だから仲間なのか、と思った話
ちょっと前というのが、3日前なのか1年前なのかわからないけど。
日本語のうまくない外国人を面白がるTV番組が炎上していた。イタリア語のうまくない外国人としてイタリアで生活しているので、こう言うのを見ると心が折れる。
で、それにつながるか繋がらないかわからないけど。
文章に言い訳が多いのが気になる。ごめんなさいから始まる文章。許してねプロフィール。
「初心者なので間違っていたらすみません」いや、全然間違ってていいんだけど、誰に目配せしているんだろう。
何が間違いかわかってるなら、それを正せるけど、間違いがどこなのかわからないから仕方ないじゃん。と思うのだ。
自分への心理的ハードルを下げるためなんだろうけど。それをあまりにもたくさん見るので「おおっ」って思う。なんでだろう?
で、その間違えダメ!絶対ダメ!が一歩 先に進んで。
今度は「ここ間違ってるよ」とか、「他の方法はどうですか?」とかが言いにくい。言われたことをスムーズにこなせてこその立派な大人だ!みたいなの。病気だったり、子どもいたらできないあれ。ましてや日本語が不自由だったら。
最近、仲間とか友だちとかが流行ってるのって、自分の言いたいことを言える範囲が狭くなってるからなのかもしれない。言えるのが友だちしかいない。
単純に「こっちはどうですか?」という提案がしにくい。
お互いに気軽に。「あ、間違えた」「そここうだよ」っていうやりとりがしにくい。一言指摘するのにものすごく気を遣う。だから、言わなく(いえなく)なる。
ものすごく調べたって、間違える時は間違える。間違えたら直せばいいだけなのに。完璧じゃないとダメだし、出したものは完璧であるべき論。きっつ。
おわり
追記 一晩寝て考えた。世界中を友達にしたらいいのかもね。小さくまとまることを考えず。難易度上がった!
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