時代を超えたモノとヒトの重奏が 建物の変わらない魅力となる─大野義男 (船岡温泉4代目当主)
京都大学平田晃久研究室と京都の建築学生,新建築社で,建築学生のための拠点づくり「北大路プロジェクト」をスタートさせました.
その思考を広げるため,学生によるさまざまな専門家へのインタビューを行い,連載として紹介します.
第4回は京都市北区紫野の船岡山のふもとにある船岡温泉の4代目当主の大野義男さんにお話を伺いました.先代から受け継ぎ経営されている船岡温泉を見せていただきながら,「北大路プロジェクト」におけるコミュニケーションの生まれ方を考えていきます.
インタビューの聞き手は,大須賀嵩幸さん,志藤拓巳さん,吉永和真さん(京都大学 平田研究室M2※),佐々木菜緒さん,髙野麗さん,徳永茉音さん,瀧本野乃花さん(京都女子大学B3※).※所属はインタビュー時のもの.
目次
●歴代主人の人柄が見え隠れする銭湯空間
●裸の付き合いが垣根を溶かして生まれる銭湯ならではのコミュニケーション
●地域ぐるみで観光を考える
船岡温泉にて行われたインタビューの様子
前列左から大野さん,志藤さん,大須賀さん.後列左から瀧本さん,徳永さん,佐々木さん
歴代主人の人柄が見え隠れする銭湯空間
──船岡温泉は,レトロなタイルや天井・欄間に施された彫物など,さまざまな要素がひしめき合う空間が特徴的ですが,この空間はどのようにして生まれたのでしょうか.
大野 私の祖父である大野松之助(1873〜1955年)が初代当主としてこの船岡温泉の建物を建てたのが1923年で,当初は料理旅館でした.元もと庭石屋だった松之助はその経験を生かし,彫刻や石造などの要素を建物に取り込んでいきました.
表には通りに面して鞍馬の名石を並べ,欄間には京都の葵祭りの様子を彫刻で表現しています.天井に取り付けられた天狗の像も松之助のアイデアで,自分が以前鞍馬で仕事をしていたからということで,鞍馬天狗の彫刻を天井に張り付けてしまった.彼は,自らの経験と結びつけて何かを拵えるアイデアに富んだ人だったのです.
船岡温泉外観
提供:船岡温泉
脱衣所.天井には天狗像が,欄間には木彫りが施されている
提供:船岡温泉
続く2代目の伍一郎(1899〜1953年)は,日本初の電気風呂を導入して「特殊船岡温泉」の認可を取りました.
当時は今のように地中を深く掘る技術が発達していなかったので,京都には「温泉」というワードはありませんでした.なんとかして温泉という名称を得ようとして,お湯に電気を流すことで許可を得て,京都市内初の温泉として看板を掲げることになりました.
私は1958年から後継しています.船岡温泉にはお風呂と脱衣所の間に鯉が泳ぐ池があるのですが,ある時お客さんから「真夏の鯉は涼しくていいなあ,ここを露天風呂にできないかな」と言われたのをきっかけに,露天風呂をつくることにしました.
風呂と脱衣所の間に設けられた鯉が泳ぐ池
提供:船岡温泉
とは言え,浴場法の規制などで露天風呂の許可を取ることは困難で,なんとか制度を変えられないかと思い,改装した時に無理やり露天風呂をつくったのです.
同業者や役所からの反対もあったのですが,それ以上にお客さんの反響が大きく,完成後1年も経たないうちに京都の他の銭湯でも露天風呂が次々とつくられるようになりました.お客さんの声が力になり,実現できたのだと思います.
露天風呂
提供:船岡温泉
常に何か付け足してお客さんを喜ばせることを考え続け,10年ごとに改装を繰り返してきましたが,その中でこの船岡温泉を新しく建て替える話が持ち上がったこともありました.しかし,初代から受け継がれてきたこの建物はもう二度とつくれないと思い,部分的に改修しながらこの建物を残して使い続けてゆく道を選びました.
その結果,2003年には脱衣場と浴場が登録有形文化財に認定されました.そうやって,歴代当主の思いの積み重ねの上に,時代に合わせて新しいものを付け加えていくということがこの船岡温泉の魅力となっているのだと思います.
大須賀 時代を超えてさまざまな要素が混然一体となった空間は,さながら大野さんの一族の個人美術館のようにも思えます.
「北大路プロジェクト」でも,住人や訪れる人たちの生活や活動がそのまま要素として表出してくる空間を考えており,とても興味深いです.
裸の付き合いが垣根を溶かして生まれる銭湯ならではのコミュニケーション
──京都には海外から訪れる観光客は年々多くなっていますが,大徳寺や今宮神社などがある紫野も例外ではないと思います.船岡温泉ではどのような変化を感じられていますか.
大野 外国人の観光客は,最近また多くなった印象ですね.船岡温泉に来る海外のお客さんもかなり増えていて,お客さんの半分くらい,多い時には7〜8割が外国人の方ということもあります.地元の方は10人に1人くらいです.
昔,この船岡温泉がある西陣地区は,織機の「ガチャガチャ」という音が常に響く職人の町でした.仕事が終わった職人さんたちが親方と一緒に銭湯に行く文化があり,初代が施した豪華な意匠は彼らの好みを反映していると言われています.
その後西陣の産業は衰退しこの地域もさびれてしまったのですが,大学がこのあたりにできたことによって一時は持ち直し,西陣は学生の町になりました.しかし大学のキャンパスが移転し,学生たちが去ってしまうと再び銭湯の経営は苦しくなりました.
そんな中で,この観光ブームの到来であちこちの銭湯に外国人が来てくれて,実際それで助かっている銭湯は多いと思います.
瀧本 以前船岡温泉に来た際,常連の方に声をかけていただき,いろいろなことを教えてもらったことがあります.私のような一見さんと常連客,そして外国人の方が入り混じっている光景は不思議でした.
大野 それが銭湯の醍醐味でしょう.裸になれば皆,壁がなくなります.外に一歩でも出れば,社会のしがらみに縛られて言えないこともありますが,お風呂で裸になってしまえば地位も階級もありませんから,気楽に話をすることができるのでしょうね.始めて来た人にはもの珍しいかもしれませんが,これが私が守り継いできた日常の風景なのです.
髙野 「北大路プロジェクト」では,住人の個性に彩られた空間にたくさんの人びとが訪れることをイメージしています.船岡温泉では先代からその時代ごとに付け足し続けてきたさまざまな要素がきっかけとなり,古今東西の若者からお年寄りまで幅広い客層の人びとが入り混じる稀有な現象が起こっていて,コミュニケーションの生まれ方についてのヒントになりそうです.
地域ぐるみで観光を考える
──船岡温泉ではゲストハウスも手掛けられていますが,どういった経緯で運営されているのですか
大野 かつて西陣地区では空き家が目立っていましたが,船岡温泉がこの西陣地区に残り続けて注目を集めてきたこともあり,徐々にこの辺りで町屋を残してお店を出したりといった動きが見られるようになってきました.
こういったお店は初めの1〜2年こそ経営が苦しそうでしたが,時間と共に認知されて経営も軌道に乗り,今では繁盛しています.
大野義男さん
撮影:吉永和真/平田研究室(インタビュー時所属)
船岡温泉でも,3年前から空き家を活用したゲストハウスの運営を始め,国内外の方に利用してもらっています.その様子を見た人がまた新たにお店を開いて……と,それぞれの活動が繋がっていくのは嬉しいですし,船岡温泉というひとつの建物を残したことで街全体が生き生きとしていったようにも思います.
この地域は「船岡温泉街」として紹介されることもあるくらいで,銭湯を単体で考えるのではなくその他の施設と一体となって,地域全体で楽しめる観光スポットになることが必要になってきていると感じています.
2020年の東京オリンピック・パラリンピックが今の観光ブームのひとつの変曲点になると思いますが,地域ぐるみで観光の問題に取り組むことで無理のない仕組みをつくることができそうです.
京都の銭湯は毎年10件ずつ減っていると言われています.以前は600件あった銭湯が今では120件ほどまで落ち込みましたが,あと10年ですべてなくなってしまうというわけではないと考えています.
共に西陣地区を盛り上げていく地域の人びと,たまには銭湯の大きな湯船に入って温まりたい学生たち,ゲストハウスに宿泊してこの地域に滞在する観光客が入れ替わり立ち代わりで来てくれれば,銭湯はある程度残るのではないでしょうか.月に1〜2回でも銭湯にきてもらえれば十分なのです.
時代によって求められる銭湯のあり方やお客さんの種類も変わりますから,変化を積み重ねながら,常にみなさんに愛される空間を提供していければと思っています.
志藤 銭湯ではお風呂を共有することで大きな湯船につかることができるという「シェア」が起こっていて,さらにその場がコミュニケーションを生む場にもなっています.
「北大路プロジェクト」でも,建築学生が暮らしを共有することで,ひとりでは手に入れられないような大きなものや豊かなものを使うことができ,そこに住人以外の学生も集まってくることを考えています.
本日はありがとうございました.
(2017年4月14日, 船岡温泉にて 文責:平田研究室)
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連絡先 kitaoji.house@japan-architect.co.jp
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