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アジールと「利他」

青木真兵『手づくりのアジール』(晶文社)という本がとても面白い。

アジールとは「避難場所」という意味もあるようだが、本書では次のように書かれている。

「自分のために」生きていくためには、まずこの社会的評価をスッと脇に置く必要があります。例えば、社会からできるだけ離れた場所に身を置くなど、当代の支配的な考えが及ばない場所で時間を過ごすことが有用です。古来、そういう場所のことを「アジール」と呼びました。歴史学者の網野善彦によると、中世日本社会において山林は「アジール」の一つでした。地縁、血縁によって構築されていた中世の社会と違う原理が働く場という意味で、アジールは「無縁の場」であり、時の統治権力が及ばない場所のことでした。

(上掲書、164-165頁)

アジールとは、支配的な考えが及ばない場所であるという。

本書では現代におけるアジールについて、様々な人が考えている。とても面白い。現代に必要なのは主流の価値観から離れて生きるということだが、青木は完全に社会と隔絶して生きることを勧めている訳でもない。社会とアジールの間で考えることを大切にしているようだ。

さて、この本の中で次のような言葉があった。

何かを成し遂げようとすることは、商品的人間として「みんなのため」に生きていくということです。一方、手づくり的人間は、「自分のため」に生きています。「自分らしく」とか「自分らしくない」とか、そういうことは気にしません。「自分らしく生きていくとは、実は商品的人間として生きていくことを意味します。商品的人間の特徴は、他者のまなざしが内面化されているということです。社会的評価を気にしてしまうとも言い換えられます。決して気負う必要はありません。むしろ、ただこの世界を「自分のために」生き延びること。それが結果として誰かのためになるかもしれないし、ならないかもしれない。「自分のために」生きていくには、まずこの社会的評価をスッと脇に置く必要があります。

(青木、上掲書、164-165頁)

すごく面白い。これは親鸞思想における利他を考える時にも非常にヒントになると考える。青木は、「何かを成し遂げようとすることは、商品的人間として「みんなのため」に生きていくということです」という。
おそらく、私もそうだが、多くの人達は利他的に生きたいと思う。特に仏教では「利他」といって他者をさとりに導くことが良きこととされる。

しかし、利他が目的化してしまうと、他者のために生きようとする。そうすると他者のためになる自分は価値があるけれども、他者のためにならない自分は価値がないというふうに見てしまう。
それは、結局二元分別で自己を裁き、他者を裁くということである。しかし、親鸞はそもそも私たちに利他をする智慧が無いという。利他をするための知恵を欠いてしまっているというのだ。だから本当の利他は如来にのみ可能だという。

しかし、だからといって利他の課題そのものは私達と無関係ではない。これはまだ考えている途中だが、青木が言うことと少し重なるが、自分が真理を求めて生きることが結果的に如来による利他の働きの中に参画することになる。かたじけなくも、利他の意味を賜ると、如来によって言われているという感じだと思う。

おそらく浄土真宗における利他も、肩の力の抜けたものであるはずだ。利他をするぞと意気込んで色々な活動をすることも素晴らしい。しかしそれは、念仏者に科された義務や、達成目標や、徳目ではない。如来はただ念仏しなさいというのである。

そこに非常に大事なことがあるのだ。したい人はどんどん自分がいいと思うことをしたらいい。しかしそれが念仏の救済には条件とかにならないのである。
最近、浄土真宗の学校でも「浄土真宗を社会の役に立たせる」というような文言をパンフレットに見つけることがある。その意図はわからなくないし、現代の学校制度の中で補助金をもらうなどやっていくためには、そういう研究が必要なのも分かる。しかしそこにあぶなさもある。役に立つ浄土真宗ばかりが研究されたとしたら、社会に役立つ浄土真宗じゃなきゃダメだという世界になったら。それは非常に恐ろしいことだとも思う。親鸞さんが教えてくれた方向と、皮肉にも逆に言ってしまう気もするのである。

この辺りのことをもう少し考えたい。だからといって、先人が指摘しているように、社会の問題が課題にならない信心とは一体何かということも大切な問題である。有難い有り難いと言いながら、隣で苦しんでいる人のうめき声や、戦争や差別が問題にならない信心とは一体何か?そのような信心で救われるとは一体何か?

差別や戦争を全くほっておいて、「ありがたい」「ありがたい」と言い合うとしたら、そのような教えに私は従いたくない。
この二律背反のモヤモヤを大切にしながら考えていきたい。

青木氏の言葉に色々なヒントを頂いた。

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