再会の恋
8月も中旬になり、日差しがきつくなってきた。昨日からニュースでは熱中症に注意しましょうと繰り返し流れていた。
首回りに巻いたタオルでひろしは額の汗を拭いた。午前中から街頭アンケートを呼びかけているのだが、この日差しの中で立ち止まる人などいない。日が沈むまで状況は変わらないかもしれない。
「すみません、お時間ありましたら、アンケートのご協力お願いします」
駅前の通りで、次々と通行人に声をかける。頭を下げても、ほとんどの人はこちらを見もしないで通り過ぎていく。犬をあしらうようにしっしと手で払う人や、舌打ちをする人さえいる。暑さが人を攻撃的にするのだろう。
「すみません、お時間ありましたらアンケートへのご協力をおねがいします」
「すみません、アンケートへのご協力・・・」
「急いでるんで」
そっけない返答でも、反応があると安心する。黒髪のロングヘアーが似合う綺麗な女性だった。アンケートを書いてくれるわけでもないのに、「ありがとうございます」と言いたくなる。去っていこうとするその横顔を見て、胸がとくんと高鳴った。涼しい風が甘い匂いに乗って吹き付けてくる。
「・・・みか」
そこにいたのは、三年前まで付き合っていた女性だった。
「ひろし」
みかが振り返って、立ち止まった。付き合っていた頃より髪が伸びて、ずっと綺麗になったようだ。その顔に困惑の色がなくてホッとする。
「どうしたんだよ、こんなところで。引っ越したんじゃ、なかったのか」
「今日は、買い物に。ひろしこそ、ここで何やってんの?」
「俺はバイト。アンケートのバイト」
午前から一枚も減っていないアンケート用紙を振って見せた。格好悪い再会で苦笑する。手のひらにかいた汗が用紙にシミを作った。
「そっか、まだ役者になる夢、諦めてないんだね」
みかが右肩にかけたトートバッグの紐を握った。三年前みかに振られたのは、ひろしが役者になる夢を捨てられなくて、将来が見えないからだと言った。必ず売れて見返してやる、とひろしは思ったけれど、三年前から状況は変わっていない。
「うん。ごめん。もう、三年ぶりか」
綺麗になったな、という言葉を飲み込んだ。もう付き合っているわけではない男から褒められても嬉しくはないだろう。みかが前髪を触ってから笑った。付き合っていた頃と変わらない、柔らかな笑顔だった。
「ね、アンケート協力してあげるわよ。減ってないんでしょ、それ」
「ありがとう」
アンケートを持ち直して、ボールペンをノックした。一人目のアンケートで、少し緊張する。
「えー、20代女性の恋愛事情の調査です。Q1、あなたにはいま恋人がいますか?」
「いいえ」
いいえに丸をつける。恋人、いないのか。
「Q2、いいえと答えた方に質問です。それはなぜですか?」
質問を読み上げてから赤面しそうになる。ひろしの心を代弁するような質問だ。
「昔好きだった人が忘れられなくて」
胸がまたとくんと高鳴る。好きだった人が忘れられなくて。アンケートに丁寧に書き込んだ。心拍が早くなり、文字が細かく震えている。Q3の質問は、恋人に求めるものだ。外見・性格・経済力・将来性・趣味などの選択肢がある。
「Q3、好きだった人は、どんな人でしたか?」
「三年前に付き合っていた夢追い人です」
少し意地悪な声でみかが答えた。その瞬間、強い風が吹き、数枚のアンケートが飛んで行った。そのうちの一枚が、スーツ姿の男性に当たる。胸の高鳴りはもう、止められなかった。
「今でもその人のことは、好きですか?」
「ずるいよ」
トートバッグを両手で持ち直したみかがはにかんだ。その表情が懐かしくて、心は付き合っていた頃に一気に引き戻された。
「俺は。俺はずっと、あなたが好きです」
唾を飲み込む。みかの目線が横にそれた。頬が赤らんでいるようだった。
「・・私も」
イエス、フォーリンラブ。
心の中でガッツポーズをして、ひろしは叫んだ。
・・・
現在TVerで配信中の「バーチャルコント」内でのフォーリンラブのコントがとても面白かったので、文章化しました。よろしければこちらも見てみてください。