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犬について思うこと
すっかり普通の日々。
お正月的な雰囲気というのは結構期間が短い。
ちょうどぴったり3ヶ月前、うちに犬がやってきた。
いわゆる保護犬というやつで、ブリーダーのもとで産まれ、一度はペットショップに行って売れ残ったのか知らないが、繁殖犬としてブリーダーのもとで2度出産をしたらしい。
ブリーディングには出産してよいMAXの匹数があるらしく、それを満たした彼女は用無しになってしまい保護犬シェルターにやってきた。
ことの始まりは夏休みのタイ旅行。
郊外の謎しかない宿を取ってみた。
専用プール付きのヴィラで広いのに何故か安い、安過ぎる。
写真を見る限りかなり良い感じ。
比較検討したもうひとつの宿の半値である。
なのでそこにした。
グラブタクシーで住所を入力してそこに行ってみると、何故かゲーテッドの高級別荘地に着いた。
違うなぁ、そう思っていたら小さなホテルの看板を見つけた。
豪華な一軒家が並ぶ同じ敷地にその宿が何故かあり、宿泊客は私たちだけだった。
まあそれはどうでもよくて、家族は基本宿から出ないので毎日プールで遊んでいた。
私はどこでも散策したいタイプなのでそこら辺をウロウロしていた。
すると子犬もウロウロしていた。
可愛い、もの凄く。
そこはバックヤード的な掘立て小屋があって、部屋のお掃除なんかをするスタッフのおばさんが私に、言葉はあまり通じないのだけど私の犬なのよ、みたいなことを言った。
その子犬と触れ合い、動物好きな娘に見せてあげたいと思い、この子をプールに連れて行っていい?とおばさんに言って了承を貰ったので私は子犬を抱っこして家族のもとに行った。
娘は大喜びして虜になった。
その宿には5泊したのだけど、目的が完全にその犬になっていた。
おばさんは家から子犬を連れて出勤してるらしい。
子犬はガール、そして名前はトンクワン。
宿は諸々酷かったのだけど。トンクワンがその全てをカバーした。
帰国する朝、すぐ掘立て小屋に行って、おばさんたちとトンクワンにお別れを言ってプレゼントを渡した。
そんなことがあり、娘が犬を飼いたいと言い出した。夫は賛成している。
2人でこそこそとシェルターに通い始めた。
そしていま私のすぐ横で寝ている犬に決めてうちで引き取ることになった。
娘が産まれてから2回ハムスターを飼った。
寿命は約2年、2匹ともそれ以上に生きてくれたが、やはり死んでしまうのが辛かったので私は複雑だった。
2匹のハムスターの名前が「ポンプ」と「ポン太郎」だったのでその犬の名前は「ポンクワン」になった。
何故か彼女は娘がヤキモチを焼くほど私に異様に懐いている。
どこに行くにもついてくるし、初日から当然のように私のベッドで一緒に寝ている。
なんだか娘が赤ちゃんの頃のようだ。
ハイハイをしている時はどこにでもついてきたし全く同じ。
17年前、実兄のもとに子供が産まれた。
私はその時なんとも言えない気持ちになった。
もし今後、この子が悲しんだり絶望したり苦しい思いをしたら絶対に嫌だ、この命を懸けてでもそうはさせまい、そう強く思った。
生まれて初めて血の繋がった赤ちゃん。
それから兄にもう2人子が産まれて、私も子供を産んだが、あれほどの気持ちにはならなかった。
ある日2度出産をしたポンクワンに、同じトイプードルが授乳している動画を見せてみた。
すると、キューキュー鳴き始め、画面をペロペロと舐め、画面の裏側を何度も何度も確認していた。
そうか、ごめんね、本当にごめんね。
彼女は出産したものの、その子供たちはペットショップに売るためにすぐ取り上げられたんだ。
それを見た時、17年前の気持ちが蘇った。
彼女を大事にしよう、改めてそう誓った。
また話が飛ぶが、実母が私を出産した時、同部屋だった女性が産後すぐ、病院の電話で誰かと喋りながらひたすら泣きじゃくっていたと。
おそらく、産んだ子供を手放さなくてはならない事情が有ったのだろう。
母の人生もそこそこ壮絶だが、産んだ子供と一緒にいられる幸せ、それは確実にあった。
赤ん坊の私と入水心中しようとした瞬間、もしかしたら電話の彼女が頭をよぎったかもしれない。
一般的な飼い犬は早い段階で去勢手術をする事が多い。
ポンクワンは2度出産しているのでよその犬と比べて乳首が3倍くらい大きい。
散歩中たまたま会った近所の人はその乳首を見て
「人間のせいでごめんね」と半泣きだった。
今日の昼下がり。
歩道を歩く彼女と私。
椿がようやく散り始め、素朴な土色の上に派手な色の花びらがいっぱい。
これから10年以上、彼女と私は季節を感じながらこうやって毎日外を歩くのだろう。
当たり前のことがすごく幸福で平和。
きっと私が死ぬときこの瞬間たちを思い出すのだろう。
うちにきてくれてありがとう。
終わり