おくすり調査隊
情けないの「情」という漢字を見るとなんか全体的に垂れ下がっていてやっぱり情けなくなる。その無常観漂う佇まいに日本語は表意文字だ!と主張したくなるが、同時に「情」という字をずっと見ているとなんだかこれは「なさけない」と読まないような気がしてくる。
もっと何かこうどうしようもないやるせない的なナニカのにおいがするのだが、一体それが何なのかわからない。ただ、情けないからと言って叱ったところで「情」がシャキッとするイメージも湧かないし、きっとヒモになる男は「情」←こんな顔をしているのだろう。ヒモを引き寄せてしまう女性の顔は同じ「情」でも「情熱的」もしくは「感情的」なナニカがありそうだ。同じ「情」でも友情も愛情も感情もそれぞれ見た目がどうしようも無いが、その性質から受ける印象が違うのが不思議だ。
つまるところ僕らが日本語を読むとき字そのものではなくその属性を読んでいるのではなかろうか。ひらがなの羅列でも「なさけない」と書くと「情」の諸行無常感にポップな意匠が加わっていい感じだ。
「なさけない」もの。例えば中途半端な地方創生の為にアイコンとして作られたは良いものの全然可愛くない魑魅魍魎系ゆるキャラが目に浮かぶ。
僕はあまりにも仕事を選ばなかったせいで「なさけない」状況に陥ったことがある。21歳の頃、ガーナで働いていた頃にロンドンで短期の仕事の依頼があった。
当時、俗に言う精力剤でジェネリックのものはメジャーどころでバイアグラしか出回っていなかったが、新たにシアリスとレビトラという2つの新薬の特許が切れるので、ジェネリックになる前にロンドンで処方される正規品のサンプルを持ち帰って欲しいという依頼だった。
僕はロンドンの"そういう"専門病院のアポを取って、キラキラした金融街の奥にあるクリニックに足を運んだ。30代後半位のベテラン女医さんがしっかりと目を見ながら僕に「その年で一体どうしたの?」ときいた。
処方に事情聴取が挟むとは想定外!パニックになった僕は仕方なく「彼女がいるのだが、前の彼女がトラウマになっていてムスコの元気がない」と告げた。しかしトラウマになるとはどんなことだろうか。自分で言っておいて全くどうすればいいのかわからない。女医さんは「良かったら私にちゃんと話して」と慈悲深い眼差しを向けている。
僕は「大勢の前で裸で板に張り付けられてぐるぐる回され、黒魔術をかけられました」とウソをついてしまった。
うつむいた僕に女医さんは慈悲深い眼差しに同情の色を携え"I am so sorry for you..."と肩を叩いてくれた。僕がうつむいていたのは辛いからではなく余りにもクリエイティブで楽しいウソをついてしまったから笑いを堪えるのに必死だったのだ。女医さんに申し訳ない気持ちで一杯になりながら念のため両方試したいからと2種類の精力剤の処方箋を貰った。
薬局でおばちゃんに処方箋を渡すと、顔を見つめられウィンクされた。どうしたら良いのかわからないので、半笑いで精力剤が処方されるのを待っている時、僕はひどい脱力感に襲われ「なさけない」気持ちになった。本当に精力剤を処方されてる人っぽくなった。
今はそれなりに誇りを持って仕事をしているが、たまに「なさけない」気持ちになることもある。そんな時はロンドンの女医さんの慈悲深い眼差しを思い出して、半笑いで脱力している。その時の僕の顔は多分「情」←こんな顔をしているのだろう。