我々の偉大な旅路 第1章 香港 ~前編~
亞洲国際都會 ── 香港。1842年に南京条約でイギリスへと割譲された珠江河口に浮かぶこの小さな島(とその隣の半島)は1997年に中国へと返還されたあとも独特な雰囲気を醸し出しているアジア有数の国際都市だ。実は返還直前の英領時代に一度訪れたことがあるのだが、ほとんど記憶がないのでそれを除くと最初に訪れたのは返還20周年を迎える直前の2017年6月末だった。それ以降、このASIA'S WORLD CITYの魅力に取り憑かれてしまった私は半年に一度のペースで香港を訪れていた。重慶大厦や尖沙咀のプロムナードが特にお気に入りのスポットだが、それ以外の場所のどこでもただ歩くだけで楽しい街、それが香港だ。今回ももともと何をするでもなく香港にただただ2週間滞在するだけの予定だった。しかし、東南アジアへと目的地が変わった今回の旅行では香港はただの通過地点に過ぎず、到着の半日後にはメインランドへと抜ける弾丸日程になってしまった。
落機
2018年9月13日深夜のpeach機内。「当機はまもなく香港国際空港に着陸いたします。現地の天気は晴れ。気温は29℃。」着陸が迫るアナウンスに期待が膨らむ一方、告げられた気温に亜熱帯への進入を感じ早くも心が蒸し暑くなってしまう。通路席だったので外の景色を見ることができなかったが、桃色の機体は地上に撒かれた星屑の上空を流星を描くように香港西部の赤鱲角に浮かぶ滑走路へと着陸した。飛行機を降り立ったその瞬間に感じる香港の熱気。約半年ぶりの感覚に昂る気持ちを抑えながら入境審査へと並んだ。いつも通り着陸から約30分でイミグレーションを通過し、海関を抜け制限エリアの外へと踏み出した。
香港空港に着陸したのは定刻より20分早かったとはいえ、もう既に23時を回っており、制限エリアに出た頃には既に日付が変わろうとしていた。しかしここは眠らない街・香港。夜中だろうがお構いなしに市内行きのバスが出ている。お馴染みのN21系統のバスでのんびり空港島をぐるぐるとまわりながら市内を目指した。
空港職員たちを乗せたり下ろしたりしながら、N21バスは空港島を抜け大嶼山へ。ディズニーランドへ向かう分岐点を通過し大きな橋を二度ほど渡ると九龍半島に差し掛かる。超高層マンションが聳え立ち乱雑な看板やネオンが立ち並ぶ、ステレオタイプな香港をイメージさせる市街地へとバスは入り込んでいく。しばらくするとネイザンロードに出て、バスは終点尖沙咀へと向けて乗客たちを次々下ろしていく。我々は終点の少し手前、ペニンシュラホテル(半島酒店)の近くにある中間道バス停でN21を降りた。宿泊するのはこの香港有数の有名ホテル・半島酒店。ではなく、その斜向かいにある現代の九龍城砦こと重慶大厦(チョンキンマンション)である。
重慶森林
バスを降りネイザンロードを北に少し歩くと重慶大厦がある。私もワカナミも過去にここでの宿泊を経験しているため、今回の香港での宿は重慶大厦内の"マニラホテル"に自然と決まった。予約サイトのエクスペディアで一泊3000円弱。二人でこの価格である。ダブルのプランもあったが、我々はツインを指定した。もちろん安いのには理由がある。重慶大厦は九龍半島の中心街である尖沙咀のメインストリートに面する一等地に立つビルでありながら、内部は狭く汚い通路に数多の商店や安宿がひしめく雑居ビルであり、さまざまな人種の人々がたむろして異様な雰囲気を漂わせている。このため香港ディズニーを訪れるファミリーや出張で香港を訪れるビジネスパーソンなどは決して近寄らないが、バックパッカーをはじめ安価な宿を求める旅行者からは人気のスポットとなっているのがここ重慶大厦なのである。
「重慶大厦は予約なしで訪れてもいつでも格安の宿がある」そんな言葉に騙されて初めての香港で宿なし状態になってしまったことがあるので、今回は大人しく予約サイトで事前に予約を取ってから香港へと向かった。深夜到着だったこともあり、到着してから宿を探すのは体力的にも難儀しただろうから、この判断で間違いはなかったと思う。
ネイザンロード沿いの入り口にたむろする南アジア系の兄貴たちが「よお友達、宿ならあるぜ」と話しかけてくるのを無視して、鉄格子のようなドアで半分しまった重慶大厦のエントランスを潜り抜ける。エクスペディアの予約画面に表示されている住所はD棟10F。薄暗い重慶大厦の通路をひたすら歩き、二台しかないエレベーターのボタンを押す。重慶大厦のエレベーターは2台中片方は偶数階、もう片方は奇数階にしか人を運ばない。我々は偶数階行きのエレベーターへと乗り込んだ。アラブ系なのか南アジア系なのかわからないが、極東の人ではなさそうな人々が数名一緒にエレベーターに乗っている。しかし入り口の客引きのようには声をかけてこない。彼らは普通にこの重慶大厦で生活している人たちであり、深夜に見知らぬ来訪者と連んでいる暇なんてないのである。彼らを途中階で見送ったあと、我々は10階へと到着した。窓から入り込む熱帯夜の熱気を含んだ夜風を微かに受けながら、予約画面に表示された番号の書かれた部屋のチャイムを鳴らす。しばらくすると眠そうな主人が奥から出てきたので、我々の名前と予約内容を告げる。簡単な書類記入やパスポートのチェックを終えると鍵を渡され部屋へと案内された。"我々の偉大な旅路"、初日の宿に到着である。
マニラホテルの部屋は重慶大厦では極々普通な小さな部屋にベッドが置かれ、コンセント・金庫・テレビが備え付けられており、シャワーとトイレが一体化した小さなシャワーブースのある部屋だった。ベットはやや湿っており、マットレスの硬さもお世辞にも寝心地がいいとは言い難い。しかし、バックパッカーにとってシャワー付きの個室であるというだけでも十分に贅沢な部屋であり、我々は特に不満を言い合うこともなく荷物を整理し、着替えを用意して、順番にシャワーを浴び、寝る準備をした。今日は神戸から関空、関空から香港とただ移動をしただけの一日だったので、疲れはそれほど溜まっていなかったが、我々の偉大な旅路の第一歩を無事に踏み出せた安堵からか、横になったあとすぐに眠りについた。
(続く)
旅程表
2018年9月13日 "我々の偉大な旅路" 0日目 香港
午後11時35分 peach・aviation APJ67便 香港赤鱲角国際空港 に到着
午後11時56分 中華人民共和国香港特別行政区 入境
翌午前0時16分 City Bus N21 尖沙咀行き 乗車
翌午前1時35分 中間道 にて N21バス 下車
翌午前2時00分 重慶大厦内 Manila Hotelにチェックイン
翌午前2時40分頃 就寝
(時刻はすべて香港時間)
主な出費
両替 3000円→201.6HKドル
八達通 150HKドル
宿泊費 (事前決済) 2634円(二人分)
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