AI新法
朝食のコーヒーを淹れていた時、竹中から入電があった。
「会長、今すぐテレビつけろ」
電話を取るなり竹中はそう叫んだ。そのだみ声に思わず受話器を耳から離す。穏やかな気持ちに小さな波が立った。
「なんだよいきなり」
小さくため息をついてからテレビをつけると、青をベースとしたスタジオの中で、女性アナウンサーが原稿を読み上げていた。テロップには「AI新法採択」の文字。
「通っちまったんだよ、AI新法」
情けなく狼狽える竹中に動揺した。まだまだ人力での仕事が必要な世の中で、こんな一方的な法律が施行されてしまうなんて。頭の中で、何かのスイッチが切り替わる音がした。
「それで、みんなは」
労働組合の会長として、組合員の動向を探る必要があった。こういう時こそ一致団結して、新法採択の撤回を求めないといけない。この騒動を看過しては、我々人間の仕事はすべてAIに奪われてしまう。
「わかんねえよ、何したってもう終わりだよ」
竹中は労働組合副会長のくせに弱腰だ。副会長が頼りないからこんなふざけた法案が通る。
「うるさい。反対運動だ、人を集めろ」
一喝すると、竹中はわかったよと小さく言い電話を切った。
労働組合の人数は少なくない。ふざけた法案を通した国会前に大集団で集まった。太陽は眩しく、全身が熱を帯びていた。
「行くぞ」
労働組合の会長として掛け声を上げると、皆が腕を振り上げた。たくさんこ唾飛沫がきらりと光る。
「AI新法反対!俺たちから仕事を奪うな」
「そうだ!反対!」
「仕事を!奪うな!」
「AIを!信じるな!」
同じ文言を繰り返すたびにどんどん声が揃っていく。体はどんどん熱くなっていく。
カメラクルーも大勢駆けつけていた。この問題への国民の関心度が窺える。レポーターが私たちの反対運動を背景に何事かを訴えているのが見えた。
そうだ。我々から仕事を奪うなんてあってはいけない。労働は国民の義務ではないか。人間としての義務を奪われて黙っていられるものか。
竹中も今日ばかりは勇ましい顔でプラカードを掲げていた。AI反対の文字が青空の下で眩しい。全員で強い気持ちを持たなくては、この戦いには勝てない。敗北は、AIに仕事を全て奪われることを意味する。
国会前での反対運動は夜になるまで続いた。
三日後。
ついに私たちの願いは叶った。AI新法の一部見直しが決まったのだ。
国会前での万歳三唱の中心に私はいた。気持ちのいい勝利だった。
「万歳!万歳!」
そこにレポーターがマイクを向けてくる。
「AI新法の一部見直し、おめでとうございます。連日の反対運動が実りましたね」
まだまだ若いレポーターは顔を上気させていた。
「はい。ですがまだ一部見直しまでしか決まっておりません。新法の否決まで粘り強く交渉を続けたいと思います」
はやる気持ちを抑え、表情を締め直す。まだ満足のいく結果ではないことをカメラに印象づけた。こんなところで緩んでは労働組合会長の名が廃る。
「では、今後の目標は?」
再度こちらに向いたマイクに向かって、テレビの前の視聴者に私の勇敢さが伝わるように力強く応えた。
「ここからどんどんAI新法の改変を訴え続け、最終的にはベルトコンベアでの流れ作業を人間側の労働に取り戻したいと思っています」
集団が歓声を上げて拍手し、竹中が「いよっ!会長!」と盛り上げた。