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バングラの留学生 (我々の偉大な旅路4-1)
↑ こちらのシリーズの続きです
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広州の夜が明けた。万馬賓館の窓は格子が組まれていたが、隙間から外が見えた。夜は暗くて気がつかなかったが、窓からは広州の郊外のマンション群が見渡せた。天気は快晴である。今日は広州から南寧を経てハノイ行きの列車に乗る予定だ。中国を発って我々にとって未知の国であるベトナムへ向けて駒を進めるには絶好の旅日和であった。
早晨
初めて中国に宿泊した夜。エレベーターもボロボロの安宿の25階で過ごす夜は決して安心して眠れる夜ではなかったが、香港から深圳、深圳から広州へと移動して疲れていた体を休めるには十分だった。薄汚れた安ホテルの窓の外から眺める朝焼けの広州は美しい。清々しい朝だったが一つ懸念があった。台風の接近だ。
我々と台風の移動予定です。
— 篠 (@shino9bo) September 14, 2018
ハノイを早めに出れたらなんとか回避できそうです。応援よろしくお願いします。 pic.twitter.com/hMleY13CV7
出発時の気象予報でも気付いていたのだが、台風22号が華南やインドシナ方面へと接近していたのだった。出発時の便の変更を余儀なくされた関西空港の水没を招いたのも台風21号だった。つくづく今回の旅は台風に邪魔をされるらしい。朝、最新の気象情報をチェックすると、我々の予定している旅程をちょうど追いかけてくるように迫ってはくるものの、直撃はなんとか免れそうだった。
「台風どうなってるの?」
と尋ねてきたワカナミにも
「なんとか大丈夫ちゃう?予定通りに行けば」
と適当に返事をしておいた。そう、予定通りに行けば台風から逃げ切れるはず。
台風の不安を抱えながらも準備を終えると例のボロエレベーターで一階へと降りチェックアウトを済ませた。デポジットの82元を返してもらい、我々は万馬賓館を後にした。昨夜夕食をとったレストランも朝は静かだった。
江燕路
外に出ると日中の暑さはまだなく、涼しく過ごしやすい天気だった。我々はこれから高速鉄道の発着する広州南駅へと向かい、広西の南寧へと向かう列車に乗る。広州南駅までは地下鉄移動となるが、昨日の夜にたどり着いた燕崗駅よりも、反対方向に歩いたところにある江泰路駅の方が乗り換えもなく広州南駅へたどり着けるということで、昨日とは別の方向へと歩いて地下鉄駅へと向かうことにした。二つの駅を結ぶホテルの前の大きな通りの名前は江燕路と言った。
土曜日朝の広州は静かだった。昨夜の広州塔界隈の喧騒と呼べる賑わいとはかけ離れた清々しい雰囲気の中を歩いていく。昨夜は暗くて気づかなかったが、この辺りは住宅街でマンションが多く立ち並んでいるらしい。静かではあるが人通りは絶えず、現地の人民たちが活きいきと都市生活を営んでいた。
「南方に来てるね」
半裸のおっさんの方を見て私がいう。
「もう北京ビキニ通り越してるな」
北京ビキニとは、タンクトップのシャツをお腹の部分を捲って着る中国や南方でよく見られる格好のことだ。近年では中国でも行儀が悪いと指摘されはじめ、北京においてはその数を減らしていると噂で聞いたが、その北京ビキニをも通り越して半裸で平然と歩くおっさんの姿を見ても不快な印象はなく、むしろその珍奇性に我々は趣すら覚えたのであった。
住宅街を抜け、地下鉄通りの大きな通りにまで出た。車がひっきりなしに往来している。郊外とはいえ大都会広州の一部にいることを改めて感じさせた。地下鉄駅はもうすぐそこ。広州塔の夜景で魅了し、安宿のレストランで感動させてくれた広州の街とももうすぐお別れだ。
「ファミマあるね」
「お、本当だ。全家だね。」
通りを歩いていると何食わぬ顔でファミリーマートが建っていた。日本でもお馴染みのコンビニが異国の地でも違和感なく溶け込んでいる。グローバル化の進む現代では別に珍しくもないし、どこにいても同じようなサービスを受けられることは喜ぶべきことなのだが、少し寂しく感じもする。
「ちょっと入るか」
そう言って私は店の入り口の前に立った。
「チャラララ〜ララ〜ラララララ〜♪」
自動ドアをくぐり店内に入ると耳馴染みのある音が流れてきた。若干音程が違うが日本のファミリーマートでも使われている、お客さんの入店を知らせるチャイムだった。
「これは万国共通なんだね」
ワカナミが言う。
私はおもしろくなって自動ドアの入り口を何度か行き来した。
「ちょっと入るとこもう一回やって。動画撮るから。」
そう言うとワカナミを連れて店の外に出た。私がiPhoneのカメラを回すと、ゆっくりワカナミが店へと再び入って行った。例の音が鳴る。それだけだった。異国でいつもの日常の生活にありふれている音が鳴っている。ただそれだけのことが面白く感じた。私はその動画をTwitterにあげた。ローミングを使っているので中国国内でも問題なく動画をアップロードできた。
我々は全家で特に何を買うのでもなく店内を一周した後、通りに出て再び駅を目指し始めた。昼ほど気温が高くないとはいえ、南方の九月は幾分か歩いているうちに熱気を帯び始めていた。
江泰路駅は一般的な広州の地下鉄駅だった。券売機で例のトークンを購入し、手荷物検査をして改札を抜ける。お馴染みの無機質な車両で我々は広州南駅を目指した。
孟加拉国青年
広州南駅までは7駅で20分ほど地下鉄の列車に揺られると困難もなくたどり着くことができた。地下鉄駅からエスカレーターを登ると高速鉄道の駅があった。前日の深圳でも巨大な高速鉄道の駅を見ていたが、広州南の駅はそれを遥かに凌駕するほど巨大な駅だった。旅客も相当の数がいるはずだが、それでも広々としており人ごみで空間を狭く感じないほどの広さ。向こうの端が見えないほどの広さであった。
「どこに行けばいいんだ」
駅に設置されている構内図を前にワカナミが言う。
「とにかく切符を引き換えましょう。この"人工售票处2"ってとこかな。」
我々は切符売り場へと向かった。中国の鉄道はネットで予約が可能だが、実際に列車に乗るためには切符を駅の窓口で引き換えた上で改札を通らなければならなかった。日本の鉄道駅と違い、空港のような感じで、改札も数分前には終了してしまい、旅客はある程度早い時間に列車への搭乗準備を済ませていなければならない。列車の発車時刻の1時間も前に駅についたのは前日の反省もあってのことだが、この諸々の手続きに時間がかかりそうだったからである。
巨大な駅の片隅にある切符売り場は20近くの窓口が開いていたが、どの列にも10人以上の列ができていた。空いている列もあったが電光掲示板を見ると軍人優先とあった。我々外国人が並ぶことのできる列はすべて既に列が伸びていた。一番近くにある列に並び大人しく順番を待つことにした。
「一応時間はあるからなんとか大丈夫だと思う」
根拠のない自信がどこからともなく湧いてくる。
「乗れなかったらその時だな」
ワカナミも半ば観念しているようだった。
「Excuse me」
その時だった。アジア人ではあるが、明らかに中国人、いや極東の人の顔ではないやや色黒の外国人が我々に英語で話しかけてきた。
「列車に乗りたいのだが、ここの列でいいのだろうか?」
との内容の英語を話していた。昨日、深圳の駅で中国人に中国語で切符の買い方を尋ねられたときは、我々は外国人だからという理由で案内を断った。そもそも我々も切符の買い方などよく分かっていなかったというのもあった。しかし、彼は我々と同じ外国人であり、中国語で話しかけてこないあたりを見るとおそらく中国語も不得手なのだろう。手助けをしないわけにはいかない。
「私たちも外国人です。この列に並べば切符を買えますよ。」
そういうと彼はThank youと言い、我々の後ろに並んだ。
「どちらの国の方ですか。私たちは日本。」
そう尋ねると彼は
「バングラディシュです」
と答えた。
「バングラディシュですか。仕事ですか?」
「いや、エンジニア留学で。これから梧州に行くんだ。」
梧州。聞いたことのない街だった。中国の地図を眺めるのが好きで、省会や主要な都市ならだいたい知っている私でも知らない街に、留学で訪れるバングラディシュの青年がいる。不思議な感じがした。私の知らない世界がまだまだそこにはあると感じられた。
本当はもっと彼と話してみたかったが、我々も時間に追われて焦っていたため、彼との会話はそれっきりだった。彼は一人だった。私は英語が苦手で、この旅行でも中国語を主に使い英語をなるべく使わないようにしていた。しかし、彼となら英語でもっと話すべきだったと思う。
10分ほど並ぶと我々の番になった。昨日と違い、きょうの切符は予約済みなので受け取るだけだ。携程で予約した際の発券番号を窓口の係員に提示し、私とワカナミの二人分のパスポートを窓口の下の穴へと放った。係員は淡々と素早く業務をこなしてくれる。窓口の画面に我々二人の名前と切符情報が表示され確認を取るとすぐに切符が発券された。JRのものとも似た青色の切符には行き先と列車番号や座席などが書かれており、下の方には私の実名とパスポート番号が記載されている。
これで我々は南寧へと行くことができる。窓口の係員に「謝謝」と告げて券売所を去った。我々の次の番に窓口に立ったのはバングラデシュの青年だった。
「ほんとなら手助けしてあげたいけれど、時間がないからしょうがないな」
「もう30分切ってるしね」
「留学生だからきっと大丈夫だと思うけど…しょうがない、先に行きますか」
互いに異国の地で旅をする仲間同士、可能な限りで手助けをしたい気持ちはあったが、なにせ時間がなかった。胸の内で彼のこの先の旅路の安寧を祈り、無言の別れを告げた。時刻は改札終了まであと20分。9時を回ろうとしているところだった。
和諧号
巨大な広州南の駅は改札前の待合所に入る手荷物検査も多くのレーンが用意されていたので、我々はほとんど待つことなく手荷物検査を終えた。エスカレーターで上のフロアに上がると広大な待合スペースが広がっていた。我々の列車は11番のホームから出るらしい。我々は11番の前のベンチに荷物を下ろした。
列車の発車時刻まではあと15分だった。売店でお菓子と飲み物を買うくらいの時間はあるだろう。改札の横の売店を物色してみた。深圳のバスターミナルの簡易的な売店とは違い、ここはキオスクのようなしっかりとした売店だった。長距離列車の発着ターミナルらしく、広東特色の土産品も多い。ゆっくりと見たかったが、列車の発車までそれほど時間が残っていなかったので、レモンティーのペットボトル飲料とひまわりのタネを買ってみた。ひまわりのタネは中国でよく食べられているおやつだということは知っていたが、食べたことはなかった。一体どのような味がするのだろう。
買い物を終えると改札が始まるところだった。改札にできている列に並び、改札でチケットを通しパスポートを見せると巨大な広州南駅のホームへと入った。昨日深圳東の駅をコンコースから眺めていたが、実際にホームへ来てみると高速鉄道が何本も発着する中国の巨大な駅はそのスケールに圧倒される。我々のホームには既に乗る予定の列車が停まっており、反対側のホームにも列車が停まっていた。反対側は9時11分発の武漢行きらしい。
列車の先頭に行き新幹線にも似た和諧号と並んで写真を撮った。その時、ちょうど反対側の武漢行きの列車が発車した。
「追いかけて来いよ」
そうワカナミに言うと、
「動画回せよ」
と言われたのでiPhoneで撮影を開始した。発車する和諧号とそれを追いかけるワカナミの動画が撮れた。こうしたバカバカしいことを異国の地で行っていることは、非日常なのか日常なのか境界線が曖昧になっている感じがした。
我々の列車の発車時刻もあと5分に迫っていた。一通り遊び終わった我々は列車に乗り込み、座席のある4号車へと向かった。席は進行方向に向かって右側の3列に並んだシートのうち窓側がワカナミ、真ん中が私だった。通路側の席には既に人が座っていたので「不好意思」と言って中に入れてもらった。
列車は間も無く動き出した。広大な華南の大地を西へと針路を取り、我々の旅路も駆け出していった。
(続く)
旅程表
2018年9月15日 "我々の偉大な旅路" 2日目 広州
午前6時50分 起床
午前7時40分 万馬賓館 をチェックアウト
午前7時58分 江泰路駅 にて 広州地下鉄2号線 広州南站 行きに乗車
午前8時20分 広州南站駅/広州南駅 に到着
午前8時53分 広州南駅券売所で高速鉄道の切符を発券
午前9時18分 広州南駅 にて D3782次 百色 行き に乗車
(時刻はすべて北京時間)
主な出費
電車賃
江泰路 → 広州南站 4元
高速鉄道 広州南 → 南寧 172元(事前決済)
おやつと飲み物 17元 (広州南駅内キヨスクにて)
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