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8分で少しのしあわせを取り戻す

できれば、秋風が心地いい日は少したるんだキャンバストートを持って美術館に出かけたい。

できれば、帰りには路地裏の珈琲屋さんであったかい珈琲をすすりながらさっき目にした作品のことを考えていたい。

できれば、小さな本屋さんに寄り道してタイトルに吸い寄せられた文庫本を一冊だけ買って帰りたい。



わたしが思い描くのはいつだって「アートのある生活」。

理想的な生活に近づきたいし、できる限りの理想的な自分でいたい。



でも、うまくいかないことはたくさんある。

「シャワーだけでいいや」とホカホカのお風呂を諦めることもあるし、メイクだけ落としてベッドにダイブする日もある。



“美術館……? 次のオフができたら行こうかな”

いつになったら実現するのだろう。と、さすがにため息を吐く。



終電でギリギリ最寄駅に着く頃には、わたしは自宅に帰る手段の多くを失う。

「最寄駅」と皆が一様に呼ぶその駅は、わたしにとっては最寄でもなんでもなく“仕方がなく利用するそこそこの距離にある駅”だ。

もうすでに10年ほどお世話になっているため、今になってその駅に対する不満を漏らすのもくだらないとすら思えてしまう。



駅徒歩75分の場所にある自宅には、だいたいいつも月明かりが煌々と輝く頃に到着する。

持ち帰ってきたものは、食事と入浴の欲望すら丸ごと奪ってしまうほどの疲労と溜まりに溜まった仕事の山だ。



そんなとき、わたしは決まってある8分間の自由をつくる。

徒歩8分の距離にある、自宅から一番近いコンビニのそばでタクシーを降りるのだ。



タクシーを降りたらコンビニのドアの前に立ち、心踊るなにかを見つける。

ビールでもいい、アイスクリームでもいい、水やお茶でもいい。

なんでもいいから、疲れた自分をいたわる8分をつくってあげる。



取れない疲れも、終わらない仕事も、全部全部ほっぽりだして8分間を自分にプレゼントする。

それだけでいい。それだけでいいのだ。



意外なもので、気が付いた頃には少しの活気を取り戻した自分の姿が鏡に映る。

またすぐになにもやる気がなくなるかもしれないけれど、そのときはまた8分と出会おう。

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