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詐欺師

「詐欺師」というものに、2回だけ会ったことがある。
どちらも、まだインターネットが普及していなかった頃の話だ。

1人目の詐欺師は、「23歳の青山学院大生」という設定で私の前に現れた。
細かい話は忘れたが、留学していたのでまだ4年生に在学中で、健気に家庭教師のバイトをしながら勉強している苦学生というキャラクターだった。
ずいぶん日焼けしているので、聞くと趣味でサーフィンをしているという。

23歳にしては老けた顔だなと思ったが、そう言うと、本人は「よく老け顔だと言われるんです」と快活に笑ってみせた。
ちょうど手もとに人からもらったJTBの旅行券が10万円分だったか20万円分あり、まだ旅慣れていなかった私は、誰か一緒に旅行につき合ってくれる人はいないものかと思っていた矢先だった。

その話をすると、彼は「じゃあ、僕がサーフィンを教えます」と言う。
私はその少し前にサーフィンに挫折したばかりだったこともあり、じゃあ暖かい土地に旅行に行こうという話に決まった。
私から旅行券を受け取ると、「手配はすべて僕がさせていただきます」と彼はチケットやホテルをすべて予約した。

沖縄のある離島に行ったのだが、いざ着くと、彼はサーフィンをするどころか毎日砂浜でゴロゴロして、いっこうに教えてくれようとしない。
そもそも穏やかなビーチで、サーフィンをするような場所でもない。
なんだこいつと思ったが、まあそれでも旅先で年下の人間とケンカはしたくなかったので、なんとか穏便に日程を終え、羽田空港に戻った。

まだデジカメなどのない、フィルムで撮るカメラの時代である。
荷物カウンターで銘々の荷物をピックアップし、これでもう会うこともないだろうしサヨウナラという時になって、彼は急に礼儀正しく旅行に連れて行ってもらった礼を述べた。
そして、大学の後輩に写真部がいるので、せめてもの御礼に旅で撮った写真をすべて、現像して焼いてお届けすると申し出てきた。
私は大人げなく苛立っていた自分を反省し、それじゃあお言葉に甘えてと、ケースに入ったフィルムを全部渡し、この学生と別れた。

ところが2週間待っても連絡がない。
それで聞いていた番号に電話をしてみた。
ここで、奇妙なことが発覚した。
電話に出た相手は、たしかに聞いていた名前と同じ人物だったが、私が出会った学生とは別人だったのだ。

混乱する私に、電話の主は申し訳なさそうな声で、お会いして事情を説明すると告げてきた。
成城学園前の駅前のカフェに現れたのは、気弱で温厚そうな若い男だった。
聞けば、あの「学生」は詐欺師で、この温厚そうな彼も被害者だという。
彼の場合は、多額の現金を搾取されていた。

なぜ警察に通報しなかったのかと聞くと、さる大企業の経理部門に就職したばかりで、その自分が金銭トラブルに巻き込まれたことが表沙汰になると、会社の心証を悪くすると案じたというのだ。
けれど、その詐欺師が自分の名前を名乗り、こうして別の人を騙していることが判明した以上、これから警察に行きますと彼は言った。

私は妙な闘志が湧いてきて、この詐欺師を捕まえてやろうと思った。
どうやら詐欺師は自分がカモにした被害者になりすまし、一時期などは被害者の名義で被害者の親を保証人に部屋を借り、ガス水道電気まで契約していたという。
ところが、私が詐欺師から聞いていた自宅住所を訪ねてみると、架空の住所だった。
空港で私からすべてのフィルムを取り上げたのは、証拠を残さないためだったのだろう。

今ごろどこかでほくそ笑んでいると思うと、さらに闘志が湧いた。
ネットのなかった時代とはいえ、私にだってCIA分析官ジャック・ライアンみたいな人脈はあるのだ。
翌日、この詐欺師の本当の住所を突き止めた。ニセの住所から1キロほど離れた集合住宅の1階だった。

さて、どうやってお仕置きをするか。
私は親友の某スポーツ選手に、ちょっと悪い奴を懲らしめたいので手伝ってほしいと頼んだ。
何をすればいいのだと言うので、何もしなくていいから、いつもの生成りのスーツを着て、濃いサングラスをかけて、彼の愛車の高級外車で私を詐欺師の家の前まで送り届けてくれと頼んだ。

次の日、詐欺師の玄関の前に外車を停め、電気メーターが回っていることを確かめてから、私は黙ってドアをノックした。
数秒後、能天気にドアを開けた男は私の顔を見て「あっ」と叫んだ。
しかも、彼の視線の先、つまり私の背後には大きな高級外車が停まり、スーツを着てサングラスをかけた、見るからに常人とは違う体躯の男が無言でこちらを見ている。
詐欺師は真昼間から楽しいことをしていた最中だったのかトランクス1枚で、部屋の奥には怯えて毛布で体を隠す裸の人影が見えた。

さて、いよいよ一世一代の芝居である。
私は詐欺師の心臓がバクバク鳴っているのを確かめてから、無表情に目を覗き込んで、静かな口調で「東京湾に沈んでみるか?」とだけ言った。
詐欺師は即座にパンツ一丁で玄関に土下座をした。
私はそれ以上は何も言わず、そのまま高級外車の後部座席に乗り込んで詐欺師宅をあとにした。

外車の中には普及し始めたばかりの自動車電話があったので、最初の被害者が被害届を出した警察の担当刑事に、「今、例の男がこれこれの住所に在宅しています」とだけ伝えた。
こわもて運転手役をしてくれた親友は、芝居の顛末を聞いて「お前は極悪人だな」と爆笑した。

1時間後、自宅に戻ったところに刑事から「今、逮捕しました」と電話が入った。以前から警察も男の行方を捜していたらしく、さすがに早い。
数日後、また刑事から電話があり、詐欺師が本当は34歳のまったく違う名前の男で、「ずいぶん余罪がありました。ご協力ありがとうございました」と礼を言われた。
私がどうやって男の住所を突き止めたのかなど余計なことを何も聞いてこなかったあたり、渋い刑事さんだなと思った。

2人目の詐欺師。正確には複数犯だったが、これは60代、70代とおぼしき高齢男たちのグループだった。

ある日、私が広報業務を少々手伝っていた知己の中小企業に出向くと、社長や幹部たちがソワソワしている。
取引先からの紹介で、これから「マルタ王国の大使一行が商談に来る」というのである。
今ならすぐにiPhoneでググって、「マルタ共和国」という国は実在しても「マルタ王国」などないことがわかるが、当時はまだ検索などできない時代だった。

ともかく、広報担当者として失礼のないように資料を揃え、大使一行を待った。
やって来たのは、なぜか日本人の数人の高齢男性である。
なにやら立派な紋章の入った名刺には「マルタ王国駐日本特命全権大使」と記されてあった。
会社の人間たちは、初めて出会うタイプの来客に緊張気味である。

男たちは、これまで「大使」殿が面会してきたというさまざまな人たちとの写真を見せ始めた。
幾人もの外国人とのツーショットのほかに、どこかのパーティーで大国の大使と一緒に収まった記念写真や、杉並区にある某宗教団体本部を表敬した際の記念写真などがあった。

この日は何か商談へのうまい話ができたのだろう。
会社の人々は上機嫌で大使一行をお見送りした。
しかし、私は何かおかしいと感じた。

私はまだ30代になったばかりで、仕事のキャリアもたいしたことはなかったが、それでもこれまで取材で出会ってきたそれなりの立場の人々と、決定的に何かが違う。
うまく言えないが、大使閣下の放っている空気感が違うのだ。

それで、今度はジャック・ライアンにではなく、本物の外務省に電話をしてみた。
当時の取材のイロハである。
「マルタ共和国」という国家なら実在するが、「マルタ王国」なる国家は存在しないことが即座に分かった。
しかし社長室には「マルタ王国駐日本特命全権大使」の名刺が残されている。
これでもう、詐欺師確定である。
会社は、危うく詐欺集団のカモにされるところを回避できた。

世の中には、信じられないほど狡い小悪党がいる。
困ったことに、私は何度か引っ越しを繰り返しているうちに、ジャック・ライアンの連絡先を失くしてしまった。

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