我々の偉大な旅路 第2章 深圳 ~中編~
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地鉄
商業城を出て羅湖口岸の前の広場に出ると、外は亜熱帯の暑さだった。先ほど買ったばかりの腕時計もすぐに汗ばんでしまいそうだ。極力荷物を減らしているとはいえ、2週間分の荷物を詰め込んだバックパックを背負った我々はジリジリと照りつける華南の太陽に体力を奪われつつあった。
ここ羅湖は香港への口岸、鉄道の駅、バスターミナル、地下鉄駅が集まる香港と内地を結ぶ巨大交通ターミナルになっている。本日の我々の目的地は100kmほど北に位置する広州。ここからも直通の列車は出ているし、香港から広州を陸路で目指すならここで列車を乗り換えるか、香港からの直通列車に乗るのが最短の移動ルートだ(当時。現在は香港後編でも登場した高速鉄道が最短となっている。)。しかし、せっかく「未来都市」とも僭称される現代中国の代表的な大都市・深圳に来たからには観光もしてから広州に向かうのもいいだろうと考え、我々はここから地下鉄に乗り深圳の市中へと向かうことにした。目的地は華強北路。「中国の秋葉原」とも称される中国屈指の電気街だ。
羅湖の駅前広場から地下に潜り地下鉄駅に入った。香港では八達通(交通系ICカード)を使って地下鉄を乗り降りしていたが、深圳ではICカードを購入せずに切符を買って地下鉄に乗ることにした。深圳の地下鉄のチケットはトークンになっており、券売機で人民元硬貨をコイン型のトークンに換えてトークンをかざして改札の中に入る。降りる時にトークンを改札の穴に通して回収するというシステムだ。もっとも、日本の都市部や香港と同様にほとんどの人がICカードを利用するので、トークンを使う人は少数派だ。自動券売機に列はほとんどなく、スムーズにトークンを買うことができた。我々は早速トークンを片手に改札へと向かい、私は改札にトークンをかざし地下鉄駅に入場した。そのまま駅構内へと足を進めたが気づくとワカナミがいない。ふと振り返るとワカナミが改札で立ち往生していた。どうやらトークンが改札に反応しなかったらしく、改札を通ることができなかったようだ。私は近くの駅員を呼び、トークンを新しいものへと交換してもらい、ワカナミに再びトークンを渡した。新しいトークンは無事に反応したようで、何事もなかったかのように改札の棒はワカナミの地下鉄駅への入場を許した。そして改札を通った後にある安全検査(中国内地の地下鉄には空港の保安検査のような検査がある)で怠そうに仕事をするスタッフに飲み物の検査をしてもらい、バックパックをX線に通した。この検査は中国ではお馴染みだが、かなり適当に検査をしているところも多々あり、有効性はかなり疑わしい。私がはじめて深圳を訪れた時には改札に二人いたスタッフのうち二人ともが居眠りをしているという体たらくであった。それはさておき、エスカレーターを降りて列車のやって来るホームへと下っていった。
中国的秋葉原
地下鉄を一回乗り換えて華強北駅に到着した。華強路という通りの北にあるので華強北。中国ではよくある地下鉄駅のネーミングである。この華強路というのは、先にも紹介したが「中国の秋葉原」とも呼ばれる中国、いや世界有数の電気街と言っても過言ではない電気製品の集積地である。地下鉄駅を出るとそこには大きく開けた歩行者天国の道路があり、その両脇には電気製品のデパートが何棟も並んで立っていた。平日の市街地は、大都会深圳といえどもそこまでの混雑はなく、広々とした歩行者天国を街ゆく人は疎らであった。
ウィーーーーン。
聞き覚えのある音が頭上からした。ドローンだ。ドローンの実演販売を行なっている商人がいた。四つのプロペラを回しながら歩行者が行き交う華強路の上空を縦横無尽に舞うドローンは、まさに現代の中国の近未来感そのものだった。日本ではおそらく規制があって、このような人が多い場所でドローンを飛ばすことはあまりないが、中国にはそのような規制がないのだろう。多少危険ではあるが、ドローンは自由気ままに人民共和国の空を泳いでいた。
ッ。カタッ!
商人が操縦をやめるとドローンが瞬時に気力を失って地面へと堕ちていった。感情のないような落ち方だが、どこか物寂しいようにも思えた。そんなドローンを見捨てるかのように我々は「華強電子世界」という電気デパートに入った。
7〜8階建の角ばったビルに大きな広告が掲げられている。壁面にはLenovoなどのブランドのサインが散りばめられている。一階にはHUAWEIのショップが店を構えている。作りや外観の雰囲気は日本の家電量販店とそう変わらない。ただ、規模が大きいので前に立って見上げてみると迫力が違う。入り口から内部に入ると、中が吹き抜けになっており、エスカレーターが各階を繋いでいる。1階のフロアには小規模な屋台のような電子部品店が軒を連ねており、各フロアにはPC、家電、携帯電話などと様々なジャンルの電子製品を取り扱う店が並んでいた。
我々は一階の電子部品店を物色しながら華強電子世界を探検した。ワカナミはどうか知らないが、私にはこうした電子部品に関する知識が皆目備わっていない。何をする部品なのか、何に使う部品なのかも見当がつかない。それでも電子部品を眺めてしまうのは、中国の近未来都市深圳の東洋一の電気街で電子部品を見ているという事実を経験したかったからなのだろう。
わけもわからぬ電子部品を吟味するフリをしながら華強電子世界を漂っていると照明部品を扱う店を見つけた。眩いばかりにギラギラと光り輝く電飾がいやでも目を引いたのだった。私はアイドルさんのライブ鑑賞を趣味としているが、アイドルさんのライブでは私たちヲタクが光る棒を客席で振るのが慣習になっている。私はここでライブで用いることのできそうなものはないかと物色をはじめた。
「何見てるの?」
「いや、ライブで使えそうなのないかなって」
やや呆れる顔をしたワカナミを余所に、私は照明部品をあれこれ触ってみたが、良さそうなものはなかった。
「やっぱなさそう。荷物になるし、また今度深圳に来る時でいいわ」
そう言って、我々は階上の店舗へと再び歩き出した。
二階から先は家電や携帯電話など、電化製品を取り扱う店が多くなる。日本の家電量販店でよくあるようなAppleやHUAWEIのコーナーのようなものもある。ぐるりと数フロアを回ってると、楽器屋というか音響器具屋というか、オーディオ関連の物を扱っているお店を見つけた。我々はどちらかが入ると言うでもなく、吸い込まれるようにこのショップに入った。ワカナミは楽器類に見入っている。私はスピーカーを物色した。スピーカーは羅湖のちょうど我々が腕時計を購入したお店でも売っていた。音のいいスピーカーと言うよりは便利なスピーカー、スマートフォンの接続や同期が容易なスピーカーが多い。以前使ってたiPod用のスピーカーの代替になるものがないか探したが、ピンとくる物には巡り会えなかった。諦めて出口の方へ振り返るとワカナミが鍵盤を演奏していた。高校時代からよく見慣れた光景である。ワカナミの肩を叩いた。
「腹減った」
「そろそろ出るか」
永和大王
香港で朝食を食べて以来、食べ物は口にしていなかった。南方の暑さの中、重い荷物を背負い、見知らぬ街を歩いてきた。時刻はもうすでに午後2時を回っていた。昼食にしては遅い時間だが、このまま広州まで何も食べずに行くのも辛いので、ここでご飯を食べることにした。
華強電子世界を出た我々は地下鉄の駅に繋がる地下街へと移動した。深圳は中国を代表する大都会なので、地下街は各種飲食店や雑貨屋、その他の店舗が軒を連ねており、その規模もかなり大きいものであった。
「あれ?永和大王あるじゃん。」
ワカナミが言った。"永和大王"とは、我々が一年前に日帰りで上海を訪れた際に昼食を食べたチェーン店である。確か上海発祥のチェーンのはずだが、遥か遠くの南方・広東省は深圳にも展開しているらしい。一年前の上海旅行を不意に思い出させてくれた永和大王に敬意を払って、我々は永和大王で昼食を取ることにした。
永和大王は台湾料理のファストフードのお店のようだ。先にレジにて会計を済ませて注文を言う。注文した料理は後から席へと運ばれてくる。3時前の地下街で昼食をとる人間は大都会深圳といえどそれほどいるわけがなく、我々はすぐにレジカウンターへと進んだ。店員の頭上にメニューが貼ってある。よくあるファストフードのスタイルだ。しかし問題はメニューが全て中国語であることだ。日本語の振り仮名にあたる拼音も併記されていない。私は「那个...」と数字を言うだけで精一杯だった。なんとなく画像が目についた”黑椒牛柳饭套餐”を注文してみることにした。野菜も乗ってる牛丼みたいな見た目だが、中華料理っぽさもあるイラストに目をひかれ、香港の銀龍茶餐廳で食べた麺以来固形物を口にしていない昼過ぎのお腹を満たすには適した一皿だと感じたからだ。私は中国では時代遅れな現金決済で支払いを済ませ、席へと向かった。午後3時のファストフード店はもぬけの殻で他に客は他にいなかった。
「これなんだと思ったら豆乳だね」
セットについてきた飲み物を飲みながらワカナミが言う。私は豆乳があまり好きではなかったが、台湾料理店だということで食事と共に豆乳を体内に流し込んだ。
(続く)
旅程表
2018年9月14日 "我々の偉大な旅路" 1日目 深圳
午後1時52分 羅湖駅にて深圳地下鉄1号線 機場東行きに乗車
午後2時04分 大劇院駅にて深圳地下鉄2号線 赤湾行きに乗車
午後2時12分 華強北駅に到着
午後2時20分〜 華強電子世界でショッピング
午後2時50分〜永和大王華強店にて昼食
(時刻はすべて北京時間)
主な出費
電車賃
地下鉄 羅湖 → 華強北 4元
昼食 黒椒牛柳飯套餐 23元 (永和大王華強店にて)
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