。
迷惑極まりない事をしたと反省はしている。

※食べることしか考えていなかったので、
   行く場所を全く決めていなかったのだ(汗)

サンタンジェロ城

結論、サンタンジェロ城めちゃ良かった!

この日も快晴!!(持ってる!!!)
奥にサン・ピエトロ大聖堂が見えます。
絵になる窓があったのでパシャリ。

行って本当に良かった!!!
ありがとうMさん!!!


ローマのゲットー地区で夜御飯

Mさんと別れた後は、
一人でパンテオン(Pantheon)を見た。

パンテオンへの入場が有料になるらしい…?
夕暮れ時のローマ…なんと美しい。
イタリアのどの場所も夕暮れ時は本当に映える。

Twitter上でローマ観光に行く旨を呟いたら
料理研究家兼ボローニャ大学の大学院生の
Aoiさんも偶然ローマに訪れるとのこと。

初めましてであるにも拘わらず
夜御飯に御一緒させて頂けることになった。

Aoiさんの活動は一方的に拝見していたので
Youtubeで見ていたアーティストの
生ライブに行ったような感覚であった。

何回も「本物だ!!!」
と言った記憶が鮮明に残っている。


Aoiさんからの御提案で、ゲットー地区で
夜御飯を食べることになりました。

ゲットー地区は旧ユダヤ人居住区で
現在は強制こそされていないものの
多くのユダヤにルーツに持つ方がおり、
ユダヤ系レストランが軒を連ねている。

ゲットー地区の一角。

Aoiさんは「特殊な帽子を被っている人に聞けばゲットー地区の良い店が分かる」的な事を御友人から聞いたそうで、見つけるや否や話しかけに行ったのであるが、その人がレストラン従業員であることに気付かないまま話を進めるので、当然その帽子を被った人は自分の勤める店を勧める。話しかけた人が従業員であることにようやく気付いて二人で大笑いした記憶がある。一旦その店は離れましたが、結局その店に入りました。

Su Ghetto Kosher Restaurant

私が食べたのはユダヤ風カルボナーラ。ユダヤ教において豚肉は禁忌食なので、カルボナーラには豚の代わりにGoose meat(ガチョウ肉)が使用されていました。

歴史的背景を考慮すると、これもまたローマ的な食べ物と言えるでしょう。お味の方は、日本人の口に合いそうなもので「鳥出汁を使った和風カルボナーラ」をイメージすれば良いかと思います。美味でした。

ありがとうございました!!!

夜のローマをお散歩

夜御飯の後、
Aoiさんと夜のローマを散歩することに。

トレビの泉は夜も大混雑でした。
古代ローマ時代の遺跡≪フォロ・ロマーノ≫に向けて坂道を歩いていると、どこかから「○○くーーーん!!!」と私を呼ぶ声が聞こえてきた。なにかと思うと、先ほど別れたMさんが電動キックボードに乗って前方から颯爽と坂道を下ってきたのである。

「女性独りでローマは危なそうだからホテルにいるつもりだった」そうなのだが、道にある電動キックボードを見て「これなら行ける」と踏んでキックボードを乗り回して周遊していたそう。そんな中で偶然再会したわけである。本当に活動的でパワフルである。何より適応力が高過ぎる。大尊敬である。

※イタリアの人口が集中していたり観光客が多い地域では自転車や電動キックボードがあちらこちらに転がっていて、有料ではあるがアプリで簡単に借りて乗り捨てることが出来るのである。小回りが利くので便利な移動手段として使われている。

フォロ・ロマーノを見ながら通り過ぎ、
最後にライトアップされたコロッセオの外観を眺めてAoiさんとは解散した。

夜のコロッセオ。

面白い出会いのある楽しい日であった。


2022年9月2日

ヴァチカン市国

朝7時に起床し、軽く朝食を済ませた後、
サン・ピエトロ大聖堂に向かった。

入場開始時間の朝8時に入場。
流石にこの時間なら人もまばらである。

気持ち良い朝ですな!!!
なんか『アルマゲドン』みたいなの撮れた。

圧倒的な規模。
隅々まで施された絢爛豪華な装飾。
足を踏み入れた瞬間に空気感が変わる。

これまでの教会とは一線を画している。
RPGの世界に迷い込んだかの如き光景…!!

大聖堂の中を一通り眺めたので
クーポラに登ることにした。
※クーポラに登る場合は入場料が掛かる。
エレベーターで昇ることもできるが、
私は元気っ子なので階段で登った。
※階段は鬼長いので基本はエレベーター推奨

上に行くに連れて斜めの階段が増えるので
首と腰が逝ってしまわれるかと思いました。
頂上は一周できるので
360度ローマの景色を楽しめる。
拡大すると見えますが、
ドームの上の方に観光客が沢山います。
ここがテッペンです。
聖人達が下界を見守っております。

戻る際も長い階段を下り、
改めて大聖堂の中を少し見学した後
ヴァチカン博物館に向かった。


歴史や文化には疎い私が
ヴァチカン博物館に赴いたのには
ちゃんと理由がある。

ラファエロ作『アテネの学堂』
の実物をこの目に収めたかったのだ。

というのも『アテネの学堂』の一部が
ミラノ工科大学の校章なのである。

私の通っていた大学の校章です。

あまりにも広すぎる博物館、
探せども探せども
『アテネの学堂』は見つからない。

そして一周してしまった。

諦めて博物館の職員さんに聞きながら
もう一周することにした。

ヴァチカン博物館に行ったことある人なら
御理解頂けると思いますが、ヴァチカン博物館を2周するのは尋常ならざる運動量なのである。

やっとこさ『アテネの学堂』を見つけ
満足してヴァチカン博物館を後にした。

『アテネの学堂』
どこが校章になっているか分かりますか?
命名 : 『パチンカスの始祖』

概ね昼12時だったが、
既に歩数が12,000歩を超えていた。


ダヴィデさんと合流

ヴァチカンを観光した後は、御縁あって私が出演したポッドキャストの運営や、カメラマン、インスタグラムでの情報発信をされている生粋のローマっ子ダヴィデさんと合流し、ローマを案内して頂くことになりました。

先日夜御飯を御一緒させて頂いたAoiさんも
お誘いしましたので、3人でローマを回ることになりました。


とりあえずランチを食すことになり、
ダヴィデさんオススメの
ヴィーガン向けの料理も提供している
レストランに入りました。

Origano Campo De' Fiori

私はヴィーガンではないので
パンチェッタが含まれている
ベタにローマ飯なアマトリチャーナを喫食。

ほんもんのアマトリチャーナ!

家でパスタを作る時は
パンチェッタやグアンチャーレを
ケチってしまっていたので
肉の味の濃厚さに驚きました。

私は薄味も嫌いではないので
家で作る時は変わらずケチりました。


改めてトレビの泉等々、ダヴィデさんの
解説付きで主要な観光地に巡った。

かの有名なスペイン広場

Aoiさんは夕方からほ別の用事でお別れ。
私は引き続きダヴィデさんとローマ散策。
有名なジェラートの店に行った。
【Gracchi】

ローマに4店舗位あった気がする。

ダヴィデさんオススメの街の肉屋に行き
ポルケッタ(豚の丸焼き)のパニーニを喫食。

La Vita è Un Mozzico】

これは本当に美味でした!!!

調理工程を撮影させて頂いた。
地元民が利用する街の肉屋ってのがミソですな。

たっぷりポルケッタにモッツァレラチーズ、ドライトマトの酢漬け(オイル漬けかも?)を挟んだパニーニは、咀嚼する程に豚肉の甘みが増し、トマトの酸味とモッツァレラチーズのクリーミーさが脂を優しく包み込んで非常に食べやすく、クセになるお味でした。 
パニーニでトリップできます。

ローマに来たら絶対に行くべし!!!

ダヴィデさんとお別れした後、
夜になっても私は散歩を継続。
夜11時くらいまで散歩した

夜のスペイン広場。
夜のサン・ピエトロ広場

朝から活動して夜まで散歩した私の
一日の総歩数は50,000歩で
推定移動距離は37㎞であった。

一般男性が一日で37㎞歩くのは異常ですか?


9月3日

起床し荷物をまとめ、宿泊先を後にした。

夕方の2時頃に高速鉄道が出発なので
午前中にコロッセオを見て、
ランチにカルボナーラを食して
ミラノに帰るという予定であった。

残念ながらコロッセオの中には入れなかった。チケットが売切で手に入らなかった。

曇天!!!

ダフ屋みたいなのは沢山いるが、
そんな輩にお金を落としたくはないので
潔く外観だけパシャパシャ写真を撮影して
ランチの場所を探すことにした。


本場のカルボナーラが旨い!!

カルボナーラ発祥の店とされる
【La Carbonara (Monti)】に行きたかったが、バカンスが終わるか終わらないかの
微妙な時期で、その日は営業しておらず…

バカンス明けの準備日らしかった。

残念ながらカルボナーラの始祖は
食すことが出来なかったので、
改めて別の店を探すことにした。

グーグルマップのレビュー等を見て
なんとなく良さげな店を探した。
結果として大当たりを引くことが出来た。

Ristorante Trattoria Antonio al Pantheon

黄色を基調にした可愛い店内。

厳選素材をふんだんに使った
カルボナーラを食すことが出来ました。

リガトーニのカルボナーラを初体験。

シンプルなパスタであっても、
上物の素材と職人の手が加わることで
全く別物の美味しさになることを
まざまざと実感させられました。

ローマ旅行の〆に最高の一皿でした。

ついでに芸術点の高いティラミスを喫食。

あとがき

トレビの泉。

今回もまた、
書くにつれて当時の記憶が
湯水のように溢れ出してきてしまい
とんでもない文章量になってしまいました。

これ以上書いても鬱陶しいと
思われますので今回はこれで締めます。

まだまだ書いてない旅行先があるので
次回も旅の備忘録になります。
御一読下さいましたら幸いでございます。


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それでは
第17夜へ続く…To be Continued…

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