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【高校生物】新・旧課程の教科書比較

はじめに

2022年度より,高校各教科で新課程に移行した。国語や社会の科目再編成,数学Cの導入など,様々な教科で変更点が行われている。一方,理科については,私が新課程の指導要領を見た限りでは,章立ての変更や追加・削除など,細かい変更点くらいしかないかなぁと楽観していました。

私の勤務する高校では,生物基礎は1年生,生物は理系3年生での履修になるので,まだ新課程生物の授業は行っていないのですが,Twitterで,

「教科書がやばい」「これでは生物が苦手な人が増える」
「ウニの発生が消えた」

ときな臭い情報を色々聞いたので,個人で教科書取次店に注文し,先日 (2023年4月26日) 手元に届きました。

とりあえず一通りみた感想としては…「色々変わった」の一言でした。
いやまぁ旧課程までに慣れ切った頭からしたら慣れてないだけかもしれませんが,生物の教育をしていくうえで,この章立てやコンテンツの変更は,少なからず影響があるのではないかと思いました。

本記事では,生物の新課程教科書と旧課程教科書の比較を,節ごとに行おうと思います。参考にしていただければ幸いです。また,生物基礎については既に1年間教えて内容を把握しているので,それも併せて検討していきます。

また,私は購入した教科書は数研出版ですが,HPに「新旧教科書の目次比較」を載せてくれています。画像を下記に添付しますが,リンクも貼っておくので,よければご覧ください。

新旧教科書の目次比較 (数研出版HPより引用)

本記事における表記の注意点

以下では,新旧課程の内容変更についてまとめるが,各章・各節の構成および名前は,数研出版の教科書を参照している。
また,「旧課程の第1章の第1節」を「旧1-1」のようにまとめることにする。

本題:生物の新旧課程教科書比較:↓ここ↓から大見出しに章,小見出しに節を載せていきます。

第1章 生物の進化

旧課程の第5編「生物の進化と系統」(8章「生命の起源と進化」と9章「生物の系統」) がまとめられたうえに,一番最初に展開することになった。
さらに,旧3章および4章にあった遺伝子 (突然変異,減数分裂,組み換え価) が,本章に導入された。

生物基礎の最初も,進化および系統樹から始まり,生物の共通点が「細胞が構成要素の最小単位である」ことに導き,細胞の話に繋げていく。
これまでは先に細胞の話を展開していたのが,生物基礎のイントロにあたる進化と系統に着目していった形となる。

第1節 生命の起源と生物の進化

旧8-1「生命の起源と初期の生物の変遷」と旧8-2「多細胞生物の変遷」がほぼ合体 (旧8-2にあった「人類の出現と発展」は,新8-6として独立した節に移行)。

旧8-1の内容はほとんど変わっていないが,「多細胞生物の出現」という項目内にある,「全球凍結」という用語が削除された。また,「エディアカラ生物群」という用語はそのままだが,旧8-1の参考「エディアカラ生物群」(図が入ってた) が削除。

旧8-2について,これは非常に大きな変化である。
旧8-2は全16ページで,地質時代の各項目について詳しく書かれているが,新8-1では参考に圧縮され,年表のみ (計2ページ) となった。それに伴い,「示準化石」「示相化石」などの用語や,「大陸移動説」「収束進化」などの参考も削除された。
また,前述のとおり,旧8-2にある「人類の出現と発展」は,新8-6に移動した。旧8-2の内容のうち人類史のみ,本筋のページに載ったことになる。
旧課程と比べ,実質的に10ページ近くの削除である。

第2節 遺伝子の変化と多様性

旧3-2「遺伝情報の発現」にある,「遺伝情報の変化と形質への影響」が移動。遺伝子の突然変異 (置換・挿入・欠失),一塩基多型 (SNP) がそれである。
また,コラムとして「ウイルスの突然変異と感染症の流行」という,SARSコロナウイルスに関連した項目が新規導入された。
さらに,突然変異によって発症する「鎌状赤血球貧血症」について触れているが,突然変異という用語を出す前のイントロの役割を担うようになった (旧課程では,突然変異について触れてから,例として鎌状赤血球貧血症を挙げている)。さらにさらに,フェニルケトン尿症が削除された

新1-2の役割として,進化のしくみ,そして進化により多様な形質が生じる理由を考える,とある。
しかし,本教科書でDNAおよび染色体の構造や複製などについて触れるのは4章 (旧3章) であり,それよりも前に突然変異に触れるのは些か変ではなかろうか。

第3節 遺伝子の組み合わせと変化

旧4-1「遺伝子と染色体」,旧4-2「減数分裂と遺伝情報の分配」,旧4-3「遺伝子の多様な組合せ」が統合され,新課程1章に前倒しされた。

旧4-1について。
染色体の構造が,旧課程では参考だったが,新課程では本筋に入った。
また,対立遺伝子・遺伝子型 (ホモ・ヘテロ)  の説明,参考「人の性染色体に存在する遺伝子」が,旧課程では減数分裂の説明前にされたが,新課程では減数分裂の説明後に配置された。

旧4-2について。
上述のとおり,染色体の説明のあと,すぐに有性生殖および減数分裂の説明がされることになった。
減数分裂の説明,参考「減数分裂とDNA量の変化」は変わらず。

旧4-3について。
遺伝子の連鎖および独立,それに基づく配偶子の組み合わせの説明は,ほぼそのままである。
連鎖について,「ショウジョウバエの交配実験の結果」という図が追加された。いわゆる具体例にあたる。
「二重乗換え」について,旧課程では参考だったが,新課程では注釈にはいった (なので図も削除された)。文章だけでわかるか?
コラム「組換え価と染色体地図の作製」が削除された。実質,染色体地図の削除である。
参考「乗換えと遺伝子の重複」が,旧8-3からここに移動された。えっ,新1-2の突然変異で出す話題では?しかし減数分裂の話題と絡めているので,ここで出さざるを得ないか。

以上,旧課程に比べると煩雑な印象を受ける。
進化というマクロな話を聞いてたら,次はミクロな染色体の話を聞かされ,その後また進化に戻ることになる。

第4節 進化のしくみ

旧8-3「進化のしくみ」の内容である。

旧課程の順番は
1. 突然変異
2. 自然選択 (適応放散,相同器官,共進化)
   →参考に相似器官,工業暗化
3. 遺伝的浮動 (遺伝子頻度,ハーディ・ワインベルグの法則)
4. 隔離と種分化
5. 分子進化と中立説
となっているが,

新課程の順番は,
1. 進化と突然変異 (内容ほぼ変わらず)
2. 集団としての進化 (遺伝子頻度,自然選択,共進化)
   →参考に工業暗化,適応放散,相同・相似器官,収れん (新規追加)
3. 実際の生物集団と進化 (進化の起こる要因,遺伝子頻度の変化)
   →参考にハーディ・ワインベルグの法則
4. 種分化 (隔離含む)
となっている。
分子進化は,この後の5節 (新1-5) に入った。おそらく,系統樹と関連させるため。

恐らく一番大きいのは,ハーディ・ワインベルグの法則の参考行きだろう。
これにより,学校によってはこの計算を扱わない可能性が浮上する。
さすがに入試では扱われると思うが,何故参考にしたのだろうか。

第5節 生物の系統と進化

旧8-3「進化のしくみ」にあった「分子進化と中立説」,そして旧9章「生物の系統」が統合され,ひとつの節になった。

旧9-1「生物の系統」について。
生物の分類 (ドメイン~種),そして二名法について扱うのは変わらず。
次の「進化と系統樹」にて,旧課程で扱われた内容に,前述の分子進化が移動してきた。分子系統樹の作製の仕方も,参考にまとめてある。
しかし,旧課程で本筋に組まれていた中立説が注釈に収まった

旧9-2「生物の多様性」について。
旧課程では,3ドメイン節の後,細菌・古細菌・真核生物に属する生物の細かい情報が詰められていた。26ページ分の分量である。
しかし,新課程ではたった4ページに圧縮された
各生物の図や写真,藻類の光合成色素,植物の生活環,動物の各種について,すべて削除された。非常に大雑把にまとまっている。
膨大な暗記量に悩まされる箇所ではあったが,ここまでくると載せる意味が果たしてあるのだろうか。巻末資料で十分なくらいである。

第6節 人類の系統と進化

旧8-2「多細胞生物の変遷」にあった「人類の出現と発展」が,独立した節として掲載。
使われている図はほぼそのままで,文章はより多くなっている。
また,思考学習として,「雑種DNAから見た霊長類の分子系統樹」という,いかにも共通テストで扱われそうなテーマが扱われた。

第1章の総評

おそらく生物の教科書全体のなかで,最も大きく変化した箇所である。
ほぼ唯一の改良点は,旧課程にあった地質時代の内容や生物の系統といった細かい知識がほぼなくなったことである。受験生物という観点からすれば,必要知識の数が少なくなることは重要だからである。
そして改悪点については,テーマの行ったり来たりが激しすぎて体系的にまとめられていないことである。特に,遺伝子の突然変異や減数分裂を,この章で導入する意義が薄い。遺伝子調節と発生の項目と同時に扱うほうが理解しやすいはずだし,特に減数分裂に関連した交配は説明と理解に時間がかかる。
また,ハーディ・ワインベルグの法則が参考になったのも,影響が大きいだろう。ただでさえ少ない,けど生物学において重要度の高い数学的考察を狭めるのは関心できない。

以上より,授業を行う場合,慎重に計画する必要がある。

第2章 細胞と分子

旧課程第1章「細胞と分子」を再構成したもの。

第1節 生体物質と細胞

旧1-1「生体を構成する物質」と旧1-4「細胞の構造」,そして旧1-5「物質輸送とタンパク質」から「小胞輸送」が統合された。

旧1-1について。
最初にあった「細胞から個体へ」(個体>器官>組織>細胞という階層構造) は削除された。
また,図として,炭水化物と脂質の構造以外に,タンパク質と核酸の構造も追加された。

旧1-4について。
ほとんどそのままだが,旧課程にあった参考「細胞間結合」が削除された。その代わり,コラム「リン脂質と界面活性剤」が追加された。

旧1-5の一部について。
旧課程では「小胞輸送」(エンドサイトーシス・エキソサイトーシス) が本筋に組まれていたが,新課程では参考になった。
また,それに関連したコラム「オートファジー」が追加された。

第2節 タンパク質の構造と性質

旧1-2「タンパク質の構造と性質」が収録。

内容自体はそこまで変わっていないが,最初の図「生命活動にかかわるタンパク質の例」が削除。ミオグロビンのCGモデルはそのまま。

第3節 化学反応にかかわるタンパク質

旧1-3「酵素のはたらき」が収録。

ここも旧課程と大きく変わってはいない。
「酵素による化学反応の促進」という項目が追加し,概念図も掲載された。
酵素の反応条件について,旧課程は「酵素濃度・基質濃度と反応速度」→「外的条件と反応速度 (最適温度,最適pH)」の順番だったが,新課程では順番が逆になった。
アロステリック酵素,参考「競争的阻害」もそのままである。
個人的に,競争的阻害と非競争的阻害 (かつアロステリック酵素) は本筋にまとめるべきだと思うのだが。
また,コラム「進化の視点① 酵素と生物の進化」が追加された。リグニンの話である。

第4節 膜輸送や情報伝達にかかわるタンパク質

旧1-5「物質輸送とタンパク質」と旧1-6「情報伝達・認識とタンパク質」が統合された。

旧1-5について。
浸透圧や膜タンパク質の話はほぼそのままだが,グルコース輸送体が参考になった。
また,「細胞骨格とモータータンパク質」が削除された。細胞骨格については新2-1で扱われているが,まさかのモータータンパク質削除である。なんでぇ!?

旧1-6について。
標的細胞についてと,参考「いろいろな情報伝達」はそのまま。
しかし,「免疫とタンパク質」がだいぶ少なくなった。MHC抗原については触れられているが,それに関する図はなくなった。また,抗体の構造もなくなった。ここらへんは生物基礎の教科書に載ってはいるものの,生物基礎では発展項目である。

参考として,「ホルモンの受容と応答のしくみ」が追加された。ペプチドホルモンによる仕組みである。cAMPといったセカンドメッセンジャーについては触れているが,Gタンパク質の名前はない。
その代わり,旧課程にあった参考「MHC抗原による自己と非自己の識別」「ABO式血液型」が削除された。また,参考「抗体の多様性」は,新3-2に組み込まれた。選択的スプライシングから連想させて説明しているが,果たしてそこに組み込む意義はあるのか??

第2章の総評

第1章も相当荒っぽい内容だったが,第2章も相当である。
特に,モータータンパク質や細胞間結合,ABO式血液型など,生物学における重要項目が教科書から消えたのは大きすぎる。
オートファジーが追加されたのはまだよいが,それでも分泌小胞が本筋ではなく参考扱いなので,扱いがあまりよくないように見える。

第3章 代謝

旧課程第2章「代謝」の内容にあたる。
旧課程では「代謝とエネルギー」「呼吸と発酵」「光合成」「窒素同化」の全4節であったが,そのうち「窒素同化」は新7-4に移行した。
もともと窒素同化だけ少しカテゴリが違う感はあり,試験でも生態系との関連でよく現れるので,そこまで違和感はない。

第1節 代謝とエネルギー

旧2-1「代謝とエネルギー」を基としている。

旧課程も新課程も,この節はページ数が少ないが,代謝とATPについて扱う重要な項目である。
新課程では,それらに加えて,酸化還元反応とNAD+およびNADHも扱っている。これは旧課程2-2の項目から引っ張ってきている。

第2節 呼吸と発酵

旧2-2「呼吸と発酵」を基としている。

前述のとおり,酸化還元反応とNAD+とNADHの話が前節に移ったくらいで,それ以外はほぼ変わりない。
一応,「呼吸基質と呼吸商」について,旧課程では参考だったか,新課程では思考学習になった。

ちなみに,これまで電子伝達系でつくられるATP量は最大34モルと記載されていたが,新版では最大28モルに変更され,1モルのグルコースからつくられる最大ATP量が38モルから32モルになった。研究が進んだ証だろう。ただし,どうやらこの変更は数研出版のみであり,他の教科書では最大38モルのままとのこと。入試で出題される場合はどうなるのだろうか。

第3節 光合成

旧2-3「光合成」を基としている。

光合成のメカニズムについては,ほとんど変更点なし。
ただし,「光化学系の模式図」が削除された。
参考「呼吸と光合成の共通性」「C3・C4植物,CAM植物」もそのままである。

旧課程にあった「細菌の炭素同化」は,光合成細菌についてのみ本筋の載せ,化学合成菌は参考になった。

第3章の総評

代謝はそもそもメカニズムがだいぶ明らかになっているのもあり,内容の増加も減少もほとんどなかった。少し安心。

第4章 遺伝情報の発現と発生

旧課程第3章「遺伝情報の発現」と,第4章「生殖と発生」のうち動物の発生を統合したもの (旧4-1~3にあたる内容 (染色体,減数分裂,組換え価) は1章に,旧4-7にあたる内容 (植物の発生) は新6章に統合された)。
遺伝発現だけでなく,動物の発生を盛り込んだため,章としては比較的厚めである。

第1節 DNAの構造と複製

旧3-1「DNAの構造と複製」を基としている。

全体の内容は大きく変わっておらず,DNAの構造と半保存的複製について扱う。
ただし,旧課程で最初に取りあげていた,核内のDNAの状態 (クロマチン,ヌクレオソーム) については,新1-3で軽く取り上げているためか,消去されている。
また,旧課程の思考学習「DNAの複製方法を証明した実験」は消去された。これは生物基礎で取り上げているため妥当である。
その代わり,思考学習「岡崎フラグメントの検出に成功した実験」が追加された。岡崎夫妻の取り組みについて焦点が当たるのは,なんか嬉しい。

第2節 遺伝情報の発現

旧3-2「遺伝情報の発現」を基としている。ただし,突然変異の話題は新1-2に組み込まれた。

最初に,遺伝情報の流れ,RNAについての説明がされるのは同様である。
参考として「RNAとDNAの違い」が追加された。

転写の項目で,旧課程で参考にあった選択的スプライシングが,新課程で本筋に組み込まれた。真核生物における重要な機構なので,妥当である。
なお,参考「抗体の多様性」はここに組み込まれた。なぜだ。

翻訳について,参考「遺伝情報とアミノ酸の指定」「RNAのはたらきと立体構造」が削除された。また,発展「転写後の過程」(転写後修飾)も削除された。思考学習「遺伝暗号の解読」も削除されたが,これは生物基礎にある。

真核細胞と原核細胞のタンパク質合成の違いでは,発展として「逆転写酵素とレトロウイルス」が追加された。旧課程ではDNAマイクロアレイ解析における注釈としてあったが,新課程ではより詳細に,図付きで明示されている。

旧課程にあった発展「DNAの損傷と修復」は削除された。

第3節 遺伝子の発現調節

旧3-3「遺伝子の発現調節」を基にしている。

遺伝子の発現調節の仕組み,オペロン,真核生物の発現調節は従来通り。
ただし,「調節遺伝子と細胞の分化」「遺伝子の発現調節と発生の進行」(キイロショウジョウバエのパフ) は削除された。後者は生物基礎に載っている。
参考「ホルモンによる遺伝子発現の調節」と発展「RNA干渉」は健在。
さらに,発展「DNAやヒストンの修飾を介した遺伝子発現調節」が追加。エピジェネティック制御の話である。

第4節 発生と遺伝子発現

旧4-4「動物の配偶子形成と受精」,旧4-5「初期発生の過程」,旧4-6「細胞の分化と形態形成」が統合された。

新4-4では,イントロとして,細胞および受精卵からの分化を説明している。

旧4-4,旧4-5の内容について。
始原生殖細胞から始まる精子・卵形成はそのままだが,受精が大幅に薄くなった。具体的には,受精膜の形成過程がほとんど説明されなくなった
また,ウニの発生を扱わなくなった。これにより,卵割の説明もカエルの端黄卵しか扱わなくなった。
カエルの発生はほぼ従来通りだが,旧課程に本筋にあった胚葉の分化が,新課程では参考になった。進化と系統もそうだが,これまで暗記一辺倒になりがちな項目が,軒並み参考になっている。

旧4-7について。
外胚葉と内胚葉の分化について,「母性因子」という用語が使われるようになった。また,VegTも言及されるようになった。
形成体誘導もいつも通りで,βカテニン,BMPなどの物質名も明記。
誘導の連鎖,参考「プログラム細胞死」「形づくりにおける細胞接着分子の役割」も掲載。てか,ここの細胞接着を残すなら,2章での細胞接着もあっていい気が…
また,参考「細胞の分化能 ―ES細胞とiPS細胞―」は,後述の第5節に移動した。
ショウジョウバエのホメオティック遺伝子も従来通り。

第5節 遺伝子を扱う技術

旧3-4「バイオテクノロジー」を基としている。

旧課程で掲載されていた技術に,削除された項目はなし。
追加項目として,参考「ゲノム編集のしくみ」(CRISPR-Cas9を扱っている),コラム「PCR法と感染症の検査」,本筋にRNAシーケンシング解析,参考「メタゲノム解析」「mRNAワクチン」が挙げられる。
直近に話題となった研究技術がまとめられている。

第4章の総評

旧課程にあった遺伝子発現と動物の発生が統合され,より複数分野の横断が想起されやすくなった。もともと共通テストなどで横断されやすい項目なので,まとめること自体に違和感はない。
その一方で,ウニの発生や受精膜の形成を削除するというのは,少し物悲しい。後,哺乳類 (特にヒト) の発生についても言及なし。個人的に,ヒトの発生は教科書に入れていいと思うのだが。
バイオテクノロジーが刷新されているのはとてもいいことである。

第5章 動物の反応と行動

旧課程第5章「動物の反応と行動」を基としている。
旧課程での各節の順序は,
1. ニューロンとその興奮
2. 刺激の受容
3. 情報の統合
4. 刺激への反応
5. 動物の行動
であるが,新課程では「1. ニューロンとその興奮」と「2. 刺激の受容」が入れ替わった。

第1節 刺激の受容

旧5-2「刺激の受容」を基とするが,導入は旧5-1「ニューロンとその興奮」にある「刺激の受容から行動まで」(刺激の受容から反応行動までの流れ)となっている。ミクロな神経の話より少しマクロな受容器を先に扱うほうがわかりやすいと判断されたかもしれない。

本題の「刺激の受容」については,内容の削除は行われてはいない。
ただし,旧課程で本筋にあった「明暗調節」「遠近調節」「音の高低の識別」は,新課程では参考になった。
また,コラムとして「加齢と視覚」が追加された。

第2節 ニューロンとその興奮

旧5-1「ニューロンとその興奮」を基としている。

導入として,「受容器から脳への連絡」が追加された。神経による刺激情報の伝達をわかりやすく説明している。
ニューロンの構造,興奮,伝導・伝達の内容は,ほぼ従来通りある。新課程では,ランビエ絞輪の顕微鏡写真が追加された。また,興奮性シナプスと抑制性シナプスによる神経回路を説明した「シナプスと神経回路」,そして「シナプス可塑性」が新たに本筋として導入された。
一方,発展「快感に関係する神経伝達物質」(ドーパミンの話) は削除された。

第3節 情報の統合

旧5-3「情報の統合」を基としている。

全体の内容はほぼ変わらず。
参考「脳の活動を観察する方法」は,分量が増した。具体的には,大脳のはたらきに関する事例が追加された。
また,参考「いろいろな神経系」は削除された。生物の系統に関する話なので,新課程ではお役御免なのだろう。

第4節 刺激への反応

旧5-4「刺激への反応」を基にしている。

導入として,「脳から効果器への連絡」が追加された。効果器と運動ニューロンに関する写真が載っている。
旧課程で本筋にあった分泌腺の話が,新課程では参考になった。
また,観察&実験「グリセリン筋の収縮実験」,本筋にあった発電器官と発光器官は削除された。
一方,参考「運動時のATP補給」が追加された。共通テスト試行調査でも扱われた内容である。

第5節 動物の行動

旧5-5「動物の行動」を基にしている。

旧課程で本筋にあった「脱慣れと鋭敏化」が,新課程で参考になった。
追加項目として,本筋に「空間学習と記憶」「洞察学習」「群れにおける学習」が追加された。最後の「群れにおける学習」は,旧課程では「社会的な学習」として書かれていた項目である。
また,参考「アルツハイマー型認知症」「ハエトリグモの洞察学習」が追加された。アルツハイマー型認知症の話を出すなら,第3節のほうが良いのでは??

第5章の総評

基本的に流れは旧課程とほぼ変わらないが,既出項目の参考行きが目立つ。
一方で追加された項目は,どれも興味深いものであり,有益である。

第6章 植物の環境応答

旧課程第4章の7節「植物の配偶子形成と発生」,および第6章「植物の環境応答」が統合され,教科書内で植物個体に扱ったひとつの章になった。

第1節 植物の生活と植物ホルモン

旧6-1「植物の生活と環境応答」を基にしている。
節名に「植物ホルモン」とあるが,全体説明にとどまり,個々のホルモンのはたらきは,後続の節にて説明される。

旧課程で本筋にあった「植物の反応」(屈性・傾性)は,後続の2節に移り,参考となった。
また,実験として「リンゴの果実が植物の芽ばえに与える影響」が追加された。植物ホルモンのイントロにあたる。
なお,旧課程にあった図「植物ホルモンによる情報の伝達」は削除された。

第2節 発芽の調節

旧6-2「発芽の調節」を基としている。

種子の休眠に関して,旧課程では古代ハスに関する図があったが,新課程では代わりに,アサガオの種子と種子の断面の図が掲載された。休眠を裏付ける図になる。
旧課程で参考にあった「フィトクロムによる遺伝子発現の調節」は,新課程で本筋に載った。複数あった図が統合され,見やすくなっている。

第3節 成長の調節

旧6-3「成長の調節」を基としている。

旧課程の小項目が「植物の成長とオーキシン」「成長の調節と植物ホルモン」だったのが,新課程では「植物の成長と光」「植物の成長と重力」になり,項目内で入れ替えが多少起こった。

頂芽優勢が,後続の第4節に移動した。
ただし,頂芽優勢に関係する植物ホルモンであるサイトカイニンが消失した。これは他の出版社の教科書を見ても同様である。
参考「植物の成長と反応」が追加された。様々な屈性についてまとめられている。
また参考「ジベレリンとイネの成長」が追加された。ばか苗病の話である。
一方,参考「植物ホルモンと細胞内の伝達経路」が削除された。

第4節 器官の分化と花芽形成の調節

旧6-5「花芽形成・結実の調節」を基にしている。

はじめに,植物の構成 (根端・茎頂分裂組織,形成層) について扱うようになった。これは旧4-7からの移行である。
その後,頂芽優勢について説明される。
花芽形成について,本筋にあった「葉による日長の感知」は,思考学習になった。また,コラム「電照菊」は削除されたが,発展「日長の感知のしくみ」 (概日リズム) が追加された。
本筋の「果実の成熟と落葉の調節」と参考「植物の一生と環境応答」は,後続の第6節に移動した。また,コラム「植物ホルモンの応用―組織培養」は削除された。

さらに,旧4-7にあった,植物のホメオティック遺伝子が,この節の後半に移行した (観察と実験もともにある)。さらに,参考「集合花の形成と遺伝子発現」(ヒマワリなどの集合花形成のしくみ) が追加された。ホメオティック遺伝子とオーキシン濃度の混合話である。

第5節 環境の変化に対する応答

旧6-4「環境の変化に対する応答」を基としている。
内容はほぼそのままである。

第6節 配偶子形成と受精

旧4-7「植物の配偶子形成と発生」を基としている。

参考「自家受粉を妨げるしくみと自家不和合性」が追加された。結構面白い。
旧4-7の本筋にあった「花芽の分化と遺伝子の発現」は削除された。

第6章の総評

これまで植物に関する単元が,発生と環境応答と,現象で分けられていたものが,植物全体でまとまった。
共通テストで出題される植物の問題は,発生と環境応答を絡めることがあるため,違和感はそこまでない。
項目の順序入れ替えはあるが,大きな変更はそこまでなく,順当な整理かと思われる。

第7章 生物群集と生態系

旧課程第7章「生物群集と生態系」を基にしている。
旧課程は全6節構成だったが,新課程では全5節になった。
旧4-4「生物群集」がほぼ削除されたが,食物連鎖・キーストーン種については生物基礎で扱っている。

第1節 個体群の構造と性質

旧7-1「個体運の構造と性質」を基にしている。

参考「個体の分布」は,本筋に移行した。
密度効果について,旧課程では動物 (バッタの相変異) が先に扱われたが,旧課程では植物 (最終収量一定の法則) が先に扱われる。また,ダイズ畑の写真が追加された。
生存曲線は,各型 (晩死型・平均型・早死型) の各動物の写真が追加された (旧課程では早死型のイワシのみ掲載)。

第2節 個体群内の個体間の関係

旧7-2「個体群内の個体間の関係」を基にしている。

縄張りに関して,旧課程での図はウシガエルの繁殖行動だったが,新課程ではヒグマの縄張り行動になった。イラストから写真になり,迫力感が増した (小並感)。
参考「順位」は,本筋に移行した。また,コラム「群れの乗っ取りと子殺し」が追加された。興味深い内容である。
社会性昆虫の説明はそのままあるが,図が参考「ハキリアリの分業」へと移行した。あんまり分ける意味なさそう。
参考「血縁度と包括適応度」は,旧課程では1ページに収まっていたが,新課程では2ページにわたり,かつ図も増えた。旧課程での説明は正直わかりにくかったので,改善されている。

第3節 異なる種の個体群間の関係

旧7-3「異なる種の個体群間の関係」を基にしている。

導入として,旧7-4から生物群集の説明および図が移行された。
旧課程での順序は「種間競争」「生態的地位と共存」「被食者―捕食者相互関係」「さまざまな共生」となっているが,新課程では「被食者―捕食者相互関係」が先になるよう移行した。

被食者―捕食者相互関係について。個体数の周期的変動の図が,旧課程ではウサギとキツネであったが,新課程ではハダニとカブリダニになった。
種間競争の図が少し詳しくなった。具体的には,ゾウリムシ3種の個体群密度変化が,単独飼育した場合と混合飼育した場合に分けられ,ソバとヤエナリの種間競争も,単植と混植で分けれられるようになった。
思考学習に「フジツボのなかまの種間競争」が追加された。
生態的地位について,旧課程にあった参考「形質置換による種の共存」が,新課程では本筋に移行した。また,コラム「湖にすむ魚の多様化と生態的地位」が追加された。
さまざまな共生において,旧課程の図は「ナマコに隠れるカクレウオ」(片利共生)と「宿主に帰省するヤドリギ」であったが,新課程の図は「根粒と根粒菌」(相利共生),「植物の栄養体に集まるアリ」(相利共生),「アリドリとグンタイアリ」(片利共生)になった。
旧7-4にあったかく乱が,本節に最後に移行した。図もそのままである。

第4節 生態系の物質生産と物質循環

旧7-5「生態系における物質生産」を基にしている。

旧課程では「生態系の成り立ち」「生態系における物質生産」「さまざまな生態系における物質生産」「生態系におけるエネルギーの利用」となっているが,新課程では少し入れ替えが起き,さまざまな生態系における物質生産を扱ってから,物質収支を扱うことになった。

本節の最後に,旧課程第2章にあった窒素同化が掲載された。
関連事項として,参考「植物の窒素同化の道すじと窒素固定」「炭素循環と窒素循環の違い」が追加された。窒素固定の詳しい仕組みは,あくまで参考扱いとなっている。
また,コラム「地球温暖化対策と物質生産」「生態系のつながりと生物の進化」,参考「深海の生態系―熱水噴出孔生物群集」が追加された。

第5節 生態系と人間生活

旧7-5「生態系と人間生活」を基にしている。

SDGsを配慮してか,全体的に内容が詳しくなった。これは生物基礎も同様である。
追加項目として,「種多様性と生態系の機能」「生物多様性の人間への恩恵」「人間活動と窒素の排出」ができた。
参考「外来生物と遺伝的多様性」「絶滅危惧種」が削除されたが,いずれも生物基礎で扱っている。

第7章の総評

旧課程からそこまで大きな変更はないが,特に後半はほぼ読み物である。
しかし地質時代や系統といった純粋暗記項目が消される一方で,物質収支ピラミッドがそのままなので,これを覚えることに変わりはないのがちょいネック。まぁ生態系を考えるうえで大事な項目なので,致し方ないか。

全体的な総評

新課程に向けた大改編が行われ,ネガティブな意見が色々浮上していたが,全体を通してみて,ネガティブなものもあるがポジティブなものもあると思った。

ポジティブ要素としては,「教科書の図録化」が多少収まったことか。旧課程における地質時代の詳細や生物の系統における種ごとの細かい特徴が掲載されなくなり (一部は参考やコラムに移行している),生物学において特に知ってほしい点を限定しているように思える。とりわけ,バイオテクノロジーとSDGsに関しては殊更力が入っているように思えた。
実際,新規に追加された参考やコラムは,どれも興味深いものであり,読んで理解しておくに越したことはない内容である。

ネガティブ内容としては,1章の一部,遺伝子の突然変異と減数分裂に関する項目が唐突なことだろう。やはりこれらは新課程の4章で遺伝子発現を扱ってからの方が理解がスムーズだと思う。

また,旧課程で掲載されていた内容の一部削除について,それぞれの是非については各自に任せる。例えばウニの発生については正直微妙なところで,というのもこれまでもカエルの発生から中胚葉誘導の話を深めていったので,ウニは前座の印象が強いのである。

あと,全体を通して,分子生物学をより重視しているように思える。実際,対象が分子レベルでないマクロな領域は1章と7章くらいで,歴史や系統の一部が消えまくったことで,より分子生物学が目立つようになった。私はずっと分子生物学の世界で研究してきたのもあって,好奇心はそちらの方が強いのだが,生態学や遺伝学なども十分に面白いと思っているので,もうちょいバランスとってほしい感はあったりする (かといって暗記量が増えるのは嫌だが)。

遺伝学については,ハーディ・ワインベルグの法則が参考にいったことで,下手したらあまり授業で扱われなくなる可能性がある。入試では出題され続けそうなので,例え参考行きになっても,きちんと理解しておくべきである。

最後に

しかしまぁ,今回新旧課程の教科書を比較してみたが,やっぱり生物学って面白いなぁって思う。新しい内容がどんどん増え,更新されていく様を見ると,ぶっちゃけウキウキする。ほかの物理や化学がどういう変化をしているかはまだわからないが,恐らく理科科目で一番教科書内容が刷新されやすいのは,生物かと思われる。それだけ,生物学に携わる世の研究が,高校生でも十分に理解できる領域まで広げられるこそなのだろう (物理とか化学だと,大学に入ってから学ぶ内容を習得しないと,理解に苦しむものが多い)。

個人的には,授業するなら物理よりも生物のほうが楽しい (もちろん物理も大好き) から,来年度の授業をどう展開していくか考えながら,生徒たちと一緒に勉強していきたいなぁと思う。

おわり。

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