禁忌の匣(パンドラのはこ)
※禁忌の匣(はこ)――弔い怪談『葬歌』ツイキャスイベントで一番目に語った怪談です。時間制限もありましたので、ツイキャスでは詳しく語れませんでした。語りと文章の違いもお楽しみいただけると幸いです。
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一昨年の十一月、柳川(やながわ)さんは亡くなった叔父の家に一人で遺品整理に赴いた。
叔父の家は都心からかなり離れた郊外にある。柳川さんの父の弟という近しい間柄といっても、彼にとって初めて訪れる場所であった。
叔父は骨董品や珍品を集める好事家としてちょっとした有名人ではあったが、偏屈で頑固、おまけに神経質でわがままな面があり、親戚間で面白くないことがあると、すぐにクレームを入れてくる。
経営の才はあったらしく若くして起業し、財を築いた。けれども晩年は自身の家財を投じてまで、世界中の呪術で使う道具や札などを集めていたため、大半の親戚は気味が悪いとますます寄り付かなくなっていたのだ。
柳川さんの父も、そのなかの一人であった。『血を分けた兄弟だけど、何を考えているのかさっぱり分からない』と叔父が話題にのぼるたび、そうぼやいていたそうだ。
柳川さん自身は叔父に対して悪い感情を抱いてはいなかったが、まともに会ったことは幼少の頃しかなく、“普通の人よりも多少変わった人物”という程度の認識しかなかった。
変人で通っていた叔父は生涯独身であったため、四十九日の法要のあと親戚一同、話し合いの場が設けられた。
相続の件もあったが、問題は遺品整理である。
柳川さんの父親も含めて、皆、あの家に上がることに二の足を踏んでいた。集めた骨董品のなかには高値がつく物もあるかもしれないが、使用済みの魔道具などがあっては堪らない。
皆が皆、こんなにも怯えるのには訳がある。叔父は孤独死であった。検視の結果は脳梗塞による死亡と診断されたが、不気味なモノを集めていたせいで祟りか仏罰が下ったのではないかと、ささやかれていたからだ。
「業者に頼んで、全て処分してもらった方がいいんじゃないか」一人がそう言いだすと、全員同意しはじめた。
そこに待ったをかけたのが、柳川さんである。
業者に頼むぐらいなら、自分が行くと名乗りを上げたのだ。そのときの彼は投資で大損し、資金繰りに困っていた。骨董品の価値を見分ける知識はなかったが、たくさん持ち帰れば何点かは高価で買い取りをしてくれるかもしれない。
事情を知っていた柳川さんの父親はそれなら仕方ないと、渋々了承を出した。
軽トラックを運転し昼過ぎに辿り着いてみると、叔父の家は噂通りの大きな古民家であった。築八十年を超える堂々たる数寄屋造りの古民家は、手入れの行き届いた竹林に囲まれ、何ともいえない趣(おもむき)がある。
柳川さんはこれなら期待できると胸を躍らせ、急いで部屋に上がった。
叔父は亡くなってから数週間後に発見されたらしい。
嫌な匂いが染みついているだろうと、マスクを持参したが不要だった。部屋は想像以上に綺麗で快適であったのだ。
そして親戚から聞いていた通り、叔父は骨董品の数々を蔵にしまわず各部屋に飾っていた。
薄暗い部屋の中でぼんやりと浮かび上がる壺、掛け軸、飾り皿、壁にかけてある絵画まで高級そうであった。
興奮した柳川さんはまず光を入れるために、一番手前の部屋の窓を開け、その部屋から物色していった。
この数を運ぶなら、軽トラ一台では足りないな。
そんなことを考えていると、妙な音が聞こえてきた。最初は風が吹き竹林が揺れているのかとも思ったが、どこか違う。
笹の葉がもみ合うように揺れていれば、さらさらといった音であるはずだ。けれども聞こえてくるのは、カタカタカタという人が出すような音であった。
もしかすると、空き巣かもしれない……。
好事家で有名なこの家の主が亡くなったと聞きつけた輩(やから)が、泥棒に入ってもおかしくはない。
柳川さんがそろりそろりと足音を忍ばせていってみると、音が出ている部屋は床の間であった。
だが、障子を静かに開けて覗いてみても誰もいない。それなのに音は鳴り続けている。
仄暗い部屋の様子に不気味さを感じた彼は、勢いよく縁側に続く窓を開け、光をいれた。
鳴っている、正確にいうとカタカタと音を出し揺れていたのは、化粧柱のとなりに備えつけられた箪笥であった。内側から誰かがノックしているかのように観音扉が揺れているのだ。
彼は勇気を出し、観音扉を開けてみた。中には木製の大きな箱が入っていた。
その箱が止まることなく、カタカタと揺れているのだ。そして木箱は荒縄で厳重に縛られており、梵字のような文字で書かれたお札まで貼られていた。
通常であればここで止めるべきだと判断できるが、興奮状態にあった彼の好奇心はおさえられなかった。
毒を食らわば皿までと、一気に開けてしまったのだ。
箱の中には誰のものか分からない位牌が、びっしりと詰まっていた。
恐る恐る取り出してみると、日本の物だけではなく中国語で書かれた位牌も入っていたという。
何だ、これは。思考がついていかない――。
それらを呆然と見ていた柳川さんであったが、ハッとあることに気がつき、その場から全速力で逃げ出した。
揺れていた箱が、止まっていたのだ。
揺れは箱を開けたと同時か、自然に止まったのかは分からない。けれども、そのことに気づいた瞬間、柳川さんは恐怖に怯えたのだ。
何だこれ、何なんだ一体。
とにかく一刻も早くここから離れようと、一直線に玄関に向かった。
「うそぉ」
弱弱しい声を出した彼は、その場にへたり込みそうになった。
玄関のドアには血のような真っ赤な色の文字で
デ レ タ
と、書かれていたのだ。
どうやってあの家から飛び出したかは、よく覚えていない。
軽トラックを走らせている際、開けてはいけない箱を開けてしまった、何か良くないモノを出してしまったと、彼はずっと考えていたそうだ。
「父から後で聞いたんですけど叔父さん、あの床の間で亡くなっていたそうなんです。あの例の箱と関係あると思うんです」
柳川さんとの取材は、二〇二〇年の十二月のはじめにおこなった。
彼の叔父の死とくだんの木箱の関係性を整理しようと、書き留めたノートを読み返していると、柳川さんはポツリと呟いた。
「コロナが流行った原因は、僕のせいです」
あまりにも壮大なことを言われ、私は目が点になってしまった。
「だって、武漢でコロナが流行り出したのは、二〇一九年の十二月って言われてるでしょう。ちょうど合うんですよ、あの箱を開けたあとですから……絶対、僕のせいなんですよ! ……それに叔父は多分、あの箱の危険性に気が付いて処分しようとしたから、呪われて死んだんじゃないかって……」
頭を抱えながら青い顔で話してくれた彼は、そう確信しているようであった。