思い出の切符
僕は海に来ていた。
海岸にある、ある小さな温泉町。
幼い時に母をなくし、そしてついこの間、僕は天涯孤独になった。
父は死ぬ間際、僕に古い一枚の切符をくれた。
「これを持っていたら、きっと逢いたい人にあえるからね」
それだけをいって、僕にくれた。
その切符にのっていた駅の名前、『ユメノサキ』、それとおなじ名前の町、それがこの温泉町『夢ノ岬町』だった。
父の葬儀での疲れと、傷ついた心を癒すために、僕はここ、夢ノ岬に来た。
僕の眼前には、どこまでも続きそうな白い砂浜と、高くそびえる黒い岸壁があった。
岸壁のあちらこちらからは白い煙が上がっている。
そう、それは温泉から立ちのぼる、湯気だ。
そして、温泉町はその岸壁にまで至っている。
坂に温泉、そして海、それがこの町のすべてだった。
僕はふらふらと、気付けば海に来ていた。
しかし、人であふれるはずの海岸には人っ子一人いない。
どういうことだろう?
とりあえず、こかげに座って、あたりを見回す。
やはり、誰もいない。
静かだ。
だが、確かな暑さの中、僕は我慢出来ず泳ぐことにした。
一人で泳ぐ海は格別つめたかったが、やはり人がいないというのは違和感があった。
僕は、海から上がり、再び木陰へいった。
あつい…
僕は、旅館にもどった。
夕方。
あたりは薄暗くなり始めていた。
僕は、宿にもどったあと、ここに至るまでの坂道で疲れた体を癒すため、温泉に入った。
体の火照りを冷ますため、僕はうちわを片手に、旅館の窓から柵によりかかって外をみていた。僕の部屋は二階だったので、景色がよかった。
昇ってくるときには、嫌だった坂道も、ここから見ると最高だった。
僕は、ここが気にいった。
つるされた風鈴の音が、僕の気持ちを少し涼しくした。
少し涼んだあと、僕は部屋にもどった。
そのとたん、どん、どどん、という大きな音がきこえた。
「ん?」
もう一度窓からのぞいて見ると、それは花火だった。
「祭りでもあるのかな?」
「おい始まるぜ!!行こうぜ!」
「ちょっと待てって!!」
下の通りからは、そんな声が聞こえる。
気付くと下の通りは人の往来いっぱいになっていた。
何かが始まるらしい。
僕はさそわれるままに、通りの人の流れにまじった。
あたりはもうすっかり暗くなっていた。
砂浜には夜店がでていた。
真っ暗な中、夜店の赤い光はとてもきれいだった。
夜店をぬけると、そこは普通の砂浜だった。
人々は、砂浜の思い想いのところに座っている。
何かを待っているらしい。
僕は砂浜の上のほう、人ごみから少し離れたところにある松の木にもたれて、何かを待った。人々の喧騒と熱気から離れたこの場所は、とても心地よかった。
がやがやがや。
「あ、見えたぜ・・・」
だれかがそういうのが聞こえた。
ほんと何がみえるんだ?と、僕が不思議に思っていると、どこかから、ごーっと言う音が聞こえてくる。
そして・・・人々の歓声。
僕は何が見えたのかわからなかった、いや、理解できなかったというべきか。
それは確かに列車に見えた。
列車が空を飛んでいたのだ。
「何だ、あれ・・・?」
僕は言葉を失った。
「兄ちゃんそんなことも知らないの??」
横から急に声をかけられた。
僕が驚いて、横を見ると、小さな男の子が横にいた。
「今日はね、、一年に一度、この温泉町から列車が飛ぶ日なんだよ?」
列車が飛ぶ??、そんなわけないだろ…と、思いながらも、さっきのは確かに列車だったな、と僕は思う。
「あ、またくるよ!!ちゃんと見てね!!」
僕はさっきより、数倍目を凝らして、それをみる。
やはりそれは、列車だった。それはとても美しかった。
砂浜の人はみんな見とれている。
よくみると…列車には人が乗っていた。彼らもみんな、列車の窓を開け、こっちを見ている。
みんなが手をふっていた。
僕らもみんな手をふり返した。
列車が飛ぶ飛ばないなんて、もうどうでもいい、そんな気になった。
それはほんとにきれいだった。
「きれいでしょ?」
「ああ」
僕らはそのあとしばらく、言葉もなく、ただ、空飛ぶ列車を眺めた。
「あの列車に乗ってみたいなぁ…」と、僕がいうと、
「乗りたい?乗れるよ!」
「切符は?」
「僕、父さんが運転士なんだ。切符もってるんだけど、今日、お父さんが最後の列車を運転するときに、乗せてもらえるんだ。だから、ひとつあまってるんだ!あげるから、一緒に乗りにいこッ!!」
「ほんとにいいの?」
「うん!じゃぁ、行こう!!」
彼は、坂道を登りだした。
僕も、坂道を登りだした。
「あの列車はね、乗ってると、一緒にいたい、逢いたいって思ってる人が乗ってきてくれるんだ。で、あの列車がひと駅飛ぶ間、一緒にいれるんだよ」
僕は、ふと足をとめた。
僕はあの列車に乗る資格はあるんだろうか。あの列車は、どこまで飛んでいき、誰に合わせてくれるのだろう?僕が今、逢いたいと思うのは誰なんだろう??
「はやく~、駅はこの上だよ、がんっばってネ!!」
彼の言葉で、僕は考えるのをやめた。
何が待っていようと、誰に逢おうとも、僕は進んで行くしかない。
今は進んでいくしか・・・
夜空には満天の星、その夜空にまたひとつ、星が流れた。
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