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我々の偉大な旅路 第1章 香港 ~中編~

↑ こちらのシリーズの続きです

↑ 香港前編はこちらから


早餐ZOU CAAN


「♪女子力パラダイス一直線〜」(女子力←パラダイス/SUPER☆GiRLSより)

 私のiPhoneのアラームで目を覚ます。マニラホテルの窓は重慶大厦チョンキンマンションの中の空洞に繋がっているだけなので、朝日は見えないが外の明るさだけがカーテン越しに伝わってくる。少し耳を澄ますと尖沙咀チムサアチョイの街の喧騒、香港特有の信号機の音が聞こえてくる。この日の朝は早かった。香港は今日のうちに発ってしまう予定なので、香港を楽しむためには前日深夜到着であることを忘れて早起きして行動する他になかったのだ。

「寝れた?」

とワカナミが問う。私は正直あまり寝れてはいなかったが、

「寝れたよ」

と返した。わずか十数時間の滞在となる香港に快眠など求めていなかった。

 朝の支度を済ませた我々はマニラホテルに荷物を置いたまま尖沙咀の散策へ向かった。マニラホテルの部屋を出ると重慶大厦のエレベーターホールに出る。二台しかない重慶大厦のエレベーターは常に満員である。比較的上層階になる10階ですら、より上の階から乗ってくる客でいっぱいでいつまでたってもエレベーターに乗ることができない。我々はエレベーターの横の階段でグランドフロアすなわち1階へと向かった。階段は外からの光が差し込んでいるので暗くはないが、無数の吸い殻やそこら中に飛び散る血痕なのかどうかわからない赤いシミが不気味さを醸し出していた。

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 我々は重慶大厦の横の出入り口、つまりネイザンロードに面する表玄関とは別の出入り口から重慶大厦を脱出した。重慶大厦という空間は香港にありながら香港とは違う雰囲気を感じられる空間。その異質な空間を出て見る香港の裏通りは、薄暗いことには変わりはないのだが開放的に感じるのであった。ビルとビルの隙間の狭い通路を通り抜けると、見慣れた言語で書かれた大きな看板が目の前に現れた。日本のラーメン店"一蘭"だ。私にとっては、特にお気に入りでもないし、入ったことも一、二回あるかないか程度のラーメンチェーンだが、日本の文化がこのような形でもこの亞洲国際都會ASIA'S WORLD CITYに浸透していることを改めて思い知った。日本と香港。海を挟んでいるものの、その文化的な距離感は物理的な距離よりもかなり近いのかもしれない。

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 朝の香港をあえてメインストリートのネイザンロードを避けて歩く。九龍半島の繁華街とあって、裏通りであってもビルがひしめき、朝の時間でも人通りは多い。最近は少なくなってきているが、おなじみの道に大きく突き出たネオンサインもひっそりと、しかし確かな存在感を持ってそこに並んでいた。

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 「何食べる?重慶チョンキン戻ってカレーでも食べる?」「カレーはこの前も食べたからいいかな」「じゃあどうするよ」「なんでもいい」「"朝食"でgoogleマップで探すか」

 そんな軽い会話の末に決まった朝食の場所は重慶大厦から北に少し行ったところにある銀龍茶餐廳ガンルンチャーチャンテーンであった。一方通行の車道に面したビルの一階に「Ngan Lung Restaurant」と英語で書かれた看板を掲げる極々普通のレストランだ。「潮式」という文字も見えるので、潮州料理を中心に食事を提供するレストランのようだ。特に待つこともなく店内に入ると奥の狭い席へと案内された。日本のファミレスとそう変わらない雰囲気で、席は半分ほど埋まっており、ほとんどが現地の人らしかった。

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 私はスクランブルエッグとクロワッサン、それから牛肉麺のセットを、ワカナミは肉と目玉焼きが乗った麺を注文した。バックパッカー旅行初日の朝食らしく簡素な朝食だが、聞き取れない広東語の会話が飛び交う香港の朝食レストランでのモーニングは腹だけでなく耳までもが旅行気分に満たされる時間だった。


半島酒店Peninsula Hotel


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 朝食を終えて再び尖沙咀チムサアチョイの街を散策する。今度は西へネイザンロードを横切り、北京道や漢口道のあるあたりへ向かう。香港だけでなく、中国の都市ではよくあることだが、香港の通りの名前は中国のあらゆる場所の地名が付けられていて楽しい。北京道はもちろん人民共和国の首都・北京、漢口は湖北省武漢の旧名だ。さらに香港には中国の地名だけでなく、イギリス統治時代の名残を持つ通りもあるので、散歩をして通りの名前の標識を眺めるだけでも香港らしさを感じさせてくれる。もう既に何度も登場している尖沙咀のメインストリート・ネイザンロードは漢字で書くと"彌敦道"だが、中国内地に"彌敦"という地名はなく、これはイギリス統治時代の香港総督の名前"Matthew Nathan彌敦"から来ている。

 ネイザンロードの南端まで歩いてきた。ここの丁字路の東には崇光そごう、西にはペニンシュラホテルがある。

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「ペニンシュラホテルって日本軍が香港に進駐した時の降伏文書調印に使われたんだよね」

そんなワカナミの蘊蓄を聞いたり、そごうを背景に記念写真を撮ったり、ペニンシュラホテルを眺めたりしているうちに尖沙咀プロムナードの海沿いへと出た。

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 維多利亞港ヴィクトリアハーバーの向こうに浮かぶ香港島はいつ見ても美しい。香港の景色といえば夜景が有名だが、狭く切り立った地形に超高層ビルがひしめく香港島の眺めは昼間でも胸を打たれるほど綺麗なのである。

「ちょっと写真撮ってるからそこらへんうろついてて」

 そう言って私は鞄からカメラを取り出した。カメラと言っても一眼レフのようなものではなく、10年くらい前のPanasonicの普通のデジカメだ。実家で見つけてなんとなくいい写真が撮れそうな気がして、今回の旅行に持ってきたのだが、結論だけ言うとiPhoneの方が綺麗に撮れたので特に持ってくる必要はなかった。

 尖沙咀から眺める香港島は私の最も好きな香港の景色の一つだ。昔プレイしていたSim Cityで登場した中国銀行ビルが好きで、ずっと前から香港の景色といえばあのブルーの角錐が積み重なった建築物を思い起こしていた。今は中銀大廈中銀ビルより高いビルもあるがそれでも中銀大廈が香港で一番好きな建物である。その中銀大廈を含む香港中環セントラルの景色を対岸から眺められる尖沙咀は、遠い昔から憧れていた香港を現実のものとして自分の目で見ることができる。毎回ここを訪れるたびに感慨深く思うのであった。ワカナミに頼んで、この大好きな香港の景色をバックに写真を撮ってもらった。この場所に私が居た確かな記録を残してもらうことができた。

「ペニンシュラの中入ってみる?」

 維多利亞港ヴィクトリアハーバーから重慶大厦チョンキンマンションへ戻る途中の交差点で信号待ちをしている時、私はワカナミに言ってみた。当然中に用事なんかない我々だが、エントランスに入ることはできるだろう。一人だけだと行く気にはならないが、せっかく二人で来ているので思い切って用のない半島酒店に入ってみることにした。しれっとした顔で正面から半島酒店に足を踏み入れると、煌びやかだが落ち着いた上品な雰囲気のエントランスに圧倒された。バックパックこそ重慶大厦においてきているものの、半袖短パンのバックパッカーの我々は完全に招かれざる客そのものだった。そそくさとエントランスを見学して荷物を取りに重慶大厦へと戻った。

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(続く)


旅程表

2018年9月14日 "我々の偉大な旅路" 1日目 香港

午前7時20分頃 起床

午前8時20分 銀龍茶餐廳ガンルンチャーチャンテーンにて朝食

午前9時頃 半島酒店を見学

(時刻はすべて香港時間)

主な出費

朝食(銀龍茶餐廳にて) 24HKドル


↑第1章 香港 ~後編~ はこちらから

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