マッサゲタイの戦女王 刊行記念エッセイ第四回 愛の誓いに飲み交わすペルシア風「赤ワインミルク」
おおおぐえぇぇ~という叫び声が聞こえてきそうな。
文明の発祥と共にすでにその製造法がシュメールの昔から記録されているワインですが。
現在わたしたちが飲んでいるものとは随分違うものでした。
発酵技術がそれほど進んでないので、糖度の高い甘~い、低発酵果汁ドリンクで、そのままでは飲めないどろっとした代物だったようです。
だから、水やミルクで割らないと飲めませんでした。
古代のワインとはちょっと酸っぱみのある濃縮ぶどうジュースなわけで、ミルクと混ぜるっていうことは、日本人には銭湯や温泉でおなじみの「フルーツ牛乳」と似たようなものではないかと推察。それに安全な水の手に入りにくい乾燥地帯では、山羊や牛の乳が重要な水分の供給源だったのかもです。
それなら「ぐええぇ」じゃないですね。
ペルシア的に「ワインとミルク」は「男と女」も意味したそうです。
赤と白が混ざってピンクになる。
異質なものが混ざり合って、調和する(?)
枕元に並べて、ふたりで飲み交わす愛の儀式でもありました。
「ミルク」としたのは「牛乳」ではなかった可能性もあるからです。
ねたを拾ってきた文献は英文で「MILK/乳」としか書いてないんですよ。
何の「乳」?
このころの放牧は牛よりも羊や山羊が主流だったはずですから、たぶん、山羊の乳。
山羊の乳は人間の母乳と成分が一番近いので、牛乳のようにアレルギーやラクトース不耐症も起こさないので、そのまま飲めるとか。近代までお乳のでないお母さんが赤ちゃんにあげるのは、山羊の乳でした。山羊は過酷な地形や気候にも適応できますし、遊牧民には牛よりも重宝されていたんではないでしょうか。
この赤ワインミルク、牧場を経営する友人宅で試飲することができました。山羊の乳を絞り、赤ワインで割って、女同士で「愛の誓い〜」とキャッキャしながら口の周りをピンク色にして(´∀`)
味の方は……現代の甘味の強くないスッキリ系の赤ワインでしたから、当時の「ワインとミルク」からは程遠いものだろうなぁ。
ワイン発祥の地はそもそもメソポタミアで、少し緯度の高いアナトリアやカッパドキアもまた有名な産地でした。イスラムに征服されるまで、ペルシア人は浴びるようにワインを飲んでいたようです。
もっとも、イスラムの戒律が厳しくなったのは前世紀に入ってからで、アラブもペルシャも、飲酒や女性のラフな服装、男色を匂わせる少年の酒姫など近世まではおおらかにはびこっていた痕跡はあちこちにあるようです。
一方、中央アジアでは飲酒の習慣はなく、マッサゲタイ人の宴会の主役はアルコールではなく大麻(ハシシ)でした。焚き火に大麻の枝や葉っぱを焚べて、煙を吸い込んで酔うのです。
ニュージーランドのネルソン市で、大量に押収した大麻草を焼却処分したことがあるのですが、それと知らずに吸い込んだ近隣の住人が酔ってしまって引き寄せられ、ハッピー気分な人たちが集まって、ちょっとした騒ぎになったそうです。市内で燃やすとか、脇の甘いNZの警察ですね😓
「マッサゲタイの戦女王」には、赤いワインが戦局を左右するくだりがあります。
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