『新建築』2018年9月号を評する─『新建築』2018年9月号月評
「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)
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9月号は,幕の内弁当のような号であった.
評者は幕の内弁当は苦手である.すべての菜が好みであることはまずないからである.それよりは確実に好きなものだけの弁当を選びたい.今月号もそんな感じがしたというのが正直なところである.
ペプチドリーム本社・研究所,殿町国際戦略拠点 キングスカイフロント
ペプチドリーム本社・研究所|竹中工務店
ファサード・エンジニアリングに関心を持つ評者としては,ペプチドリーム本社・研究所は,好き嫌いは別として,取り上げざるを得ない.エンジニアリングがファサードデザインを決定する典型のような建築である.
トランザムの位置に合わせたルーバーの支持など,自動的に導き出されたディテールなのであろう.しかし,このようなデザインは,隣接する建築とは無関係になされることになる.この敷地ならではのことであろうが,街並みの創出という観点から見ると,さらなる高度な設計手法が求められていくに違いない.
このことは,殿町国際戦略拠点 キングスカイフロント全体に関して感じられることである.マスターアーキテクトやまちづくりガイドラインといったものによるのではなく,個々の設計者による意欲的なデザインによって自然に街並みが構成されるような,自律的な仕組みが生み出されることを期待したい.
日本アイソトープ協会 川崎技術開発センター
日本アイソトープ協会 川崎技術開発センター|
三菱地所設計/大森晃+梶隆之+間部賢太郎
そのような敷地の中に建てられた日本アイソトープ協会 川崎技術開発センターは,その用途から窓のない建築が求められたというが,型枠の工夫による微妙なファサードなど,条件を逆手に取った意欲的な設計となっていると感じられた.
栗源第一薪炭供給所(1K)
栗源第一薪炭供給所(1K)|アトリエ・ワン
栗源第一薪炭供給所(1K)は,地域の自立循環型施設として,近年のひとつの傾向を示す建築と言えるであろう.新たな形態の就労支援・福祉施設が誕生していると感じられるが,どのような職人の手でつくられていて,その生産に継続性があるのかどうかが気がかりであった.
商店街HOTEL 講 大津百町
商店街HOTEL 講 大津百町|竹原義二/無有建築工房
商店街HOTEL 講 大津百町は,大津市の町家を改修し,「商店街ホテル」という新しい宿泊施設の整備を行うという,たいへん興味深いプロジェクトである.意匠的にも性能的にもしっかりと整備された町家の魅力は,旅人を満足させるであろう.散在する施設だけに,その運営には課題も多いであろうが,さまざまな立場の方々の意欲的なチャレンジに敬意を表したい.
ただ,このようなプロジェクトの紹介には,新建築誌の従来からの誌面構成は不向きである.まず,字が小さすぎて読む気にならない.建築家のプレゼンテーションにありがちな,何を伝えたいかよりも,誌面構成の見栄えを優先しているように感じられるのは評者だけであろうか.
青梅麦酒
青梅麦酒|
西沢大良建築設計事務所+芝浦工業大学西沢大良研究室
そのことは,続いて掲載されている青梅麦酒に関しても同様で,ここで核となる「青梅市における自律的な市街地再生現象」の紹介が,これまた小さな字で申し訳程度に,さまざまなプロジェクトがプロットされた大切な地図に重ねられている.
松栄山仙行寺
松栄山仙行寺|
原田真宏+原田麻魚/MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO
松栄山仙行寺は,都心に立地する寺院として意欲的な構成である.求められる機能を限られた敷地に立体的に納めるための,設計者としての葛藤があったに違いない.設計者が知立の寺子屋(『新建築』2016年11月号)で用いた構造手法を仕上げとして用いているが,ここでも効果的な使われ方がなされている.一方,銅管を用いたファサードは,実物を見ないと判断ができないが,解説を読むと見に行きたくなるような試みである.納骨庫も現代的な仕組みのようであるが,その説明がないのは残念であった.
オーテピア(高知新図書館等複合施設)
オーテピア (高知新図書館等複合施設)|佐藤総合計画+ライト岡田設計
オーテピア(高知新図書館等複合施設)は,最近多く見られる,ルーバーがファサードのポイントとなるエレベーションであるが,書庫を含む図書館特有の断面構成が,魅力的な立面を生み出している.中間層免震を採用し梁成を抑えていることも,効いているのであろう.開架書架の配列をもう少し楽しくすれば,閲覧室がよりサードスペースに近付いたのではないだろうか.
Mビル(GRASSA)+なか又
前橋デザインプロジェクト Mビル(GRASSA)+なか又|
中村竜治建築設計事務所(Mビル) 長坂常/スキーマ建築計画(なか又)
Mビル(GRASSA)+なか又は,各地で煉瓦積みの調査をしている身からすると,その煉瓦の貼り方だけで建築に対して否定的になってしまうのだが,市街地の場のつくり方という点では,興味深いプロジェクトである.しかし,なぜデザインコードが煉瓦なのであろうか? 安易に煉瓦の表面的な魅力を利用してほしくないというのが,評者の偽らざる気持ちである.
前橋市に残るいくつかの煉瓦造建築物の価値を貶めるのではないだろうか.
新山口駅北口駅前広場「0番線」
新山口駅北口駅前広場「0番線」|宮崎浩/プランツアソシエイツ
新山口駅北口駅前広場「0番線」は,従来の駅ビル・駅前広場計画とは,ひと味もふた味も異なる清々しいプロジェクトである.計画道路が完成し,北地区拠点までのファサードが整備されれば,駅前道路と駅関連施設との新たな境界のあり方が示されることになるに違いない.交番の上のゲートのような箱も気になるところである.ただ,スケールの問題もあるであろうが,平面図がきわめて読み取りにくいのが,記事として残念であった.
小淵沢駅舎・駅前広場
小淵沢駅舎・駅前広場|
北川原温建築都市研究所・東日本旅客鉄道八王子支社・ジェイアール東日本建築設計事務所
小淵沢駅舎・駅前広場は,同じく,駅前広場と駅関連施設とのあり方を探った計画であるが,そのアプローチが対極的で興味深い.地域における鉄道駅の持つ意味も,その違いを生み出す要因なのであろうか.それとも,単純に,建築家の個性の違いなのであろうか.それでも,主要道路と構内道路の領域を明確にしたいという意図が共通しているのは,なんとも不思議である.おふたりの対談を仕組んで,聞いてみたい.
山中湖平野交差点 バス待合所・観光案内所
山中湖村平野交差点 バス待合所・観光案内所|
SUGAWARADAISUKE建築事務所
山中湖平野交差点 バス待合所・観光案内所は,60度グリッドという誰もが一度は試みたくなる設計であるが,木造の柱梁に掛け渡された垂木が,化粧材として思わぬ表情を生み出しているところを評価したい.山中湖の東端の重要かつ複雑な交差点に設けられたバス停の待合スペースであるが,道路交通のあり方が現状肯定であるのが少し残念である.
高尾山スミカ
高尾山スミカ|
リノベーション計画コンサルティング リビタ
設計 成瀬・猪熊建築設計事務所
高尾山スミカは,国定公園内という条件から導かれたスケルトンリノベーションであるが,既存躯体を使いこなし,見事に開放的な店舗に蘇らせている.天然石葺きの壁や駅舎の屋根との取り合いの情報なども記事としてほしかった.
ところで,冒頭の東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会会場施設整備事業については,コメントする立場にないが,東京都が整備するオリンピックアクアティクスセンターなどの施設や,組織委員会が整備する仮設施設については,建築界がもっと関心を持ってもよいのではないだろうか.
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