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我々の偉大な旅路 第2章 深圳 ~前編~

↑こちらのシリーズの続きです

↑香港編はこちら

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 広東省深セン市。最近は日本でも「深セン」という表記でニュースや地図でよく目にする地名だ。毛沢東の死後にあたる1980年頃に鄧小平によって提唱された改革開放政策の中で経済特区に指定され急速に発展し、今では中国4大都市に数えられる都市の一つとなっている。香港に隣接する立地が故に発展してきた深圳だが、今では域内総生産が香港を上回るなど、名実ともに香港に劣らない大都会となっている。

 深圳は香港から電車で1時間ほどで行ける街で、香港からの日帰りもできる距離の土地なので、私もワカナミも以前香港を訪れた際に日帰りで訪れていた。私自身が初めて深圳を訪れたのは2017年6月だった。すでに大都会へと変貌を遂げた後の深圳は高層ビルが何本もそびえ立ち、広々とした道路はものの数秒で何十台もの車が行き交っており、半世紀前までは寂れた漁村だったとは想像もつかないほどの発展ぶりであった。

 今回の"我々の偉大な旅路"では、同じ広東省の広州に宿を取っていたため、深圳はただの経由地となってしまったが、短い滞在時間で羅湖ルオフー商業城や華強路フアチャンルーなどの名所を周り、広州へと向かうこととした。


你好ニーハオ


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 制限エリア内の橋で深セン河を渡り本土側にたどり着くとすぐに中国本土の入境審査がある。羅湖ルオフー口岸チェックポイントだ。中国では国境のチェックポイントを口岸という。香港と深圳の間にはここ羅湖の他、福田フーティエン・深圳湾などの口岸チェックポイントがあるのだが、羅湖の口岸から中国本土に入るのはこれが初めてだった(出たことはあった)。中国本土の入境は外国人のレーンに並ぶことになるのだが、そこには既に20人ほどの列ができていた。並んでいるのは我々と同じ東洋の人間の他に、白人や南アジア系の人々もいた。我々は彼らに続き最後尾に並んだ。それほど長く待つことなく入国できるだろう。特にストレスを覚えることもなく、他愛のない話をして自分たちの番を待つことにした。

「あなたたち指紋登録はした?」

前に並んでいた女性が我々の日本語を聞いて日本人だと分かったのか、日本語で話しかけてきた。日本人の女性だった。私もワカナミもそう遠くない過去に中国本土を訪れていたが、どちらも前回は並ぶ前に指紋を登録した記憶はなかった。

「最近変わったからまた登録した方がいいですよ」

女性のアドバイス通り、事前に指紋を登録することにした。一度列を抜けて後方に何台か置いてある機械で指紋を読み取った。再び列に並び女性に礼を言った。

「旅行ですか?」

「はい。これから陸路で東南アジア方面まで」

「それは良いですね。良い旅を。」

そう言って女性は中国本土へと続く入境審査へと進んでいった。我々も彼女の後に続いてパスポートに「罗湖【入】」のスタンプを押してもらい中国本土に入境すると、太陽を象ったやや不気味なキャラクターのイラストが「你好ニーハオ」と我々に微笑みかけていた。


文化衝撃カルチャーショック


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 香港と深センは隣り合う中国の都市であるが、その歴史的背景や一国二制度のもと異なる経済体制が敷かれているだけあって、深圳の街は香港とはかなり色の異なった雰囲気を漂わせている。羅湖ルオフー口岸チェックポイントの建物を出て中国本土に入った我々を待ち受けていたのは大仰な広告に印刷された共産党のスローガンと物々しい武装警察の車両であった。"我々の偉大な旅路"の一年前、私とワカナミが初めて中国を訪れた時は関西空港から上海の浦東プードン空港に入ったが、その時に感じたカルチャーショックはストレートに脳内に刺激を与えた。そのカルチャーショックは日本文化と中国文化との違いだけではない。冷戦期の西側と東側。資本主義世界と共産主義世界。たかが制度の違いとは言え、それらがその土地の雰囲気に与える影響は計り知れない。航空機を降りた瞬間に我々は祖国とは違う空気に触れて即座に異世界への進入を感じたのであった。しかし、今回は違う。日本から香港、香港から中国本土へと、少しずつ旅を進めているので、それぞれの場所の空気感の違いを瞬時に感じるのではなく、じわじわとゆっくりとその変化を受け入れていくのであった。


購物ショッピング


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 9月とはいえ南方の暑さは日本の東北で生まれ育った我々にも容赦無く襲いかかる。涼むのも兼ねて羅湖ルオフー口岸の隣にある羅湖商業城で買い物をすることにした。羅湖商業城は香港のついでに深圳を訪れる観光客にも人気のデパート。ブランドものなら香港市内の方が品揃えは良いはずだが、それでもボーダーを超えた先のここに多くの観光客が集まる理由が"偽物"である。羅湖商業城は偽物商品を多く扱うことで知られ、ブランドバッグや財布などを売る小さな店が数多く入居するニセモノデパートなのである。と言うと人聞きが悪いが、実際にはニセモノ商品だけでなく、(ガラクタに近いような)おもちゃを売るお店や小さな書店、それからノンブランドの衣料品や電化製品を扱うお店があったり、食べ物もワッフルから生搾りオレンジジュースまでと、様々なお店が密集しているちょっと怪しいデパートといった感じの施設である。

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 「バッグ。ルイ●トン。アル。」

商業城に入るや否や客引きがしつこく声をかけてくる。もちろんこれはニセモノバッグの勧誘であり、我々は最初からそれらを買うつもりは一切ないので無視して建物の中を散策する。入り口の大きな広場の横に設けられたエスカレーターに乗り込み二階へと向かう。すると、客びきも負けじとエスカレーターに乗ってくる。かなりしつこいが、我々も相手にすることなく、ただ半笑いになりながら奥へと進む。エスカレーターから離れ、我々に偽ブランド品を買う意思がないことがわかると、自然と客びきは離れていった。

 私は腕時計をつけずに神戸の自宅を出てきた。今の時代、携帯があれば時刻は確認できるし、時差のある国々を移動するにはアナログの腕時計より携帯の方が便利だ。しかし、私が腕時計をつけずに自宅を出てきたのは単にめんどくさいからという理由からではなく、この羅湖商業城で格安の腕時計を購入して旅行中はその腕時計を使おうと決めていたからである。前回、深圳に訪れた際にここ羅湖商業城で100元するかしないかの時計を買った。安かろう悪かろうの品質なので期待はしていなかったが、それでも少なくとも半年は普通に使うことができた。今回もここで安くて良さそうな時計を探して、それを腕につけて東南アジアを旅したいと思った。

 時計屋は羅湖商業城の中に無数にある。中には先ほど出くわした客引きのように鬱陶しく店の中に誘い入れようとしてくる店もある。我々はそんな羅湖商業城の中のダンジョンのように入り組んだ店舗群の中から感じの良さそうな夫婦が営んでいる時計店に入った。通路沿いにはデジタル時計や小型のスピーカーが並び、レジの前には腕時計がいくつも陳列されている、8畳あるかないかくらいの小ぢんまりとした時計店だ。

 「腕時計を探しているんだけども...安いのがいいな。」

 「あ?腕時計?どれがいい?これはどう?」

主人は早速ショーケースの中からいくつか腕時計を出して我々に見せてくれた。

 「多少钱これはいくら?」

主人に尋ねると主人は電卓を出して「200」という数字を提示してきた。

 「太贵了高いね!」

初級中国語の教科書通りの会話である。現在ではこのようなやりとりを街中ですることは少なくなっているようだが、羅湖商業城ではこの定番のやりとりも十分活用できる。

 主人が見せてくれたいくつかの時計の中から我々はそれぞれ好みのものを見つけ、それらを値切ってできるだけ安く買おうという作戦を立てた。知っている中国語のフレーズを使いながら電卓での交渉。

「二人とも買うからもう少し安くして」

「君たちは学生かな?それならこれくらいは安くするよ」

そんなやりとりの結果、私は120元、ワカナミは100元で時計を買うことができた。

 安い時計ではあるが我々はそれぞれ気に入ったデザインのものを旅のお供とすることができ満足した。QRコード決済全盛の中国では時代遅れな現金で支払いを終えると、主人はやや長かった腕時計のベルトを調整してくれた。

 「君たちはこれからどこに行くの?」

 「今日はこのあと広州へ。その後、陸路でベトナム・ラオスを通ってバンコクを目指します。」

 「随分と遠いところまで行くんだね。タイは行ったことないよ。」

 「あなたは深圳の人ですか?」

 「いいや、私たちは潮州から来てるんだ」

 「潮州料理のところですね。」

 「そうだ。君たちは潮州には行くかい?」

 「いいえ。でも、潮州には行ってみたいし、潮州料理を食べてみたいです」

 「それなら広州の潮州料理のお店を教えるよ」

お店の夫婦はそう言って、広州に店を構えデリバリーにも対応しているという潮州料理のお店を紹介してくれた。結果、我々はそのお店に行くことはなかったのだが、今回の旅行では"潮州料理"と縁があるようだ。今朝、朝食をとった香港の銀龍茶餐廳は(我々は全然関係のない料理を頼んだが)潮州料理のお店だった。我々は見ず知らずの"潮州"という街に勝手に親近感を抱いたあと、時計店の主人に別れを告げ、友好の証にと微信WeChatを交換して店を後にした。

「そういえばベルトも買いたいんだよね」

羅湖商業城の中をうろつくうちに、私は今しているベルトが少し不調で留め金の部分が弱っていたのを思い出した。都合よくベルトを通路に展開して売っている店に通りかかったので、ここでベルトも買うことにした。

「これいくら?」

「80元だよ」

「高い!30元!」

早速教科書通りの値引き合戦が始まる。ベルト屋は先程の時計店の主人とは違いあまり人の良さそうな雰囲気のない、しかし商売っ気の強く絶対に私にベルトを売ろうとしてくるおばさんだった。

「安くならないなら他見るよ」

そう言って店を離れようとすると

「待って待って」

とさらに安い金額を提示してきた。そんなやりとりを重ね、ついに私は40元でベルトを買うことにした。さほど利益の出ない額まで値切ってしまったのか、主人はあまりいい顔をしていなかった。先ほどの時計店での和気藹々とした雰囲気ではなかったが、ベルトと値切りがうまくいった満足感を手に入れて我々は出口のある1階へと向かった。

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ウィーーーーーン、ジーーーー、ッストン!

羅湖商業城のメインエントランスがある吹き抜けのホールでは玩具屋がドローンを飛ばしていた。2018年、日本でもドローンは売られているし、趣味で持っている人も珍しくなかった時代。それでも中国におけるドローンの普及は眼を見張るもので、そこらかしこの玩具屋がドローンを販売していた。

「PV用に浮世硏で買うか?」

音楽ユニット”浮世アイロニー研究所”のリーダーでもあるワカナミが言った。

「面白そうだね。今回の旅行もこれで撮ってもいいかもしれない」

「啊?ドローン買うか?値段は…」

すかさず玩具屋が売り込んでくる。

「今回は荷物になるからいいか。」

「そうだね」

我々は羅湖商業城でのショッピングを終えて外に出た。

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(続く)


旅程表

2018年9月14日 "我々の偉大な旅路" 1日目 深圳

午後0時13分 羅湖ルオフー口岸チェックポイントにて中華人民共和国 大陸地区 入境

午後0時30分〜 羅湖商業城でショッピング

(時刻はすべて北京時間)

主な出費

時計 120元(羅湖商業城内の店舗にて)

ベルト 40元(羅湖商業城内の店舗にて)


↑第2章 深圳 ~中編~ はこちらから

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