菊とギロチン
昨日、5月12日(日)16時から、京大西部講堂で開催の「菊とギロチン」を観に行ってきました。
西部講堂の受付では、受付するスタッフの後ろで瀬々監督がばくばくお弁当を食べていました。
広くて時代を感じさせる講堂の中は、ステージにスクリーン、前方にパイプ椅子が並べられ、真ん中に桟敷席、その後ろに木製ベンチで、われわれはベンチに腰掛けました。
実際に存在したアナーキストの「ギロチン社」と、これも実在した「女相撲」を組み合わせてのフィクションだそうで、世相、思想、きれいごとや白黒では割り切れないひとびとのありよう、思いなどが描かれている映画です。スクリーンが遠かったのと画質のせいか、映画館よりぼんやりしていたのもまあ味としようか、連れは音響の悪さにご不満の様子でしたが(「でも、爆発音はよかった」)、たのしく鑑賞しました。
上映会終了後には、監督はじめプロデューサーや美術、書家の方などのトークがあり、背後事情や制作側の思いを知ることができて、とてもよかったです。美術担当の馬場正男さんという方が「羅生門」その他有名映画の数々にかかわってきたというすごい方で、「江戸時代の舞台は簡単なんですよ。明治、大正、昭和は難しい。知ってるひとがいるから。間違いのないようにしたつもりです」ってのがかっこよかった。
実は、「菊とギロチン」を観るのは2回目です。
1回目は、公開直後に映画館で観ました。
そのときは、監督と主演女優さんのトークで、それも興味深かったです。
2回目の今回は、前回の記憶をあらたにしつつ、内容がわかっているからこそ理解できる部分もあったりして楽しめました。
映画は好きだけれど、邦画はこれまであまり観ることがありませんでした。もう、20年ちかくも通っているバー、「Jazz in ろくでなし」のマスター、横田さんが昔、映画監督若松孝二のもとで助監督をやっていた縁で、ジャズや音楽関係者だけでなく、映画監督、俳優等芸術美術関係者がよくお店には出入りして、またその情報もやってくる流れなどから、いわゆる単館系の映画をぽちぽち観るようになりました。瀬々監督もピンク映画からキャリアをはじめられたそうですが、いまだにピンク映画界でご健在の、佐藤寿保監督と「ろくでなし」でお会いして一緒に飲んで、「明日十三で監督トークつきの上映会がある」ときいてのこのこでかけて観たら、エロいだけではなく、奥深さや、なにか思想のようなものも感じられてこりゃおもしろいな、と思い、以来佐藤監督作品は機会があると見にいくようにしています。
昨年の1月、いつもの「ろくでなし」でご機嫌に飲んでおりましたら、映画「ヘヴンズ ストーリー」を自分のギャラリーで上映するからと、ちらしを持ってやってきたひとがいました。4時間38分もの長編ということで、お尻が痛そうだな、集中力もたなさそう、と思いつつ、興味をひかれ、監督とも、ギャラリーのひととも長いつきあいだという横田さんと行くことにしました。
「ヘヴンズ ストーリー」は「光市母子殺害事件」に題材をとり、9章に章立てされていて、それぞれの章がからみあっている、一言では語れない衝撃的な物語です。そのときの上映会では、長い映画だからと、普段パイプ椅子を使っているところを座椅子仕様にしてくれており、また途中、休憩もありましたので、恐れていたほど、というより長期戦感はまったくなく、見終えました。
上映前には監督と、長年の友人であるというギャラリーのプロデューサー(「ろくでなし」にちらしを持ってきた人)のトークがあり、巧みなトークでネタバレはないものの、随所随所で映画をたのしむヒントも与えられたりして、それも映画を長く感じなかった要素のひとつだったかもしれません。
上映後は監督を囲んでの打ち上げ、10人前後で3次会まで行ったのですが、1次会でひとりひとり、自己紹介することになり、ほかのひとは「こういう仕事をしています」「こういうことに関わっています」というような、真面目な活動歴を伝える自己紹介だったのに、わたしだけ「ろくでなしの常連の、マリです」とやったもので、監督が噴出していたのをよく覚えています。監督は覚えてないだろうけれど。