シャミカト小説(タイトル未定)_20200528
出て来なければいいと思っていた。
だが、きっと彼女は出てくる。
「アタシはレア様の剣だ」
雷霆を手に笑うカトリーヌの声が蘇る。シャミアには到底理解できなかったが、大司教に騎士として自身の全てを捧げようとする彼女の瞳は誇りに溢れ、眩しかった。
王都フェルディアに展開するセイロス騎士団のメンバーの中にカトリーヌの名を見つけた際には、やはり、としか思わなかった。
大司教自らが戦場に立つ中、彼女が出てこないはずがない。
相棒以上の関係にと望んだ相手を、きっとここで失うことになる。
教団が街中に火を放ったとの報告が上がり、帝国軍は怒りに震えた。
「なりふり構っていられないというわけですな」
ヒューベルトの言葉にエーベルガルトは苦々しげに頷いた。
「多少の犠牲は仕方がないと思っていた。でも、人々にあえて犠牲を強いるやり方は気に入らないわね」
まして、街に暮らす多くはセイロス教の信者だ。その人々を守るどころか傷つけようとする教団のどこに正義があるというのか。
街に火を付けているのはセイロス騎士団らしい。
ここに至って、彼らとは完全に訣別することになる。
この蛮行はおそらく大司教の指示によるものだろう。騎士団の全てが加わったのだろうか。
シャミアは元相棒の動向を探り、ほどなく居場所を突き止めた。やはり大司教の指示に従いはしていたが、彼女の部隊が火を付けたのは街の外れ、風下で、すでに住民たちは逃げ出した後のようだった。
苦渋の選択だったのだろう、それを思うと心が痛かった。
快活、豪放。
カトリーヌにはそういう言葉がよく似合う。自らに恥じることなく正義を貫こうとする彼女にこのような真似をさせる存在に腹を立てた。
「よ、元相棒。久しぶりだな」
帝国軍を待ち受けるカトリーヌを見つけると、シャミアは不用意とも思える気安さでかつての相棒に近付いた。
「シャミアか。また会えて良かったよ。五年ぶりか」
人懐こい笑みを浮かべてカトリーヌが応える。
「顔色が悪いね。夜はちゃんと寝られているのかい」
「……昨夜は昔の傷が突然痛みだしてあまり寝られなかった。お前の方こそ顔色が悪い。どうかしたか?」
戦場での高揚感で、いつもは紅潮しているはずのカトリーヌの顔には疲労の色が強く影を落としていた。
「アタシも寝不足さ。久し振りにアンタに会えるかもと思うと、興奮してなかなか寝付けなかったよ」
「そうか」
シャミアは手にした弓を握りなおした。
カトリーヌの雷霆が淡く光を放つのが見えた。
弓兵は耳が良い。耳だけではない、視力や気配を探る能力にも優れる。
より遠くの敵を見つけ、また、より遠い敵の攻撃から味方を護らねばならない。
「前だ、来るぞ!」
「任せな!」
前方に刃の輝きを認めて続けざまに二矢を放った。敵の弓兵が二人、剣士が一人。矢は二人の弓兵に命中したはずだ。カトリーヌならば、そこいらの剣士相手に後れをとることはないだろう。
シャミアは即座に左の敵に向かう。こちらにも同数の敵がいるはずだったが、一旦は捕捉した敵を、前方の敵に注意を向けたために見失った。
「……チッ!」
三人の敵のうち、弓兵の一人の位置は捕捉したが、もう一人の弓兵と剣士がどこにいるかが掴めない。
シャミア自身も移動しつつ、捕捉できた弓兵に向けて矢を放った瞬間、死角から射られた矢が左上腕に刺さった。衝撃で吹き飛ばされ、たまらず弓を取り落とす。
「う、あ……!」
すかさず近付き、剣を振りかぶった敵兵に向かって辛うじて投げつけた短刀は、狙いは正確だったものの威力が足りず、容易く弾かれた。
「シャミア!」
戻ってきたカトリーヌが駆け寄り、敵を斬り捨てる。
「まだ弓兵がいる、気を付けろ!」
その声を受けてカトリーヌが辺りを探り、岩陰からこちらを窺っていた弓兵を見つけ出し、斬った。
シャミアは左腕の矢を引き抜こうとしたが、痛みで力が入らない。気持ちだけが焦る。
「抜かない方がいいんじゃないのか」
「いや、抜いてくれ。頼む」
脂汗を浮かべ苦痛に耐えながら、戻ってきたカトリーヌに頼んだ。
「急いでくれ、早く!」
「分かった、少し我慢してくれよ」
矢が刺さった少し上を布できつく縛りつける。
さして長くない矢を掴むとカトリーヌは一気に引き抜いた。
「うあぁっ……!」
「もう大丈夫だ……思ったほど血は出ないもんだね」
「そうだな」
矢が血止めの役割を果たし、引き抜いた際に大量に出血することがあり、矢を受けても抜かない方が良いことが多い。だが、この位置であれば出血はさほどではないことを、これまでの自他の経験で理解していた。むしろ、できる限り早く引き抜くべきだった。筋肉が硬直し、鏃が取り出せなくなる恐れがある。
矢を引き抜いた際に肉が抉れ、激痛に呻いた。
カトリーヌは傷口に畳んだハンカチを当て、上から別の布できつく縛った。布はすぐに赤く染まったが、それ以上流れ出すことはなかった。
「すまん、助かった」
ありがとう、と最後まで言えたかどうか分からないうちに、シャミアは気を失った。
傷の痛みに目を覚ました。自身がどこにいるのかを一瞬見失ったが、すぐさま理解する。
大修道院にある医務室だろう。
「やっと気付いたか。調子はどうだい」
心底ほっとしたようにカトリーヌが尋ねた。
「最悪の気分だ」
「その様子だと大丈夫みたいだな」
鎧こそ脱いではいるが、カトリーヌの服装は先ほどまでと変わらないようだ。
「……さっき……」
「何だい?」
つい口に出してしまったらしい。
「私はどれくらい寝ていた」
「丸一日だよ」
「そうか」
修道院まであと半日というところだったはずだ。恐らくそこから彼女に連れ帰られてきたのだろう。
腕の傷には包帯が巻かれてあり、気を失っている間に改めて治療を施されたようだ。
「目が覚めたのね。気分はいかが」
カトリーヌと同じようなことを言いながらマヌエラが顔を出した。
「最悪だ」
こちらにもカトリーヌに対して同じように答えると、彼女は笑った。
「矢を受けたんだもの、当然ね」
横になったシャミアの傍らに立ち、傷ついた腕にそっと触れる。
「骨に異常はないと思うのだけど、どう?」
「そうだな。痛みはあるが、多分骨は大丈夫だと思う」
「良かったわ。最初の手当てが良かったのね」
隣でカトリーヌが自慢げに鼻を鳴らしてみせた。
「安心しろ、お前が怪我をした時には私が完璧に手当してやる」
「張り合うなよ」
カトリーヌは肩をすくめた。
「マヌエラ、部屋に戻って構わないか。薬品の臭いはどうも苦手だ」
仕方がないわね、とマヌエラが頷いた。
「いいわ。あとで様子を見に行くわ」
無事だった右腕をついて起き上がりかけたシャミアは、自身が身につけている下着を見て動きを止めた。
「どうしたんだい」
手を貸そうとしていたカトリーヌが首を傾げる。
「これは、なんだ」
胸元をつまんで問いただす。
「下着だよ。アンタの部屋に取りに行こうかと思ったんだけど、勝手に入るのも悪いと思ってね。アタシのだからちょっと大きいみたいだ」
恐る恐る毛布を上げて確認すると、下穿きも自分のものではなかった。
「どうやって着替えたんだ?」
「アンタは気を失っていたんだから、自分では着替えられなかったろ。アタシが着替えさせたに決まってる」
「下穿きまで替える必要がどこにある!」
「戦いの後だったから、あのままじゃ気持ち悪いと思ってさ」
悪びれることもなくカトリーヌは笑って答えた。
「女同士なんだし、別に気にすることないじゃないか」
「私が気にする!」
「分かった分かった。じゃ、今度私の裸も見せてやるからさ」
「そんなことを言っているんじゃない!」
めんどくさいやつだな、とカトリーヌが笑う。
「別に減ったり増えたりする訳じゃなし、気にするな」
横でマヌエラが意外そうな顔でこちらを見ている。
何となくその表情の意味を悟ってシャミアは大きく嘆息した。
「とりあえず、この格好で外には出られないか」
「私のガウンを貸すわよ。気が向いた時に返してくれればいいから」
「ありがとう、助かる」
カトリーヌの手を借りて起き上がり、マヌエラのガウンをまとう。
「抱いていってやろうか」
立ち上がった時、わずかによろけたのを見てカトリーヌが心配げに言った。
「大丈夫だ、何とか歩ける」
シャミア自身よりも余裕がない表情に、微かに笑ってみせる。負傷していない右側から貸してくれる肩に素直に縋った。
学院の生徒たちは授業中らしく、ほとんど人に会うことなく部屋に戻ることができた。
ベッドに腰かけて息をつく。負傷の影響か、これだけで息が切れた。
「アンタの部屋に入るのは初めてだけど、何にもないね」
「一つの場所に留まることがなかったからな。あまり物を持つ習慣がないんだ」
「そんなもんかね」
カトリーヌがこの修道院にやってきて、半年ほどだ。すぐにペアを組むようになったが、互いの部屋を訪ねることはなかった。
「茶でも淹れてやりたいところだが、この腕だからな。今日は諦めてくれ」
「ならアタシが淹れてきてやろうか」
「できるのか」
「アタシを何だと思っているんだ。茶くらい淹れられる。ちょっと待っててくれ、茶葉やカップは勝手に使うよ」
ほどなくカップを二つ手にして、カトリーヌが戻ってきた。
受け取った茶を一口飲んで驚いた。
「うまい」
「だろ?」
椅子に座ったカトリーヌが笑う。
いつもと同じ茶葉だというのに、香りも味も全然違う。
「驚いた」
何でも大雑把な性格をしていると思っていたが、こうも繊細なところを持っているとは思いもしなかった。
「今度淹れ方を教えてやるよ」
「ああ、頼む」
素直に頷いた。
「じゃ、そろそろ戻るよ」
取り留めのない会話をいくらか交わしたが、疲れが見えだしたシャミアを気遣ってカトリーヌは立ち上がった。
「ああ、世話になったな」
「相棒だからね。後で様子を見に来るからさ、ゆっくり休んどきなよ」
カトリーヌが部屋を出るのを目で見送って、一つ息をついた。
明らかに消耗している。少しでも休んで、体力を取り戻さなければならない。
シャミアはそっと目を閉じた。
少し眠っては痛みに目が覚める。浅くて短い眠りと覚醒を何度か繰り返したが、腕の痛みが尋常ではなくなりつつあり、熱も上がってきた。
負傷した腕に触れた感触から、傷口は見えないものの、状態を察した。ひどく化膿しているらしく、傷の周囲からもジクジクと痛みを感じる。
早めに処置する必要があったが、自身で行うだけの気力も体力も今はない。立ち上がってマヌエラの元に行こうかとも思ったが、それすらも苦痛だった。
無理にでも眠り、まずは体力を戻そうとシャミアは目を閉じた。
突然人の気配を感じ、反射的に短刀を構えた。相手の喉元に突き付けた瞬間、それがカトリーヌだと気付いた。
「なんだ、お前か」
「なんだじゃないよ! アンタの方こそどうしたんだ? 何でこんなトコでヘバッてるんだ」
短刀を突き付けられたカトリーヌは両手を肩の高さまで上げたまま、驚いた風に尋ねる。
様子を見にきたところ、シャミアがベッドにおらず、床に座り込んでいたので慌てて駆け寄ったのだと言う。
「別に。見ての通り、寝ていただけだ」
「アンタは床に転がり落ちるほど寝相が悪いのかい」
そのことか、とシャミアは笑った。短刀は既にしまい込んでいる。
「別にどうということはない、いつものことだ。私はいつも床で寝ている」
「はあ?」
「寝ているときは無防備になるからな、ベッドは使わない。部屋の中では壁に背を預けて座って寝ることにしている」
カトリーヌが大きなため息をついた。
「そんなんじゃ休まらないだろ」
「慣れの問題だ。ちゃんと休めている」
しかし、と言いかけたカトリーヌを遮った。
「それよりも、マヌエラのところに連れて行ってくれないか」
「どうした、痛むのか」
「ああ。恐らく化膿している。切開の必要がある」
カトリーヌはシャミアの額に手を当てて、顔をしかめた。
「熱が高い」
「そうだろうな」
だから医務室に、と言うシャミアに、右腕を上げるように告げる。
首を傾げながら従ったシャミアを、カトリーヌは軽々と横抱きに持ち上げた。
「おい、何をする」
「アタシが連れて行く」
「大丈夫だ、歩ける」
「歩けないから、座ったままだったんだろ?」
確かに、その通りだ。言い返せずにシャミアは黙り込んだ。
「暴れんなよ。いくらアンタが軽くても、落としてしまうからな。今のアンタじゃ、受け身も取れないだろ」
カトリーヌの言うことが正しい。シャミアは右腕をカトリーヌの首元に巻きつけた。
「分かった。頼む、連れて行ってくれ」
「任せな」
カトリーヌは笑うと、部屋を出た。
できるだけ人に会わないようにと祈っていたが、授業が終わった生徒達と多くすれ違った。課題出撃に手を貸すことがあり、その技能の高さで生徒達から尊敬の念を向けられることも多く、個別に指導を求められることもある。そんな生徒達の間をカトリーヌに抱きかかえられながら通り過ぎるのは恥ずかしかった。
大修道院については立ち入り可能な場所についてはほとんど知り尽くしている。ほどなく今いる場所が近道でも遠回りでもなく、マヌエラの医務室に向かっていないことに気が付いた。むしろ、こちらは。
「どこへ行くつもりだ」
「アタシの部屋だよ。マヌエラにはコッチに来てもらう」
「何でお前の部屋なんだ。それなら私の部屋でいい」
「使ってもいないベッドで治療をさせられないからだよ。だからアタシの部屋に連れて行く」
「だったら医務室で良い」
「薬品の臭いが苦手なんだろ」
確かにそう言って医務室を出たのだ、何も言い返せずに大人しく運ばれるしかなかった。
カトリーヌは途中ですれ違った学生に声を掛けてついて来させた。青獅子学級の女生徒で、シャミアも面識があった。
「シャミアさん! 大丈夫なんですか」
「大丈夫、大丈夫。何日か休めばすっかり治るよ」
部屋まで来ると、その生徒に扉を開けさせる。そのままシャミアの靴を脱がさせ、毛布を上げさせる。
カトリーヌはシャミアをベッドに横たえた。
「悪いが、マヌエラを呼んできてもらえるか。シャミアの件だと言えば分かるはずだ」
「分かりました」
「ああ、そうだ。もうこっちの部屋に戻ってこなくて大丈夫だからさ、これを持って行きな」
そう言ってテーブルの上にあった小さな包みを持たせる。
「お礼だよ。この間買ったんだ、食べてくれ」
「ありがとうございます!すぐにマヌエラ先生を呼んできますね」
そう言って彼女は半ば走るように部屋を出て行った。
「マメなやつだな」
「これくらいやっておいてもバチは当たらんよ」
やれやれ、とシャミアは部屋の中を見回した。
広さはシャミアの部屋より一回りほど広い。テーブルやイスは同じもののようだが、ベッドは広い。
「それは別に買ったんだ。夜はちゃんと眠らないとな。アタシらは、体が財産だからさ」
広いだけでなく、シーツや毛布の肌触りも良く、質の良いものを丁寧に手入れしているようだった。
興味を覚え軽く周囲を見渡す。
それほど多くの物があるわけではないが、部屋は適度に散らかっていて逆に落ち着けそうだ。さっきの女生徒に渡した菓子もそうだが、部屋にある物はどれも品のある質の良い物だった。
「さすがは貴族の出か」
「何か言ったかい」
「いや、何でもない」
マヌエラが来るまでもう少し掛かるだろう、一旦は寝かしたシャミアを起きあがらせて水を入れたグラスを差し出してきた。
礼を言って受け取ると、一気に飲み干した。熱のせいか、ひどく美味く感じられた。
「もう一杯要るかい」
「ああ、頼む」
このグラスも、意匠はシンプルだが上質なものだ。
野営中には粗末な食事をし、安酒も平気であおってバカ騒ぎに加わったりもするが、きっと彼女の本質はやや活発ではあっても育ちの良い「お嬢さん」なのだろう。
不意に頭をよぎった「お嬢さん」という発想に思わず吹き出してしまった。
「何だよ、人の顔を見て笑うとか、失礼なヤツだな」
「いや、すまん。何でもないんだ」
「終わったよ」
「分かっている」
目元を覆うように隠した右腕を下ろそうとしないシャミアに、カトリーヌがそっと声を掛けた。肘の辺りを掴む。
「シャミア」
「分かっている……みっともない顔を見られたくない」
「何がみっともないのさ」
「……怪我など、これが初めてではないのに、みっともなく泣き喚いた自分が恥ずかしい」
「みっともなくないよ」
すぐ側に腰を下ろす気配がした。
「旨い料理は何度食べでも旨いし、美味い酒は何度飲んでも美味いだろ。怪我なんて何度やってもそのたびに痛いに決まっている」
「だから、この手をどけなよ」
ゆっくりと腕を下ろさせられる。とりあえずは涙の跡ももう見られないだろう。ほつれた髪を梳いて戻そうとする所作は、雷霆を扱う手と同じものとは思えないくらい優しかった。
「すまん」
「貸し一つ、それだけだ。気にすんな」
そう言ってカトリーヌは笑った。
「落ち着いたかしら」
治療に使用していた道具をしまい、手指を洗って戻ってきたマヌエラが尋ねる。
「ありがと、助かったよ」
「夜にまた様子を見にくるけれど、何かあったらすぐに声を掛けてちょうだい」
カトリーヌが頷いた。
「夜はどちらに来れば良いかしら。シャミアの部屋? それともあなたの……」
「アタシの部屋に頼むよ」
私の部屋、というシャミアを遮ってカトリーヌが言った。今のシャミアに言い争うだけの余裕はなく、軽く息を吐いて黙った。
短くはあるが激しい戦闘の末、カトリーヌがその場に崩れる。シャミアが駆け寄った。
「カトリーヌ!」
倒れたカトリーヌの側に跪いた瞬間、喉元に短刀を突き付けられた。
「無防備すぎるよ。アンタらしくもない」
「お前になら、構わないと思った」
「それは光栄だ」
カトリーヌ自身、本気で狙った訳ではないだろう。
「なぁ、シャミア。アタシに免じて、レア様は助けてくれないか」
「それはできない」
シャミアの即答にカトリーヌが微かに笑った。
「今から死んでいくアタシに、嘘の一つも言って安心させてやろうとは思わないのかい」
「……お前に嘘などつけない」
「そっか。さすがは相棒だ」
「元相棒、だ」
「相変わらず、細かいやつだな」
「お前が大雑把すぎるんだ」
かつて何度も繰り返したとりとめのない会話が懐かしく、恋しくて愛しい。
手にしていた短刀を放り出して、カトリーヌは右手を上げた。その指先がシャミアの輪郭にそっと触れた。五年ぶりの、そして恐らく最後の感触にシャミアはわずかに震えた。
「アタシが言えた義理じゃあないけどさ」
震えを気取られぬよう、触れられた手に自らの手を重ねる。
「アンタ、本当に顔色が悪いよ」
「誰のせいだと思っている」
「アタシのせいか。そいつは光栄だね」
そう言ってカトリーヌは笑う。
「新しい相棒を見つけてさ、夜はちゃんと寝なよ」
「断る。もう相棒なんてこりごりだ」
「そいつは悪いことをした。不甲斐ない相棒で悪かったね」
微かに笑うと、カトリーヌは大きく息を吐き、美しい空色の瞳を永遠に閉じた。頬に触れていた手が力を失う。
「……お前は私にとって最高の相棒だ」
それを伝えてやれば良かったのだろうか。
最高で最後の、無二の相棒をシャミアはこの時に失った。
帝国が全土を統一して半年ほどして、シャミアは
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