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「木造」という時代の終わり─『新建築』2018年10月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)






評者:深尾精一
目次
●敷地を活かした木造─富岡商工会議所会館
●意欲的な設計,しかし...─山王のオフィス
●CLTが生み出す美しさ─竹中研修所「匠」新館増築
●複雑な木材の使い方─ゆすはら雲の上の図書館/ YURURIゆすはら
●林業の町に建つ木造の議会棟─小林市庁舎
●目を引く木材の存在感─熊本県総合防災航空センター
●貫構造による見事なプロポーション─大船渡消防署住田分署
●素材を適材適所で用いる─みんなの交流館ならはCANvas
●木の持つ力強さ─大槌町文化交流センター「おしゃっち」
●一度は身を置きたくなる─宝性院観音堂


10月号は「木造特集」である.
木造の隆盛は近年の顕著な傾向で,きわめて充実した内容である.しかし,評者は,「木造」という時代は終わるであろうと考えている.

「木造」とは,「鉄筋コンクリート造」と同様に, 20世紀に始まった概念であり,そのような構造分類自体が無意味になってきていると思うのである.
ハイブリッドの時代と言えば簡単であるが,その用語も,20世紀的なものであろう.19世紀までの組積造の小屋組は,ほとんどの場合,木材による架構であったし,床構法も多くの場合,木材で構築されていた.
日本にも,19世紀半ばまでは,「木造」という用語はなかったはずである.それが今,「木造にすること」が目的化しているのではないだろうか.

特集記事:超高層木造建築のロードマップを描くW350は,ハイブリッド構造ではあるが,明らかに超高層木造の実現が目的化している.さまざまな課題の検証が狙いとはいえ,いかに防・耐火を施しても,「燃えぐさ」になることに言及されていなくては,共感することはできない.
それに対し,自立分散型の生産システムをつくるVUILDの活動は,若い世代の,木に取り組む姿勢として,きわめて刺激的である.木材を適切に活用する知恵こそが求められているのであろう.


敷地を活かした木造─富岡商工会議所会館

富岡商工会議所会館|
手塚貴晴+手塚由比+矢部啓嗣/手塚建築研究所 大野博史/オーノJAPAN

道路拡張に伴う旧商工会議所の解体に伴い,富岡製糸場と富岡市役所(『新建築』2018年7月号)の中間に位置する「吉野呉服店」の跡地に新しい商工会議所を建設するプロジェクト.建物を細長い敷地の片方に寄せることで,路地空間をつくり出している.1スパン1.8×1.8mの斜め格子のアウターフレームによりかつての呉服店の建物のボリュームを意識したノコギリ屋根を形成.

さて,富岡商工会議所会館は,細長い敷地を巧みに活かした,意欲的な木造である.
方杖付き門形フレームと斜め格子梁の組み合わせには,接合方法など,さまざまな工夫が込められていて,謎解きのような楽しさがある.この大胆な架構が,接道面で平入りの街並み構成要素となっているのが旨い.ただ,必然的に矩勾配となる大屋根と庇の見え方は,実物を見なくては評価しにくいところである.



意欲的な設計,しかし...─山王のオフィス

山王のオフィス|栗原健太郎+岩月美穂/studio velocity

設計者・studio velocityの自社オフィス.ラミナ1本ごとの部材長を測り強度試験を行ってデータ化し,梁用集成材のラミナ配列から設計.あらかじめプレテンションによって梁を引っ張りたわませることで,上に人が乗れる曲面を実現した.場所によって天井高の変化するワンルーム,緩やかに周囲からプライバシーが確保された皿のような形状の屋根上空間が生み出されている.

山王のオフィスは,扁平梁としての集成材の構成の仕方や架構形態など,これまたきわめて意欲的な設計である.
ただ,どうしてこれほどまで冒険をしなくてはならないのだろうか,評価が建築界の中だけで閉じてしまうのではないか,という疑問を感じた.扁平梁と引っ張り柱材との接合部の情報もほしいところである.さらに言えば,テンション材はなぜスチールロッドではいけないのだろうか,中庭部の扁平梁とガラスの雨仕舞いの耐久性はどうなのだろうか,と疑問は尽きない.



CLTが生み出す美しさ─竹中研修所「匠」新館増築

竹中研修所「匠」新館増築|竹中工務店

南側外観.約8万㎡の「清和台の森」に建つ自社の研修宿泊施設の増築計画.CLTパネル工法からなり,4周にはCLTパネルによる庇が巡る.地上躯体に430㎥のCLTを使用.

ところで,ここ2,3年で,わが国でも優れたデザインのCLTを用いた建築が見られるようになってきたが,竹中研修所「匠」新館増築は,パネル同士の接合を金物に頼るのではなく,引きボルトを用いることによりスラブの組み合わせの本来の美しさを引き出している.
垂れ壁をなくすための補強鋼板の利用なども,総合設計力のなせる技であろう.ボルトの位置を2重床で隠しているところもさすがである.
階高を抑えていることもプロポーションに寄与しているのだろうが,CLTの量感からすると,もう少し天井高がほしかったのではないだろうか.



複雑な木材の使い方─ゆすはら雲の上の図書館/ YURURIゆすはら

ゆすはら雲の上の図書館/ YURURIゆすはら|
隈研吾建築都市設計事務所

高知県梼原町に建つ図書館と福祉施設.保育施設と体育館に隣接し,多世代が集う場となることが目指された.図書館の天井には120mm角のスギ材で構成された木組.また館内はすべて上足,階段状の空間とすることで,さまざまな居場所をつくり出している.

ゆすはら雲の上の図書館/ YURURIゆすはらは,隈さんらしい設計である.
きわめて多くの引き出しの中から,使い慣れたものを取り出して組み合わせている.鉄骨造の地震力への抵抗については耐火を要求されないということで,木材を複雑な方杖状に用いているところが巧みだが,風荷重に対しては問題ないのであろうか.
またこの作品などを見ても,本特集は,「木造特集」ではなく「木材活用特集」とすべきであったのではないだろうか.




林業の町に建つ木造の議会棟─小林市庁舎

小林市庁舎|梓設計

木造3階建ての東館と,鉄骨造+鉄骨鉄筋コンクリート造4階建ての本館(行政棟)の2棟からなる市庁舎.地元の資源・人材・産業で建てられる木造建築とするため,東館は特殊な工法や接合金物は用いずにつくられた.3段たすき掛け筋かいによる純木造の耐力壁「KB-WALL」がファサードに現れている.

小林市庁舎も,本館は鉄骨+鉄筋コンクリート造であり,議会棟のみが木造のプロジェクトである.
4寸角の4m材を用いた弓形張弦梁の議場の天井は,林業の町らしく,好感が持てた.この議場棟には「KB-WALL」と称する斜め格子状のスギ材による耐力壁が用いられているが,それとの統一感を出すために本館にも木の格子を用いたのには,疑問を感じた.




目を引く木材の存在感─熊本県総合防災航空センター

熊本県総合防災航空センター|
小川次郎/アトリエ・シムサ+ライト設計

防災消防航空センターと警察航空隊基地が合築された九州における広域防災拠点.鉄筋コンクリート造の整備資材庫や事務室に,消防・県警の各格納庫及びブリーフィングルームの木造大架構が積層する構成.小径(120mm角)のスギ材により,各格納庫には約20mスパンのトラス梁が架け渡されている.

熊本県総合防災航空センターは,ヘリコプターの格納庫に,一般流通木材による大架構を用いたということで画期的である.
ヘリコプターが出入りする大開口やホイストを支える部分には,鉄骨梁が併用されているが,プロポーザルの提案要件が木造ではなく「県産木材の活用方法」であったとすると,鉄骨架構の上にこの屋根を架けてもよかったのではないだろうか.ともあれ,鉄骨が目立たないほど木材の存在感があるのはプロジェクトとして成功であろう.




貫構造による見事なプロポーション─大船渡消防署住田分署

大船渡消防署住田分署|SALHAUS

築43年の消防分署の移転・建て替え計画.豊富な木材資源を持つ住田町が推進する「木質の中心市街地」の計画として,敷地南側に建つ「住田町役場」(『新建築』2014年11月号)に続くふたつ目のプロジェクト.接合部に金物を使わずに,楔と込栓を用いる伝統的な貫工法によって建てられた.

大船渡消防署住田分署は,本格的な貫構造を採用して大きな開口部を構成しており,大仏様を彷彿とさせる建築である.
構造・構法も興味深いが,プロポーションが見事であり,これほど気持ちのよい建築の消防署は見たことがない.先に建設されていた,隣接する住田町役場との調和も,地域の施設のあり方として,特筆すべきであろう.
「木材という地域資源を『より多く使う』ことで生まれる空間について考えた」というコメントも嬉しい.




素材を適材適所で用いる─みんなの交流館ならはCANvas

みんなの交流館 ならはCANvas|
都市建築設計集団/UAPP

2011年の東日本大震災の影響で避難指示区域となり,2015年9月より指示が解除された福島県楢葉町に建つ地域住民の交流施設.21×21m,高さ6.1mの吹き抜けのあるワンルームの空間に,小断面の梁を格子状に重ねた大屋根が架かる.この地に住む住民の交流の拠点として期待される.

みんなの交流館ならはCANvasもプロポーションの美しい建築である.木材の格子梁が,φ=700mmという太めの鋼管に支えられた架構であり,混構造・ハイブリッドと紹介されているが,構造設計者の中田捷夫さんも述べられているように,素材を適材適所で用いた結果であろう.
冒頭に述べたように,木造という概念で建築を捉える時代は終わったと考えてよいのではないか.大きな軒の出のクリープは少し心配である.




木の持つ力強さ─大槌町文化交流センター「おしゃっち」

大槌町文化交流センター「おしゃっち」|
前田建設工業・近代建築研究所・中居敬一都市建築設計・TOC異業種特定建設共同企業体+ホルツストラ

東日本大震災の津波によって被害を受けていた図書館と地域交流施設の建て替えに伴って計画された木造3階建ての図書館複合施設.西側ファサードには連続門型アーチ架構,ホールは立体張弦トラス,3階図書館では樹状方杖架構を用いるなど,いずれも一般流通材を主に使用しながら用途ごとに架構を使い分けている.

大槌町文化交流センター「おしゃっち」は,前田建設工業+松永安光+稲山正弘という,住田町役場(『新建築』2014年11月号)のチームが新たに木による架構に挑戦した作品である.
木造門形アーチ架構の連続したリズムや,一般流通製材による大スパン樹状アーチの大空間が売りであるが,評者としては,多目的ホールの相持ち立体張弦トラス架構の見事さにうなってしまった.「木の持つ力強さ」は,この空間に最も明快に現れているし,相持ちという考え方も新鮮であった.




一度は身を置きたくなる─宝性院観音堂

英照院本堂|DXE一級建築士事務所

山形県新庄市にある曹洞宗の寺院本堂の建て替え計画.土地柄,降雪を考慮した屋根形状をつくっている.装飾に用いられている中央のルーバーは,付加的にTMD制震機構としての機能持つ.使用された木材はすべて無垢材.

宝性院観音堂は,さまざまな意味で,その中に一度身を置いてみたいと思わせる建築である.

この特集では,4寸角の一般流通製材を用いたプロジェクトがいくつか紹介されている.1996年に4寸角を約600本用いて繁柱の家(『新建築住宅特集』1997年4月号)を設計した評者としては,複雑な気持ちであった.
木造には間違いなく,「ものづくり」の喜びがある.しかしそれは,木造だからではなく,木材という自然の素材を使うことに伴う,工夫を求められる喜びである.






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