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【朗読台本】青い舞台は波打ち際で

 推定朗読時間5分。
 利用規約は本文末尾をご覧ください。

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 片手にはがき、片手に缶ビール。
 どうしようもない俺は浜辺に座って、あまりに眩しい夕日から目を逸らす。
 海岸沿いの道には俺の母校の制服を着た学生たち。はしゃぐ声は甲高い。
 自転車を押しながら歩いている学生がヘルメットをかぶっている。そういえば、着用が義務付けされたとどこかで聞いた。
 俺の時代にそんなものはなかった。
 ――ダサいね。
 俺のヘルメットを見て笑ったあいつの声がよみがえる。はがきを強く握りしめた。

 俺の母校には演劇部があった。部活への入部が強制だった我が母校。顧問にやる気がないのをいいことに、部活をしたくない学生が演劇部に名を連ねた。俺もその一人だった。
 真面目に演劇をしたい奴なんてどこにもいなかった。
 あいつ以外は。
 あいつは舞台俳優を夢見ていた。この田舎でそんなことを言おうものなら鼻で笑われるのは目に見えていた。俺だって馬鹿だと思っていた。
 ある夕暮れ、俺は浜辺であいつを見た。演技の練習をしているのだと一目で分かった。冷やかし目的で近づき、足を止める。
 圧巻だった。あいつはあいつでない人間に姿を変えていた。ただ演じているだけだ。だが、俺には存在そのものが違って見えた。
 ただ、相手のいないその劇は素晴らしい演技に見合わず妙に虚しかった。
 だから、俺はあいつに声をかけた。
 今から考えれば、俺はどうしようもなく素人で邪魔でしかなかったはずだ。だけどあいつは、練習仲間ができたとはしゃいだ。
 俺たちは毎日二人で演じた。部室だけじゃ飽き足らず、下校時刻を過ぎれば浜辺を舞台とした。
 疲れ果てたあいつを俺は自転車の背に載せる。俺は臆病なので、ヘルメットを渡す。
 ――ダサいね。
 あいつは笑った。
 バイクに憧れのあった俺のお気に入りのフルフェイスのヘルメット。俺は口を尖らせた。
 あまりに輝かしい日々だった。

 あいつのせいで演劇に目覚めた俺は高校でも演劇部に入った。大学のサークルでも演じ、小さな劇団にも所属した。
 だけど、俺はあいつにはなれなかった。才能もなければ、センスもない。逃げるように地元に帰ってきた。

 握ったこぶしはいつの間にかほどけていた。
 そこには、某有名劇団の広告はがきがある。主演の欄にはあいつの名前。そして、余白に書かれたメッセージ。
『どうしても君に見てほしい』
 夢を諦めた俺はあいつと連絡を絶った。あいつだってそれを知っているはずだ。
 あまりに残酷じゃないか。
 残ったビールを一気に飲み干す。顔を上げれば、波がきらめく。
 あいつと肩を並べて、幾度となく見た光景。
 俺は立ち上がり、スマホを取り出す。
 電車の時刻と劇場近くの花屋の位置を調べた。

 夢を叶えたあいつに、悔しさを込めた特大の花束を。
 ついでにもう一輪、花を買おう。
 夢を諦めきれない俺に、励ましを込めた一輪の花を。
 
 あの瑞々しい日々の輝きが、再び俺を立ち上がらせる。

【了】

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